足止めの一計
ヨウとの話は付いた。そして、グローイヤ達は俺の意を最大限汲み取ってくれた。
そして俺は、作戦決行の為に済ませておかなければならない事を実行した。
ヨウと打ち合わせた翌日は、再び眠り続けるエリンの元へ訪れ見舞い、その後は伯爵邸へと向かいシャルルーの相手をした。
まぁ当然の事だがこれは……擬態だ。
本当ならば、俺たちがこのジャスティアの街に居続ける必要はない。伯爵の要望も満たした事だし、早々に冒険の続きを始めてもおかしくないからな。
それでもここに居続ける理由は言うまでもなく……今夜、エラドール〝元〟侯爵夫人たちを護衛してこの街を出るからだ。無論、行動するのは俺とグローイヤ達だけどな。
「もうすぐにでもぉ、ここを発つんでしょう? それならぁ、今夜はぁ、ここに泊って行きなさいよぉ。お父様もぉ、そうするように言っていますしぃ」
ついこの間も散々盛り上がっていたというのに、よくもまぁ話が尽きないものだと少女たちの話好きに感心するばかりだったが、今回ばかりはこれに救われる形となる。
「ええっ!? 良いのっ!?」
喜色ばんだ声を上げたマリーシェが、その直後にこちらを見る。それに釣られるようにして、他の4人も俺の顔色を伺い見たんだ。
……ったく、俺は正式にこのパーティのリーダーを請け負ったつもりは無いんだけどなぁ。……今更か。
俺が苦笑いを浮かべて頷くと、女性陣からは黄色い声が上がった。
「……これでゆっくり……話す事が出来るな」
「うむ。時間を気にせずとも良いと言うのは、随分と気が楽だしな」
「……それに、伯爵んとこの料理は美味いからなぁ」
「もう、サリシュはぁ。……でも、その通りなんだけどね」
「今夜は、中庭に炉を設置してそこで調理を行う野外料理にすると料理長が申しておりました。腕によりを振るうと息巻いておりましたよ」
「まぁ、それはぁ楽しみですねぇ」
俺が了承をすると、女性陣は楽し気に語り出した。伯爵の差配なんだろうけど、すでに野外パーティーの準備まで進めていたところを見ると、シャルルーも絶対に俺たちをこの屋敷へ逗留させる気だったみたいだな。
まぁマリーシェ達のキャイキャイとした声の中に「よぉし! 今夜は楽しみまくるぜぇ!」と気合を込めたセリルの台詞が完全に流されていた事はお約束か。
ただそこにはいつものしつこさがなく、アッサリと引き下がった部分に違和感を覚えたんだけどな。
ここ最近の奴の言動や、昨日の俺を探る様な振る舞い……。
あいつの中に何があったのかは分からないけど、あまり焦って行動しないと良いんだけどな。
その夜は伯爵邸の中庭で、野営で作る料理なんかとは遥かに違う屋外料理を楽しんだ。直火で直接焼いた肉だと言うのは同じだとしても、その美味さときたら比べるべくもない。
やっぱり、専門家の作った料理ってのは根本から違うんだなぁ。
「うん? 今日はいつもの客間とは違う部屋なのか?」
散々羽目を外して大いに飲み、見事に酔い潰れたマリーシェを背負ったカミーラが疑問の声を上げる。同じくサリシュを背負っているバーバラもどこか不思議顔だ。
「……そうみたいだな? まぁ、これだけ部屋があるんだ。どの部屋も立派なのには変わらないだろうけどな」
そんなカミーラの質問に、俺は少しはぐらかした様に答えた。別にカミーラは部屋の内装や等級に文句を言っている訳でもないのに、俺の答えは程度に対する返答だったんだからな。
こんな陳腐な答えなら、普段のカミーラやバーバラなら訝しく思っただろう。それでもそうはならなかったのは、2人ともマリーシェ達に負けず劣らず飲んでいたからだ。
因みに、俺も酔い潰れたセリルを背負っているんだけどな。
「それじゃあ、お休み。明日はゆっくり行動開始するから、朝は早くなくて良いぞ」
「それは助かるな。おやすみ」
「……おやすみ……なさい」
部屋は隣同士。勿論、壁の向こうから声が聞こえるみたいなチャチな作りの部屋なんて伯爵邸には無い。
俺の台詞を聞いて、和やかな笑みを浮かべたカミーラとバーバラは部屋に入り、それを見届けた俺も入室後にセリルを寝かせた。
さっきは遅くても良いと言ったけど、恐らくカミーラとバーバラは比較的早く目を覚ます。これは、毎日の習慣になってるんだから仕方ないよな。
でも、それじゃあ俺の計画が台無しになり兼ねない。だから俺は、伯爵にお願いしてこの部屋を用意して貰ったんだ。
貴族の館には、実に様々な部屋が用意されている。
その中でも少し異色なのは、今俺たちの泊っている「拘束部屋」だろうか。
これは、殆どの貴族の屋敷に作られている。実は王城などの客間は、殆どこの「拘束部屋」と同じ作りをしているほどだ。
この部屋の特徴は、まず外側から鍵が掛けられる。とは言え、鍵穴がある訳ではなく通常の鍵は内側からしか掛ける事が出来ない。
ただし室外に内側の物とは別の錠前を操作する機能があり、中の者を出られないように出来るんだ。
そして、最大の特徴なのが。
「……これで、良し」
俺は備え置いたアイテム「深睡香」の煙が立ち上るのを見て安堵していた。このアイテムは、嗅いだ者を深い深ぁい……それはそれは深い眠りに誘う事が出来る。
俺の見立てでは、恐らくマリーシェ達は明日の昼頃まで目を覚まさないだろうな。
この「拘束部屋」の天井や壁には、実は巧みに隠されているけど小さな穴が開いている。そして任意の部屋へ向けて、様々な薬煙を送り込めるんだ。
これは、訪れた不審者や不埒者を捕えたり……そのまま殺傷する為の仕掛けでもある。
現在の当主である「クレーメンス伯グラーフ」があえて作らせたものでは無いだろう。恐らくは、歴代当主の誰かが用意させたものに違いないんだろうけど。
これは謀略や暗闘が頻繁に行われている、貴族家ならではの仕掛けだとも言える。
でも今回は、これを十分に活用させてもらった。
もしも誰かが朝早くに目覚め俺の不在を知ったなら、もしかすると追いかけて来るかも知れないからな。
十分に距離を取った後なら諦めも着くだろうから、今回は昼まで眠って貰う予定だ。ただし、外側からの施錠はしない様にお願いしておいた。
万一この「深睡香」が効かなかったとして部屋に鍵でも掛かっていれば、その責めは伯爵にも及びかねない。
本当なら依頼主に噛みつくなんてあってはならないんだろうけど、マリーシェ達ならそれもやりかねないからなぁ……。
だから、責めを負うのは俺だけで良い。そういうつもりで今回は、俺の持つアイテムの中からこの「深睡香」を選んだんだ。
「……行くか」
夜中だと言うのに、伯爵はわざわざ起きていて俺に見送りの言葉を掛けてくれた。勿論その傍らには、オネット男爵も装備を整えて付き従っていた。
「はい。マリーシェ達が目覚めるのは恐らく明日の……いえ、既に今日ですね。昼頃になると思いますが、それまでどうぞ宜しくお願い致します」
事情を知らなければ、マリーシェ達は単なる寝坊と取られないからな。この辺りは、彼女達の名誉の為に説明しておかなければ。
「……それでは、以後の事は宜しく当たってくれ。くれぐれも、侯爵夫人母娘に危害の及ばぬようにな」
そして伯爵は、渋面を浮かべたままで俺に念を押してきた。今回の任務は〝闇ギルド残党〟を片付ける事よりも、夫人とその娘を無事に送り届ける事が大事なんだ。
「……心得ております。吉報をお待ちください」
だから俺も、最善を尽くす。その為に、わざわざグローイヤ達の手を借りるんだからな。
それでも、絶対に完璧な結果を得られるとは流石に確約出来ない。俺たちには俺たちの思惑があるように、相手にも思い描く未来図ってのがあるだろうから。
「では、男爵。こちらの警備も厳に願います」
「うむ。もし賊が襲って来ようとも伯爵様と奥方様、そしてお嬢様には指一本触れさせぬのでこちらの方は心配無用だ」
何となれば、マリーシェ達もこの屋敷に滞在している筈だからな。彼女達が参戦すれば、まず問題は無いだろう。
伯爵が元侯爵夫人たちを送り届ける任に付けば、それはそのまま伯爵の身辺警護が手薄となる……と考える輩が出るかも知れない。
もっとも、そう考えても実行出来るかどうかは別の話なんだけどな。
「では、行ってまいります」
すでにその辺りの打ち合わせも済ませてある。
俺は伯爵に挨拶すると、そのまま夜の闇の中へと足を進めグローイヤ達との合流地点へと向かったんだ。
こうして俺は、マリーシェ達を置いてジャスティアの街を後にした。
後は依頼を熟すだけだな。




