会話の裏の意味
俺の後を付けて来るセリル。
コイツの目的は不明だけど、俺は奴を放置し続ける事にしたんだ。
今日は自由行動だってのに、俺の後をセリルが付けている。奴の思惑は分からないけど、俺の目的を奴に知られるのはまずいな。
かと言って、露骨にこいつを撒いちまったら更に疑念を抱かれかねない。同じパーティで生活して行くんだから、そう言ったいざこざは無いに越した事は無いからな。
だから俺は、セリルには好きにさせる事にした。
もっとも、こいつが最後まで俺の後を追い話の内容を聞いた処で全く問題ない。要するに、その真の内容を知られなければ良いだけだからな。
暫くゆっくりと大通りを歩くと、目的の場所へは迷う事無く到着出来た。これだけ大きな店構えをしていれば、見過ごす方がどうかしてるってもんだ。
「すみません。ここの主人邸で雇われている冒険者のシラヌスって居ますか?」
そして俺は、店の前で忙しくしている店員に話し掛けた。
グラウザー商会の店員は手も離せないらしく。
「あぁ? 悪いが、そんな事は俺には分からないな。すまないが、中に居る番頭様に聞いてくれないか?」
こちらを一瞥すると、それだけを言い捨てて再び仕事へ戻って行ったんだ。
まぁこっちは連絡も予約さえ入れていないんだからな。突然訪問すれば、こんな扱いを受けるのも仕方がない。
俺は言われた通り店の中へと入ると、最奥のカウンターにいる女性に再度同じ要件を告げた。
女性は一瞬訝しそうな顔をしたが、俺の要件を更に奥で座っている男性へと報告に向かった。
「……本邸で雇われている冒険者と言えば心当たりが無い訳ではないが。……お前の素性を話して貰えないかな?」
そしてすぐにその男は俺の方へとやって来た。恐らくは、この人が番頭様ってやつなんだろう。
有能だと思えるのは、用件を聞かず俺の身なりだけを見て門前払いしなかったって事だな。
俺みたいな少年だけど、もしも重要な事や有用な話を所有していれば、この男の責任は免れない。二言三言会話するくらいなら、然程時間も取らない訳だしな。
所謂「忙しいから時間が無い」ってのは、無能の証明だ。本当に有能なら忙しくても時間を作る術を持っている。
ましてや、僅かに会話するほど時間が無いともなれば仕事を熟せずに追われているって証左だからなぁ。その点この人は、その事を確りと理解していて好感が持てた。
「私はアレックス=レンブランドと申します。先日行われたクエストの件で伝えたい事があり参りました」
尊敬に値する人物には、俺も相応の対応を取る。だから、出来るだけ穏やかに丁寧な言葉遣いで彼の質問に答えた。
ハッキリ言って、これだけじゃあ要件を告げたとは言い難い。しかし、先の「トゥリトスの街殲滅作戦」を大っぴらに口外して良い訳でもない。
俺としてもこれは、この場で出来る精一杯の説明だった訳だが。
「……ふむ。年の割には良く弁えておるな。……宜しい。これを持って、横の通りにある邸宅の門番と話すが良い」
僅かに思案すると、番頭は小さな木片を俺に手渡して来た。そこには、何かの紋章が描かれている。多分これは通行証みたいなものかも知れないな。
俺はこの男に頭を下げ礼を口にすると、言われた通り大通りから店の横に伸びている通りに入った。
大通りよりも狭いとはいえ、この道も随分と立派で人通りも多い。
そして、番頭の言っていた邸宅にはすぐに到着した。なんせグラウザー商会のすぐ裏に建っているんだから、そりゃ当然だよな。
俺の眼前には、その邸宅のものと思える壁が延々と続いている。こりゃあ、伯爵邸どころか侯爵邸にも引けは取らないぞ。
「うっわ……。でけぇ……」
こらこら。尾行しているのに、声を出してどうするんだ。
後方では、思わず声が漏れたんだろうセリルが感嘆の呟きを零していた。声を抑えてるから聞こえないと思ってるんだろうけど……全くもって詰めが甘い。
それでも俺はそれに気付かぬふりをしたまま、正門を目指して歩き出した。
随分と歩くと、漸く巨大で立派な鉄格子の門扉が姿を現した。俺はそのままそこで仁王立ちしている門番に、番頭から預かった木札を渡して事情を話したんだ。
流石は番頭由来の木札ってところだろうか? 門番は僅かに訝しむ表情をしたけど、何も言わずに門の内側で控えている衛兵に声を掛け、依頼を受けた門兵はそのまま屋敷の方へと歩いて行った。
よっぽどデカい邸宅なんだろうなぁ……。門兵が戻って来たのは、かなり時間が経ってからだった。そしてやって来たのは、1人でと言う訳ではなく。
「こんなに早く再開出来るなんて、嬉しい限りじゃないか」
連れて来たのはシラヌスだけじゃあなく、グローイヤにヨウ、そしてスークァヌも一緒だったんだ。
招かれた訳でも身元がハッキリしているでもない俺は、当然の事ながら屋敷内に入る事は出来ない。無論、グローイヤ達にもそんな権限なんてないだろうな。
だから俺たちは正門から逸れて、屋敷の壁際で立ち話をする事にしたんだ。
「ところで、アレクゥ? あんた、服に大きなゴミが付いてるわよぉ?」
「こんなデカいゴミを付けておいて、気付かなかったって訳じゃないんだろう?」
最初に口火を切ったのはグローイヤとヨウだ。彼女達も、俺の事を監視している存在に気付いたんだろう。
そして俺は、その台詞だけでこの会談の成功を半ば確信していた。
「ああ、気付いていたけどな。別に害は無いし、気にしなくて良いよ」
それに俺は特に気にしたような素振りも見せずに答えると、「ふぅん」とだけ漏らして、グローイヤとヨウはそれ以上追及をしなかった。
言うまでもなくこの会話は、隠語で行われた。
理由は、隠れているつもりでいるセリルに気付かれたくなかったからだ。
グローイヤ達だって、セリルとは面識がある。特にシラヌスとスークァヌは、マリーシェ達と別れた際に行動を共にしていたって話だからな。
でもセリルの怪しい行動に、咄嗟に俺へ隠語で確認して来たんだ。
『セリルが付けて来ているけど、まさか気付いていないって訳じゃないよな?』
……ってな。
そして俺はそんなグローイヤ達に。
『気付いているけど、放って置いて構わない。だからこのまま、隠語で会話しよう』
と返事をしたって訳だ。それに、こいつ等は応じてくれた。
少なからず闇ギルドに身を置いていたんだ。これくらいの対応はお手の物だろうと踏んでいたんだが、それはどうやら間違いじゃなかったみたいだな。
これでこれからの話は、セリルには日常会話程度にしか聞こえないだろう。
「ところで、お前たちは暇そうだな」
(お前たちに、手伝って欲しいクエストがあるんだ)
だから俺は、早速話を切り出したんだ。隠語を使用したのは勿論、雰囲気も自然体を装ってな。
「……ふん。ここのお嬢様の護衛と言えば聞こえは良いが、頻繁に出歩く方ではないからな」
「でも、時間が取れるのは有難いわねぇ」
(条件によっては、手伝っても問題ないわよぉ)
その問い掛けに対してシラヌスが愚痴に近い言葉を発し、スークァヌが手は空いている旨を伝えて来た。
「そんなに暇なら、ちょっと足を延ばして出かけたらどうなんだ? 例えばそうだな……『プレリー草原』なんてどうだ? そこの『ロジーナ村』なんて、長閑で羽を伸ばすには打って付けって話だぞ?」
(プレリー草原にあるロジーナ村へと向かう依頼が舞い込んできた。出来れば同行して欲しいんだが)
それを受けて俺は、目的地をグローイヤ達に告げたんだ。
プレリー草原は一大穀倉地でもあり、大きな畑を持つ村が幾つか存在する。その1つ「ロジーナ村」は領地を没収されたエラドール元侯爵の僅かに残された直轄領だ。
そこへ侯爵夫人とその娘は、隠遁する為に向かう手筈となっている。
「……へぇ。プレリー草原ねぇ……」
「良いんじゃねぇか? ここでの仕事も詰まんねぇし、ここの令嬢は引きこもり気味でハッキリ言って護衛が必要とは思えねぇ」
俺の上げた地名に意味があると、グローイヤとヨウは考えたんだろう。興味があると言った事をそれぞれに口にしていた。
と言っても、そこには何の意味も含まれていない。単なる時間稼ぎだ。
雑談中に考えこめば、隠語もくそも無いからな。シラヌスが答えを引き出すまで、場に沈黙が訪れない様にしていたんだ。
「……ふん。休暇を取るには、考えても良い場所ではあるな」
(侯爵夫人の隠遁が決まったか。その護衛任務なんだろうが、内容次第では考えなくもない)
然程時間を掛けずともシラヌスは何かに思い至ったのか、ニヤリとした笑みを浮かべてそう呟いたんだ。
グローイヤ達には、俺の依頼内容が的確に伝わったようだ。
隠語を使っての会話だけに、セリルにはまず知られていないだろう。
その上で、この話を煮詰める必要があるな。




