依頼受諾
伯爵に命じられた依頼は、そのままの意味で受け取ればととえも簡単なものだ。
でも実は、この話には裏があるんだが……。
伯爵に下された王からの依頼……と言うよりも命令の内容は分かった。
ただしこれは、額面通りに受け止めたなら痛い目に合う。それがクレーメンス伯爵やオネット男爵には気付けなかったみたいだ。
「……私にこれを拒絶する事は出来ない。故に、この任はお前たちに取り組んで貰いたいのだが」
そう話す伯爵だけど、その視線は俺の方へと向けられている。それはつまり、俺たちに依頼したいという意思表示なのだろう。
オネット男爵も、伯爵の意図を察しているのか何も答えない。俺の返事を待っているんだろうな。
何だか面倒ごとを押し付けられている様な図式だけど、これは本来の俺たちと伯爵の関係を考えればなんらおかしい話じゃあ無い。
伯爵は依頼主、男爵はその伯爵の親衛隊でこの地を離れる事は憚られる。そんな時に、俺たちみたいな冒険者を使うのは至極当然と言って良いだろう。
対外的には、今回護衛するのは侯爵夫人とその子女。本来なら俺たちみたいな下賤な冒険者が、安全の為とは言え近侍として付き従うのには問題があるだろう。
でもこの件に関していえば、何ら気にする必要は無い。今や侯爵夫人には何の実権も無いんだからな。
だから伯爵も、男爵に命ずるのではなく俺たちにやらせようとしているんだ。
「……伯爵様。侯爵夫人護衛の依頼、私どもで受けさせていただきます」
十分に間を取って、俺は伯爵へとそう答えた。その返事を聞いた伯爵の顔が、俄かにパァっと明るくなる。
少し答えるのに時間を置いたのは、伯爵へ考えている素振りを見せる為だ。何でもかんでもすぐに受ける真似をしていては、いずれは些細な事案でも俺たちを使うようになる。
冒険者としては、伯爵のお抱えと言うのは一種の名声でもあるから喜ぶ者もいるだろうけど、俺たちは一所に留まっていられる訳じゃないからな。
「おお、そうか! 頼まれてくれるか! 無論、報酬は約束するし、必要なものがあれば可能な限り便宜する。何なりと申すが良い」
伯爵としては面倒事が1つ片付いて単純に嬉しいんだろうけど、俺としてはその伯爵の運の良さに呆れていた。
それは、ここに今の俺がいたと言う事。
そして、オネット男爵を使わずに済んだと言う事だ。
もしも俺ではなくオネット男爵を動かしていたなら、きっと伯爵は後悔する破目になったろうからな。
ったく、王宮に出入りする貴族連中は、本当に謀略好きなんだなぁ……。この機に、伯爵の勢力も削いで置こうって腹積もりか。
「……分かりました。それでは早速なんですが……」
でも、やるとなったらすぐに動かなければならない。この手の類は、時間が経てば他にどんな計略が乗っかって来るのか知れたもんじゃあ無いからな。
俺は伯爵にこの場で思い浮かんだ幾つかのお願いと、必要と思われる物を用意していただくように頼んでおいた。
伯爵と話し終えた俺は、シャルルーの相手をしているマリーシェたちの部屋へとやって来た。
「おかえり、アレク。伯爵様とのお話は終わったの?」
俺の姿を確認して、マリーシェが気さくに話し掛けて来た。それを合図として、その場にいた全員の目が俺の方へと向く。
「まぁな。話と言っても報告しただけなんだけどな」
そんな彼女へ、俺は努めて自然体で対応した。
言うまでもなく、マリーシェたちは伯爵に齎された王城からの依頼を知らない。シャルルーも、少なくとも俺たちがいる間はその事を知る術は無いだろう。
「けど、報告だけなんやったらウチらも同席したって良いんちゃうん?」
そして俺の返答に、サリシュが極めて当然な疑問を口にした。とは言っても、それは俺を問い詰める様なものじゃあ無く、ただ単に思った事を呟いた……程度だったんだけどな。
「叱責もあるかもだし、伯爵の立場上理不尽な事で責められないとも言えないからな。そんな場に、全員で臨む必要なんて無いだろう?」
鋭利さの無いサリシュの質問だったからこそ、俺も普通に応対する事が出来ていた。
妙に鋭いサリシュは、俺のちょっとした異変も察知するからな。俺の態度で、何かに気付かれでもしたら大変だ。
「……確かにな。何もわざわざ全員で怒られる必要もないか。そんな苦労を1人で任せてしまって済まないな」
そして、それはカミーラも同じだったみたいだ。このちょっとした事にも鋭敏な2人に気付かれずに済んだと言う事は、この場は何とか誤魔化し通せるだろうな。
カミーラの俺を茶化す様な話しぶりに、一同から笑いが起こった。
俺は伯爵から受けた依頼を、マリーシェたちに話すつもりは無い。伯爵にも口止めするようにお願いしたし、その伯爵から男爵へも口外しないよう命じて貰っている。
もっともあの伯爵の事だ。もしかすると、娘のシャルルーにはうっかりと話しちまう可能性はあるけどな。
それでも、当分の間は全員でこの伯爵邸にやって来る事も無いだろう。それを考えれば、俺たちが去った後に伯爵がシャルルーへと話したところで問題はない。
「それよりもぉ、アレクゥ。先日の作戦のぉ、詳しい話をぉ、お聞きしたいですわぁ」
そのシャルルーが、待ち侘びたとでも言うように俺へ話し掛けて来た。
普段から屋敷と学校を往復するだけの暮らしをしている彼女としては、俺たちの話はさも面白おかしく聞こえるのかもなぁ。……まぁ実際は、面白い事なんて何一つ無かったんだけどな。
それでも彼女にしてみれば、俺たちの冒険の日々はさぞかし刺激的なんだろう。この辺りは、シャルルーも普通のお嬢様ってところか。
「……シャルルー様。アレクさんもお疲れのようですし、また次回にいたしませんか?」
俺にグイグイと迫って来るシャルルーを、傍で控えていた侍女のエリシャがやんわりと窘める。
本当ならこの役目は、今は眠ったままの侍女エリンが行っていたんだろうけど、その妹であるエリシャも随分と様になって来ていた。シャルルーの気持ちを逆撫でせず、それでいて言うべき事はハッキリと告げているもんな。
「えぇ―――……。この様な機会ぃ、早々ございませんのにぃ……」
それでも、今回のシャルルーはすぐに折れる様子を見せない。月に一度はこのジャスティアの街に戻り伯爵邸へ訪れているとはいっても、彼女にとっては我慢ギリギリの期間なんだろうなぁ。
「ああ、エリシャ。少しくらいなら構わないよ」
それが分かるから、俺はエリシャにやんわりと答えた。
実際、シャルルーとの時間は俺も苦じゃないからな。彼女の望みを少しでも満たせてやりたいし。
なんて事を考えていたら。
「……ふふ。……さすがのアレクも……お嬢様には……甘い事だな」
バーバラが冗談なのか本気なのか、そんな事を言ってきたんだ。
普段はあまり冗談や談笑に乗って来ないバーバラも、シャルルーの前だと気が置けないのかも知れないな。彼女の言葉には、自分もこの時間を楽しみたいという思いが含まれていた。
「それじゃあ、俺の大活躍したところから話を再開しますか!」
そんな雰囲気を感じ取ったのか、セリルが話の口火を切った。そんな彼の醸し出す空気に、俺はどこか違和感を覚えていたんだ。
話しぶりも行動も、普段のセリルと大差ないように思える。マリーシェたちがそこを指摘しないんだから、彼女達もセリルに異変があるようには感じていないんだろうな。
でも彼の……目だ。
セリルの瞳に宿った光は、お道化た言動を発しながらもどこか……覚めている。
俺は、こう言った目をした奴を幾人も見て来た。見て来たんだが……それがどう言った場面であったかが思い出せない。
「あんたの話は、もう十分よ」
「そやそや。それよりも、次はウチらの話やでぇ」
「ええっ!? そりゃ酷いぜぇ!」
「……ふむ。確かに、セリルの話はもう十分だな。それよりも、マリーシェたちの手腕を聞いておきたい」
「……それなら……あなた達の事もよ……カミーラ」
「それならぁ、アレクも合流した事ですしぃ……」
「……分かりました、シャルルー様。新しいお茶とお菓子をお持ちしますね」
俺の抱いた僅かな疑念をよそに、シャルルーを中心とした話の輪は賑わいを見せ当分終わりそうには無かった。
ひと時の談笑に興じる俺たち。
これが、年相応の過ごし方って奴のはずなんだけどなぁ。




