決定打
凄まじい勢いで迫りくる巨大ムカデ!
コイツを倒せる事の出来るグローイヤ達の為に、俺とカミーラでこいつの突進を一時的にでも止める必要があるんだ!
凄まじい速さで接近する毒悪百足!
向けられた頭部にある巨大な顎が大きく開かれている。俺たちをその牙で食い殺すつもりなのか、それともそこに含まれている麻痺毒で動きを鈍らせようと考えているのか。
どちらにしても、こいつの動きを止めない事には反撃の狼煙さえ上げる事が出来ない!
「おおおおぉっ!」「ぬうううっ!」
だから俺とカミーラで、まずはこの巨大ムカデに正面から立ち向かい食い止める!
カミーラは手に持つ刀剣の背に手を押し当て、俺は持っていた剣と楯を使って、左右から迫りくる大顎を防いだんだ!
生物の硬質な顎と金属製の剣や盾がぶつかり合い、かん高い硬質な異音が大きく鳴り響く! 閉じる事を強制的に制止させられ最大まで広がった顎のせいで、大ムカデの突進そのものが止められた!
「ぐぐ……!」「こ……のぉ!」
そして、このままの状態を僅かでも維持する! 単純なこいつの意識は、今は完全に俺とカミーラへ向いているからな!
「……ふんっ! 『神闘勁』っ!」
「ギャブッ!」
そこへ素早く、そして音もなく近付いて来たヨウが、大ムカデの頭部に掌を当てて気合を込めた!
勿論それは、ただ気力を溜め込んだだけじゃあない。
それが証拠に、アコニトウゴンの口腔からは多量の体液が吐き出されたからだ!
ヨウの使用した己の気を一旦内側に溜め込み瞬時にそれを放つ技「寸勁」は、何も彼の持つ固有の攻撃スキルと言う訳じゃあ無い。それぞれの流派で名称は違うだろうけど、同じような技は伝授されていたと思う。
この技の利点は、強固な肉体や甲殻と言った相手の防御力を無視して直接内側に痛手を与える事が出来る点だろう。気を練る時間やその威力はレベルや修業期間にも依るけど、その効果は総じて高い。
半面、一瞬とはいえ動きを完全に止めてしまう必要がある。戦闘中にこれは致命的で、敵や怪物のレベルが上がればこの技を使う機会が激減してしまうのは否めない。
今回は俺たちが動きを止めたその間隙を突いての攻撃だったので、ヨウも見事に決める事が出来ていた。
……そして!
「……『筋力増強』」
ヨウの攻撃結果をあらかじめ見越していたんだろう、タイミングよくグローイヤが自身の固有スキルを発動した!
その発動と同時に彼女の腕が、足が、腹筋が! 四肢と言わず身体全体の筋力が見る間に膨張し、グローイヤの身体は二回りほど大きくなったんだ!
彼女がこの技を俺たちの前で使うのは実に二度目だ。一度目は随分と前に……カミーラの傍仕えでもあった「アヤメ」を救出に赴いた際、敵として立ち塞がったグローイヤが使用して見せたっけ。
これは何もグローイヤだけが使える技って訳じゃあ無く、彼女の種族である「女傑族」なら全員使用可能なスキルだ。
その効果は見たまんま。身体全体の筋肉が一時的に活性化し、レベル以上の強力な力を行使出来るというものだった。
その効力もまたレベルや修練した期間に影響されるんだろうけど、何よりも適性が大きく作用しているみたいだ。そして、グローイヤはこの技ととても相性がいいって言ってたっけなぁ……。
兎に角今、グローイヤの力は今の彼女のレベルを大きく凌駕している。
俺の見立てで、彼女のレベルは20と言った処か。そしてそれは、「実」の効果を得て2つほど上乗せされている。
そこにこの「筋力増強」だ。恐らくその力は、Lv30に迫るものだろう。
「くっらえぇっ! 轟炎断っ!」
そして愛斧を担ぐように構え、彼女はそのまま魔力を武器に纏わせて攻撃を放ったんだ!
使用した技は戦斧に炎と化した魔力を込め、そのまま武器を敵へと叩きつける戦斧技!
特に攻撃力が高い戦斧でこの技を使うと!
「うわっ!」「きゃあっ!」
グローイヤの攻撃がアコニトウゴンの頭部に炸裂した直後、その着弾地点が大きく爆ぜたんだ! その余りの威力に、牙を抑え込んでいた俺たちをも爆風で吹き飛ばす程だ!
しかしその結果は言うまでもなく、たったの一撃で頭部を損失した巨大ムカデはもはや脅威でも何でもなくなっていた。生きていた名残なのかまだ胴体部はウネウネと動きを見せているけど、それもすぐに収まるだろう。
「ふっふぅん。どんなもんだい」
戦いを決めたグローイヤ本人はどこか自慢気だ。
止めを刺した事もそうだろうけど、何よりも「筋力増強」を含めた自分の能力を見せつけてるって感じだな。
「おい、グローイヤッ! 何も魔力を込めて攻撃する事も無いだろうっ!」
もっとも、こっちはその攻撃範囲に巻き込まれかけたんだからな。本当は労ってやりたい処だけど、ここは文句の一つも言っておかないと。……まぁ、そんな事は無意味な訳だが。
「うるさいねぇ。勝ったんだから、良いじゃないのさ」
……これだよ。この辺りの性格は、前世から全く変わってないみたいだな。
実際、似たような状況だったヨウなんかは気にした素振りも見せていない。
「……ったく。それよりも、グローイヤ。お前の〝それ〟は後どれくらい持つんだ?」
だから俺は、早々にその事を問い詰めるのを諦めた。それよりも、俺は気になる事を真っ先に問い合わせた訳だけど。
当のグローイヤは、どこか呆気にとられたような表情を浮かべている。
「……驚いたねぇ。色々と物知りだとは思ってたけど、まさかこの『筋力増強』に効果時間があるなんて事まで知ってるなんて。しかもその口ぶりだと、あたいが長くこの状態を維持出来ないって確信しているみたいじゃあないか」
それもそのはずで、本当なら俺は彼女の能力について殆ど知らないと言う事になっていないとおかしい筈なんだ。仲間として一緒に行動して来た訳じゃあ無いんだから、それは当然だろうな。
これは、焦るあまり俺の口もウッカリ滑っちまったな。ただまぁ、こう言った勘ぐられ方なら対処も出来るってもんだ。
「まだ向こうに、もう1匹残ってる。こっちも、余り時間は残されてないんだよ。瞬間的に力を上げれる技ってのは、効果時間が短くてもおかしい話じゃないだろ」
だから俺は、やや切羽詰まったような言い方で返答してやった。しかも今言った話はその場凌ぎじゃあなく、実際に俺の方の残り時間はそう長くないんだ。
「……それもそうだね。でも、安心しな。あたいのこの『筋力増強』は、あいつを倒すまでくらいなら余裕で持つさ」
そして案の定グローイヤは、そこまで深く考える事無く答えてくれたんだ。これは彼女が単純って訳じゃあ無く、この戦場の緊迫感が余計な事を考える余裕をなくしてくれてるんだけどな。
「じゃあ、早速向こうを……」
俺はまだ暴れているもう1体のアコニトウゴンの方を見やりながら指示を出そうと考えていたんだが。
「アァレェクゥッ! カミィラァッ!」
街の中心の方角から、良く聞き知った声が聞こえて来た。
そちらの方へ眼をやると、手を振りどこか嬉しそうに駆け寄って来るマリーシェたちの姿と、その後ろで追随するシラヌス達の姿が見えた。
「マリーシェッ! サリシュッ! バーバラッ!」
気色ばんだ声で、カミーラがその声に応じる。悲しいかな、こんな時でもセリルの名は省略されているんだから……。
……んん? でも変だな?
今までならセリルが真っ先に声を上げても良さそうなのに、奴は隊の後方で黙々と付いて来ているだけだ。……何かあったのか?
「あいつらまで合流したなら、ここはもう制圧したも同然だな」
そんな俺の懸念を掻き消すように、ヨウの少し安堵した声が耳に入った。確かにマリーシェとサリシュの参戦は戦力になるし、何よりもシラヌスの力があれば巨大ムカデの1匹なんて倒したも同然だろう。
それに何より、これで俺もこれ以上無理する必要がなくなった。
「合流して早速悪いが、他の冒険者たちが劣勢だ。すぐに参戦して倒してくれ」
俺はシラヌスにそう話しかけ。
「ふん……。こっちの方が歯応えがあったか。外側を周らず、待機しておけば良かったな」
奴は返事の代わりにそう独り言ち、スタスタとまだ戦いの続く方へと歩き出していた。
「マリーシェ、サリシュ。合流して早速で悪いけど、シラヌスの援護を頼む。それから、バーバラとセリルは負傷している冒険者の救出に回ってくれ」
「分かったっ!」
「……分かりました」
「……ああ」
マリーシェとサリシュ、そしてバーバラは返事をしてくれたんだが、セリルは静かに頷くだけで歩き出していた。……やっぱりなんか変だ。
でも今は、そんな事に気を取られている場合じゃない。
俺も戦況を確認する為に、未だ戦いの続いている方へと向かったんだ。
マリーシェ達やシラヌスと合流出来たんだ。アコニトウゴンを倒すなんて簡単だ。
早いとここいつを倒して、とっとと街に帰るとしよう。




