先陣の女傑
リバルの指示に、ヨナが大きく了承した!
こいつ等の事だ。何もせずこの場を立ち去るなんて事はないだろうな。
リバルの合図を受けて、ヨナーディと呼ばれた獣使いが元気に応じる!
そして目を閉じて胸の前で手を組み、まるで祈るように集中しだした!
それが俺たちにとって決して良い事ではないと俺は……この場にいる者たちは察していた!
「うおっ!」「くぅっ!」「うわっと!」「な……なんだよ!?」
その直後、それは現実となる! 程なくして、周辺の地面が大きく揺れ出したんだ!
魔法には局地的な地震を起こせるものもあるが、これがそんな魔法じゃない事はすぐに分かった。なんせ、当のリバル達もその揺れの只中にいたんだからな。
でも、奴らに慌てた様子なんて無い。その意味するところは、これは……ほんの序章だって言う事だ。
それが証拠に! 一層強烈な揺れが俺たちを襲ったかと思うと!
「うわわぁぁっ!」「ギュクククゥ!」
突如沸き起こる叫声! そして同じく響き渡る……奇声!
街を取り囲む防壁の外側を沿うようにして、巨大な……魔物が出現したんだ! ……こいつは!?
「な……何だ!? このデカいのはぁっ!?」
「こ……こっちからもっ!? 2匹いるぞぉっ!」
まだ戦闘状態には入っていない。それでもその巨大で異様な姿をした魔物が現れただけで、周囲はパニックに陥っていたんだ!
……目の前の4人を除いてな。
「……よし、これでこの作戦も完了だ。……退くぞ」
ヨナが魔物を出現させた事を確信したリバルは、他の3人に撤退を指示を出し。
「……あいよ」「……分かりました」「ほんとは、この子達の活躍を見たかったんだけどねぇ」
それにガウェイラ、フルカ……だっけか? それとヨナーディが素直に従う言葉を口にした。さっきの事もあるから、今度は驚くほど素直だった。
そして奴らは、まるで今ここには何も起こっていないみたいにゆっくりと歩き出し、混乱に陥っている正門から出て行った。
リバル達が無防備にこの街を後にする間、十重二十重と集った冒険者たちは奴らの前に立ち塞がる事も出来ずにいた。
完全に気圧されているってのもあったけど何よりも、不気味な存在であるだけのリバル達よりもっと分かりやすい脅威が眼前に出現したんだからな。誰も彼もがそっちに気を取られ、草原を行くが如くの彼らを誰も引き止められなかったんだ。
「「ギュギョギョギョギョ―――ッ!」」
完全にリバル達の姿が見えなくなると同時に、2匹の巨大百足は行動を開始した!
その動きは、巨体に似合わず素早い!
「う……うわぁっ!」「ぎゃ……ぎゃあっ!」「グブ……ッ!」
兎に角デカい! 長さは凡そで66尺ってところか!? 持ち上げた身体をただ地面へと投げ出すだけで、その下に集っていた何人かの冒険者が巻き込まれて……絶命する!
巨大な体は幾つもの胴節からなり、そこからは数多くの歩肢が生えている。
頭上から胴体を使った圧殺も厄介だけど、この先端の鋭い歩肢もかなりの攻撃力を持つ。なんせ、歩くだけで敵を突き刺し絶命たらしめるんだからな。
そして何よりも恐ろしいのは、その頭部に備えられている一際デカい大顎だろう。
「ぎゃあ……がふっ!」
屈強な冒険者3人が一度に挟み込まれた……と思った瞬間、その3人ともが身体を上下に二分させられていたんだ! これはそのまま、その顎の力と切れ味を物語っていた!
多分だけど外見上がムカデなら、その身体に毒も持ってるかもな。
「あ……ありゃあ、前に本で見た事があるぜ! 確か……えぇっと……」
「……毒悪百足」
「……アコニトウゴン?」
「ああ、それだ!」
ヨウがムカデの名称を思い出そうと考え込んでいたんだが、既に知っていた俺が答え、その名を聞いてカミーラが反芻していた。
まぁ、俺は前世でこの魔物やその亜種どもと散々戦ったからな。知ってて当たり前だから然して考えなく口にした事なんだけど。
「ほんっと、あんたって物知りなのねぇ? シラヌスと良い勝負なんじゃない?」
グローイヤ達にしてみれば……いや、カミーラも驚いているみたいだった。
俺が以前に戦ったって言っても、そりゃあもっと先の話だからな。こんなテルンシア地方でお目にかかる事なんて殆ど無いだろう。
こいつ等の設定レベルは23~25ってところか。以前相対した「式鬼」と同じくらいの強さとされているけど、実際の攻撃力はそれよりも低い筈だ。
こいつの脅威は。
「くそっ! 何て硬い体だっ!」「ぶ……武器が通らねぇっ!」
異常に硬い甲殻と、驚くべき生命力にある。
甲殻類特有の殻に覆われた身体は、切れ味の悪い武器は通さないし技量の低いものでは傷つける事も出来ない。
一方的に襲われる羽目となった冒険者たちの姿は、正しく阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
縦横無尽に暴れまわる大ムカデの1体が、新たな冒険者集団へとその標的を定めて急襲する! それに対して完全にすくみ上っちまった彼らは、ただ固まって死を待つだけ……だったんだが!
「シャシャシャ……グギュッ!」
突然側面から強撃を受けて、その進撃は強制的に止められちまっていた!
その攻撃を加えたのは……グローイヤだった!
仲間……とは言い切れなくとも、ここまで行動を共にして共同作戦を取って来た者たちだからな。一方的にやられている姿をいつまでも傍観する訳にもいかない。
「俺たちで1体の大ムカデを相手にする! 他の者たちでもう1体を抑えておいてくれ!」
遅れて参戦した俺は、呆然自失の彼らに大声で指示を与えた! 手も足も出ないのは仕方ないにしても、だからって突っ立って殺されるまで待機する事なんて無いからな。
「な……なんでお前らの様なガキの言う事を聞かなきゃならないんだ!」
こんな切羽詰まった状況。唯一の打開策は各個に撃破して行くしかないってのに、こんな局面でも下らない矜持ってのは邪魔をするみたいだなぁ。……生死を秤に掛ける事も無くな。
「俺たちなら、こいつ等を倒せるかも知れないんだ! 今は言う事を聞いてくれ!」
「ふざけんじゃねぇ! お前たちみたいな子供に、何かあった時の責任が取れんのかよ!」
そんなチャチな意地は、俺が何を言っても聞きやしない。
責任……って言うなら、多分ここの誰にもそんな大層なものを果たす事なんて出来ないだろうな。そんな事も分からない程、今この場にいる者たちは恐慌状態なんだろう。
「ギョギョォッ!」
その時、一際大きく硬質な物が擦りあわされる音が響いた! それは、この毒悪百足が大顎を擦り合わせて発する鳴き声みたいなものだった!
恐怖をまき散らす叫び声にも似た異音! でも幸いだったのは、そのお陰で騒がしかった冒険者共の動きが止まり声が静まったんだ!
「グダグダと煩いねぇっ! 死にたくないなら、黙って言う事を聞きなっ!」
でも実際は、それはアコニトウゴンの苦痛に喘ぐ悲鳴だったのかも知れない。
何故ならその声の方を見れば、胴体に巨斧による一撃を受けて体液をまき散らす巨大百足が映ったからだ!
そして、そんな手負いの怪物と相対しているのは……グローイヤだ!
これまで太刀打ち出来なかった魔物を相手取り、手傷を負わせている彼女の言葉を誰も言い返せないでいる。
何よりも戦闘状態に入ったグローイヤの気勢は、この場の全員を飲み込もうかと言う程に圧倒していたんだ! これじゃあ、大の大人だってレベルの劣る者なら反論なんて出来やしない。
その直後に、今度はアコニトウゴンの巨体が大きくブレて横倒しになった! これもまた、側方より強力な一撃を受けた事に他ならない!
そんな攻撃を加えたのは!
「お前らが死にたいなら、俺はそれでも良いけどなっ! こいつは俺たちで倒すっ! それで義理は果たしたって事で、俺たちはそのまま撤収するだけだっ!」
ヨウは巨大ムカデに背を向け、呆然自失の冒険者たちに向けて見事な啖呵を切って見せていた。
確かに、大人数で相手に出来ない様な魔物を俺たち4人で倒したなら、そのまま街へと戻った所で誰も責めはしないだろうな。
逆にこいつ等は、魔物を前にして逃げ帰ったと卑下されるのは間違いない。いや、このまま彼らが行動を起こさないってんなら、俺が何としてもそんな不評を買うように仕向けて見せる。
そうなれば、こいつ等は冒険者としてもう立ち行かなくなるだろうな。
「く……っ。こうなったら、こいつ等の策に乗るしかねぇ!」
誰かのそんな一言を切っ掛けに、動けないでいた冒険者たちも俄かに活気付き出していたんだ!
グローイヤ達の檄で奮い立つ冒険者たち。
数の優位は通用しないが、それでも力を合わせて何とかこの危急を乗り越えるしかない!




