突破口
動き出した世界。
ここから俺は、助かる為の行動を取らなければならないんだ。
流れ出した時間。動き出した周囲。
そして目の前には……俺の知らない「リバル=エフスロス」。……多分だけどな。
そしてその周辺には、リバル同様に手練れと分かる気勢を纏った3人の女性。
その4人ともが、全員俺の方を見ている。……いや、値踏むような視線を向けていた。
そりゃ、そうだ。
誰も動き出せない状況であったのに、そんな中で俺一人が足を踏み出したんだからな。奴らが俺に注意を向けるのも当然だろう。
しかし、これはヤバい状態だ。下手をすれば、俺が真っ先に狙われて……仕留められちまう。
このままだと、間違いなくその想像通りになるんだけどな。
でも、さっきカミーラの運命を見た所では、どうやら俺たちはここを上手く切り抜ける事が出来るらしい。
俺の迂闊な行動で、俺の顔と名前は奴に……リバルに覚えられちまっただろう。
だけどそれを帳消しに出来る行動を取れば、俺たちはここから無事に生還出来る……筈なんだ。
「う……うわぁあああっ!」
だから俺はその場で大声を上げて、尻もちをついて後退り怯えて見せたんだ!
ここからは、俺の演技力が物を言う!
しかも、それほど高度な演技力なんて必要ないんだ。何故なら……。
「なんだい、リバル? あんな子供に興味があるのかい?」
「まぁ……。リバル、あの子を見せしめにしようと考えていますの?」
「おいおい、リバルゥ。あんな餓鬼よりも、あの後ろの奴らをやっちまおうよ。あいつら、ウチの『操獣』を邪魔しやがったんだ! お陰で街中には、まだ動けない子達もいるってのにさぁ!」
俺の情けない姿を見た3人の女性たちは早急に俺への興味が薄れていたみたいで、その後に獣使いの女が言った台詞を受けてその注意をグローイヤ達へと向けていた。
俺の演技が奴らに気付かれないのも無理はない。
何せ、俺は本気でこいつ等にビビってるんだからな。
冷静に……とまではいかなくとも、思考が働くならばこいつ等を見て怯えない方がどうかしていると分かる。
レベルの隔たりはあるだろう。それは確かだ。
そして、奴らが上級職を身に付けているというのも間違いのない差となって現れている。それも明確だ。
このジャスティアの街周辺……所謂「テルンシア地方」に、高レベル冒険者や上級職を身に付けている者が滞在している事の方が珍しい。
所用で少しの間立ち寄る事はあるだろうけど、それだって長居する方が稀だ。ましてや、ここを根城に留まり続けるなんて思いも依らないだろうな。
だから今ここに集っている騎士や冒険者は、戦いの場で上級職を身に付けた者と対峙した事は殆ど無い筈なんだ。
幸い俺は前世で自身が最上級職を身に付けていたから、上級職者やレベルの高い者を前にしても慌てる事は無い。
でもこの未熟な体は、本能的に恐怖を感じ取っていたんだ。知らずに多量の汗が噴き出し、身体は小刻みに震えている。
それが俺の無様な演出に、如何にもな真実味を与えていた。
だからこそ、リバル達は俺の事なんて歯牙にも掛けなかったんだろうけど……。
「……くっ!」
「……おいおい。……マジかよ」
その代わり、今はグローイヤ達が窮地に陥っている。
俺たちが助かる為に、奴らに身代わりとなって貰うって手も無い事は無い。
でも……それじゃあ余りにも情けないよなぁ……。
……それに。
「あらあらぁ? 隣の可愛い女の子も、何だかやる気満々だねぇ?」
「良いじゃん、リバルゥ。こいつ等、やっちまおうぜ」
「そうねぇ……。わたくしも、まだ満足出来ていないですしねぇ」
グローイヤ達の危機に、カミーラが参戦の構えを見せていたんだ。
勿論、彼女自身も勝ち目がないと痛感しているんだろうな。歯噛みしたその表情には汗が滲んでいたし、柄を握るその手も戦慄いている。
「……おい、カミーラ。あたい等に、余計な加勢はするんじゃない」
「お前らは……大人しくしとけ」
そんな彼女に……いや、俺も含まれているみたいだけど、グローイヤとヨウが小声で制止して来たんだ。
それでもカミーラの顔を見る限りでは、グローイヤ達の提案を呑んだようには見えないな。
……くそ。ここは、腹を決めるしかないってのか!?
俺の取った行動自体は、間違いじゃあ無いと思う。現に奴らの興味は俺から完全に失せてるんだからな。
でも、カミーラが戦うとなれば俺もこのまま負け犬のフリをする訳にはいかないだろう。
それに何よりも……。
グローイヤ達にこんな言動をされちまったら、助太刀しないって選択肢も取れないじゃないか。
彼女達が前世での性格宜しく、嫌な奴らだったならアッサリと見捨てる事も出来たんだけどな。
この世界でのグローイヤ達は、どうやらそれほど悪い奴らじゃあないらしい。……少なくとも、俺たちの事は仲間と見ているみたいだ。
となれば、俺たちの選択も……1つしかない!
……なんて死の覚悟を決めた、その時だった。
「……おい、お前たち。作戦を忘れちゃあいねぇだろうな?」
俺たちの訪れるだろう死の運命を遮ったのは、誰あろうリバルだったんだ!
「べ……別に忘れちゃあいないよ。でもさぁ、リバルゥ……」
「……それからな、ヨナ」
リバルの制止を受けて、3人の女性たちがピリッとした雰囲気を纏って動きを止めたんだ。今更なんだけど、こいつがリーダーで間違いない。
それでも、あの獣使いの女……ヨナと言ったか? 彼女はグローイヤ達に余程腹が立ってたんだろうな。
まだ食って掛かろうとしていたんだけど、その台詞をリバルは静かな……それでいてドスの利いた声で遮ったんだ。
ヨナがビクリと体を震わせて言動を急停止させる。
「……こんな人の大勢いるところで、ホイホイと名前を呼ぶんじゃあない」
「……あう」
そしてそんな彼女へ向けて、至極的確な指摘を口にしたんだ。それを受けてヨナは、何も言い返せずに口籠っちまっていた。
でも、考えてみればそれは初歩的で当然の事なんだよな。
自分の名を不特定多数に知られるって言うのは、あまり良い事だとは言えない。それだけ自分の情報が漏れだす切っ掛けとなるんだからな。
一般の冒険者でも、安易に自分の名を知られるのは嫌がるもんだ。それが闇ギルド所属の人間ともなれば猶更だろうな。
余りにもあの「ヨナ」って奴がリバルの名を連呼するんで、それを知らしめる為に奴も彼女の名をあえて呼んだんだろう。
もっとも、それが本名なのか愛称なのかは分からないけどな。
「そうそう、ヨナーディちゃん。人前で名前を呼ぶなんて、ほんとあんたはバカだなぁ」
「うふふ……。ヨナーディもわざとじゃあ無いんですから、余り責めてはいけませんよ」
そんなリバルに悪ノリしたのか、他の2人もわざとヨナの名を口にして責め立てる。もっともこれは必要のない台詞で、明らかにヨナを馬鹿にしたものだ。
「くっ……。あ……あんた達だって、さっきからウチの本名を連呼してるじゃないのさ! ガウェイラッ! フルカッ!」
そんな安い挑発に乗って、ヨナーディは他の2人の名を大声で叫んだんだ。
思った以上にこいつ等は……単純なんだなぁ。
リバル以外の奴らは、明らかにこの場を舐めている。まぁ、それも分からない話じゃあ無いんだけどな。
周囲を取り囲む騎士や冒険者は、完全にリバル達よりも格下ばかりだ。それは何も、レベルや職業だけの問題じゃあない。
圧倒的に違うのは……経験だろうな。
所謂潜って来た修羅場って奴が違うんだろう。その絶対的な自負が、この場での数の劣勢を物ともしない態度に表れているんだ。
でも慢心は油断を生み、油断は失態へと繋がる。
こいつ等の馬鹿な馴れ合いのお陰で、俺はこの4人の名を知る事が出来たんだからな。
そして、その事に最も苛立っていたのは多分……リバルだろう。
「……いい加減にしろ」
たったその一言を発しただけで、その場の空気が完全に凍り付いた!
それもそのはずで、奴はその言葉に空恐ろしいほどの殺気を込めて放ったんだからな!
しかもそれはこの場の全員に向けて……だ! そう……自分の仲間であるヨナーディ、ガウェイラ、フルカをも含めて殺意を向けてやがるんだ!
「……ごめんよ」「……すまん」「……申し訳ありません」
自分たちの行為が余りにもふざけ過ぎていた事を悟った3人は、シュンとして謝罪していた。
高慢とも思える態度を取っていた彼女達を、たったの一言で抑え込む……リバルの力の底って奴が、全く見えねぇ!
「……もう良い。どうせ、ここにいる者たちは全員消えて貰う事になるんだしな。……ヨナ」
その謝罪を受け取ったリバルは、静かに息を吐くとそう零した。そして、小さくなっているヨナに合図を送ると。
「……あいよ!」
途端に元気になった彼女が勢いよく返事をしたんだ!
それがこの作戦を締めくくる合図なのだと言う事を、少なくとも俺は理解していた。
シュンとしていた獣使いのヨナが急に元気になった。
嫌な予感しかしないな……。




