リバルと言う男
目の前に立ちはだかる奴らの一人が零した名前……「リバル」。
俺は、この名前に聞き覚えがあったんだ……。
―――リバル……。
俺の中には、この名を持つ男の記憶が確かにあった。
それと同時に、抑えようのない違和感が膨れ上がっていたのも確かだった。
「……アレク? どうかしたのか?」
愕然とする俺に気付いたカミーラが、怪訝な声で問い掛けて来た。勿論、彼女の目は新たに1人加わった目の前の4人組から離されてはいない。
なんせ、圧倒的とも言える気勢をこいつ等から感じ取っているんだからな。
そして……リバルと言う名前。
この名は、俺にとって……いや、俺だけじゃあなく世界中の人間にとって忘れる事なんて出来ない名前だったんだ。
「……むっ!?」
俺が口を開きかけたその時、カミーラが何かを察知したのか声を漏らした。そしてその理由は、すぐに分かる事となる。
「おっ!? まだこんな所でウロウロしてたのかいっ!?」
「……あいつ、やっぱり仲間がいやがったんだな」
背後の屋根の上から飛び降りて来た、グローイヤとヨウの存在に気付いたからだ。
結構な高さのある建物から飛び降りて来たってのに、2人とも苦も無く着地を決めていた。レベルの恩恵が戻ったからと言っても、この身のこなしは流石だと言えるな。
「……あの者らに足止めされていてな。思うように撤退出来ずにいたんだ」
そんな2人に、カミーラが苦虫を噛み潰した様な声音で簡潔に説明した。
もっともそんな事をしなくとも、あいつ等を見たグローイヤとヨウならば大体の事態を察知してくれるだろうけどな。
「……なるほどねぇ。……こりゃあ、一筋縄じゃあいかないね」
「……ありゃあ……やべぇな」
そして案の定、こいつ等は俺と同じ感想を口にしたんだ。
何がどうとハッキリした訳じゃあ無い。だからこその「ヤバい」なんだが。
でも、今の俺にはその大きな不安の正体が分かりつつあったんだ。
ただ、それはまだ確実じゃあない。
それに俺の知る「リバル」ならば、こんな所で会う事なんて決してない筈だからな。
それをハッキリさせる為にも、俺はもっと奴に付いて情報を得ないといけない。
「……アレク?」
「おいおい、どうしたんだ?」
カミーラとグローイヤが、俺に向けて声を掛けてきた。
この場の誰もが動き出せない状況で、俺はゆっくりと奴らへ近づいたんだ。自然、リバルたちの視線は俺に向けられる。
ハッキリ言って、この行為は今の俺にとって自殺行為だ。
明らかに格上と分かる「敵」に対して、目立つような行動を取っているんだからな。普段の俺なら、絶対しない行動だ。
「……おい、アレク! 止めとけ! それ以上、近付くんじゃねぇ!」
そんな俺に、ヨウが声を掛けてくれた。
決して親しい訳じゃあ無い。ましてや、友達や仲間でもない。
でもこいつは、自分の危険も踏まえた上で俺を制止してくれるんだ。本当は、良い奴なんだろうなぁ。
「……アレク?」
でも、もう遅い。リバルには、確りと俺の姿と名を覚えられちまった。
……それに。
「んん? 何だ、このガキは?」
「あらあら……。再戦の火蓋を切ってくれるのは貴方なのかしら?」
「……あぁっ! リバル、あいつ等だよ! ウチの『操獣』を邪魔しやがったガキどもは!」
現れた獣使いの女の証言で、グローイヤ達も目を付けられちまった。当然、近くに立っていたカミーラも確りと顔を覚えられているだろうなぁ。
正直な話、ここでリバル達に暴れられれば一巻の終わりだ。誰も奴らを止める事が出来ないだろうな。
そんな事は、感じられるレベル差だけでこの場の誰もが十分に理解出来ていた。だから、未だに誰も動き出せず逃げる事も叶わないんだからな。
だから、今更顔を覚えられたかどうかなんてあまり意味はない……んだが。
―――ファタリテート。
ここで俺は、とっておきのスキルを発動させたんだ。
瞬時に世界は白と黒に染め上げられ、誰も……何も動く事の出来ない世界が顕現する。
この空間で意のままに動き、思考を巡らせる事が出来るのは……俺だけだ。
と言っても、そのままリバル達を仕留める……なんて事は不可能で、見方を変えれば事態を先延ばしにしているだけって風にも考えられるんだけどな。
「なぁにを、馬鹿な事考えてるのよ」
自分の身体から抜け出した意識体の俺に向けて声が投げ掛けられる。
そして俺は、その意識を声の発生源へと向けたんだ。
そうは言っても、この世界で俺に話しかける事が出来る存在なんて1人しか知らないけどな。
「……フィーナか」
そして俺は、その彼女の名前……女神の名を呼んだ。
そこには、何とも見目麗しい少女が腕組みをして立っていた。
色を失ったこの世界で、彼女の髪はまるで発光しているみたいに銀色に輝いている。
この世では見た事も無い素材で作られた体にピッタリと吸い付いている衣服に身を包み、爛々と輝く金色の瞳も相まってまるで異世界の住人みたいだ。……いや、実際そうなんだけどな。
ただ残念ながらその肢体はほっそりスラリとしており、女性特有の魅惑的……とは言い難い。短い髪形も相まって、どこか少年にも見えるんだ。
そんな彼女は腕を組んだまま身体を逸らしており、まるで俺を見下しているみたいだった。
俺に声を向けられて、当の女神さまは何とも怪訝な表情をしている。
「……あんた、何を世界の終わりみたいな顔してんのよ?」
そして、どこか小馬鹿にしたようなセリフを口にしたんだ。
なんでこいつは、俺の前に現れるたんびにこっちの気持ちを逆撫でする様な事ばっかり言うのかねぇ……。
大体、意識体となった俺の表情なんて分かるのかってんだ。
「いやぁねぇ。あんたの表情や考えを知る事なんて、この世界じゃあ簡単な事よぉ」
その台詞通り、俺の考えを読んだのかフィーナがコロコロと笑いながらそう言った。
まぁ何となくそんな感じはしてたから今更驚きもしないが、でも何となく釈然としないな。
今の俺には身体が無いんだから声は出せない。自分では出しているつもりでも、それは「声にならない声」って奴なんだろうなぁ……使い方はちょっと違うけど。
そんな「声」をフィーナが拾おうと思えば、俺の思考を汲み取るしかないからな。
「……じゃあ、言わなくても分かるだろうが。俺たちは今、所謂『死の憂き目』って奴にあってんだよ」
だから俺は、憮然として答えてやったんだ。
奴らに睨まれれば、今の俺たちじゃあ間違いなくやられちまう。多分生存確率は……無いに等しい。
そんな状態で「ファタリテート」を発動させたのは、単に悪足搔きかも知れない。少しでも奴らの事を注視して、何か事態を打開する切っ掛けを……って考えていたんだが。
「違う違う。そうじゃないわぁ」
そんな俺にフィーナはどこか呆れた風に答え、その口ぶりに俺は少し……いや、かなりムカッとした。
「何が違うってんだよ」
こっちとすれば、とにかく奴らの情報を集めようって苦肉の策を講じているんだ。……まぁ、目を付けられたのは俺の迂闊な行動の結果な訳だが。
それでも、このまま奴らを放って置くことは出来ない。この場から奴らが立ち去ったとしても、それで一安心……とはならないんだ。
奴が……俺の知っている「リバル」と同一人物ならばな。
「あんたがあの男……リバルだっけ? あいつにどんな感情を抱いて行動しているのかは興味ないけどね。今取るべき行動は、あの男があんたの知る『リバル』かどうか確認するって事じゃあ無いわ」
考えてみれば、こいつも「神様」の一柱だったか。だから、俺の考えなんて興味ないってのにも頷ける話かもな。
でもそれで、俺も幾分冷静になれたってのはある。
確かに今すぐにこの男の事を知った処で、今の俺にはどうしようもない。
もしも奴が「リバル=エフスロル」と同一人物だったとしても、それは前世での話だ。現世では関係ない……か。
「今あんたが見るべきは、彼女達の『運命』よ」
そんな俺に向けて、フィーナはカミーラたちをビシッと指さしてそう言い切ったんだ。
女神フィーナは自信たっぷりにビシッとカミーラたちを指し示し、珍しく俺に助言を与えたんだ。




