別視点 ―ファイル2 商売敵の実力は?―
伏兵をあらかじめ知らせておいたお陰で、先んじて敵の存在を察知する事に成功したマリーシェ達。
不意打ちさえ食らわなければ、レベル的にも敵じゃあ無いんだよなぁ。
トゥリトスの街周辺を取り囲む、フェスティス様を象った像。これが街の中で、レベルの恩恵を打ち消し魔物の力も抑え込んでいる。
これにより、街は平穏を維持されている訳だが……。
今と言う時では、この効力は邪魔だと言って良かった。なんせレベルの恩恵を受けられず、自力で戦わなければならないんだからな。
それを無効化する為に、マリーシェたちにはこの「女神像」を破壊して貰う任務を受けて貰っていた訳だ。
―――ただこれは、俺たちの方が足元を掬われる形となったんだが……。
相手は、俺たちが街周辺に配された女神像を破壊する事は予測済みだろう。
貴族連中は思いも依らないんだろうけど、普通に戦略眼を持ち合わせていれば当たり前に気付く事だ。
女神像は、街を守護する要であり……枷だ。
女神像がある限り、街中ではどれだけレベルの高い者でも一般人と同等の力しか発揮できなくなる。
魔物も能力を抑え込まれるとは言え、普通の野獣よりは遥かに強い。
それを考えれば、安全に戦う為に女神像を無力化するのは当然だからな。
サリシュが察した数か所の木箱からは、それぞれ数体の魔獣……「黒犬」が飛び出し女神像に近づいて来たマリーシェ達へと襲い掛かった!
それと同時に、数人の暗殺者も騎士団員へと攻撃を仕掛けて来たんだ!
これは正に、俺がマリーシェ達へと告げておいた事態の通りだった。
多くの人員を配し強力な魔獣を潜ませておくと言う事も考えられたが、女神像は最低で4体は設置されているだろう。
街中にも魔獣を待機させておくだろうことを考えれば、この数は相応だと言えなくもない。
「うわぁっ!」
「ぎゃあっ!」
それでも、ヘルハウンドのレベルは10~12程度。連度の低い騎士団員ならば手強い相手だろうな。
それに加えて、殺し屋も暗躍しているんだ。
真正面からの戦闘にしか慣れていない親衛騎士団員には、少々荷が重い相手だと言える。
「はあぁっ!」
「ギャンッ!」
「……旋転、旋回、渦を捲け。腔綫より打ち出し敵を貫け。……螺炎乱弾!」
「ギャブッ!」「ガギャンッ!」「ギュバッ!」
でもマリーシェとサリシュに掛かれば、レベルの恩恵さえ受けていれば格下の相手に対してはこの通り。
真っ先に飛び出してきた黒犬をサリシュが一刀の下に斬り伏せ、サリシュは即座に魔法を唱えて3匹同時に仕留めたんだ!
サリシュの放った炎弾は高速で横方向に回転し貫通力を高めたものだ。それで貫かれたヘルハウンドの遺体が燃え上がる。
「魔獣は私たちに任せてっ! あんた達は、伏兵に集中してっ!」
「お……応っ!」
そしてマリーシェが、周囲の親衛騎士団員を鼓舞する。そして団員たちも、それに呼応していた。
これもまた、俺の指示した通りだった。
未だ人と命のやり取りをした事のないマリーシェたちには魔獣を、対人戦闘の訓練を行って来た騎士団員には暗殺者を相手にさせる。
これで、少なくとも精神的に戸惑うような事態が起こる事はない筈だ。
ほどなくして、周囲は静寂に包まれた。言うまでもなくこれは、マリーシェたちがこの一帯を制圧した事を意味する。
潜んでいた伏兵も魔獣の数も、案の定多くなかった。これもまた予測通りなんだが、これでこの場での作業が終了した訳じゃあ無い。
「よし、俺に任せろ!」
一回り体躯の良い親衛騎士団員が進み出て、女神像破壊を申し出て来た。
彼は図体の通り、大きめの両手斧を得物としているらしい。
「はああぁっ! どりゃあっ!」
そして彼は気合一閃、女神像にその戦斧を叩きつけた! 周囲に破砕音を響かせ、女神像の上半身が吹き飛んだ。
普段は信仰しているフェスティス像を打ち壊すんだ。周辺の者が声も出せずに立ち尽くすのも仕方がない事かもな。中には、唇を噛み項垂れている者もいる。
「……次に行くわよ! まだ終わりじゃないんだから!」
「……あっちのチームには……負けてられんからなぁ」
「お……応っ!」
そんな彼らを、またもやマリーシェが奮い立たせる。
快活で美しい彼女に叱咤激励されれば、それに答えない訳にはいかないだろう。
そして、マリーシェとはまた違う寡黙だが麗しいサリシュにそんな事を言われれば、頑張らない男もいないだろうな。
マリーシェたちを先頭に、一団は街の外縁を更に先へと駆け出したのだった。
シラヌス達もまた、マリーシェたちにやや遅れながらも1つ目の女神像に接近していた。
彼には、特に急いでいる様子や焦っている風情は感じられないがそれもそうだろう。
なんせ、彼にはマリーシェたちと争っているつもりは無いんだからな。それは恐らく、スークァヌも同様だろう。
多分そんな競争を意識しているのは、この中ではセリルだけかも知れない。バーバラだって、もはやマリーシェの台詞なんて一片も頭に残っていないかもな。
なんせこれは、遊びでも余興でも何でもない。命を賭けた作戦なんだ。
浮ついた気持から油断した先に待ち受けるのは……自身の〝死〟だけだ。
「……女神像周辺に……5人。そこかしこに隠されている木箱に……7匹と言う処か」
腕を上げて全員を立ち止まるように指示したシラヌスは、周囲を探ってそう独り言ちた。
これにスークァヌは平然と構えているが、セリルとバーバラは驚きの表情を浮かべていた。
俺やカミーラでも、ここまで正確な人数を言い当てはしなかっただろう。……まぁ俺の場合は、わざと分からないフリをしている……ってのもあるんだけどな。
でもセリル達にしてみれば、かなり高等な技術を見せつけられた格好だ。
「……突っ込むの?」
それでも体勢を立て直したバーバラが、シラヌスへ作戦の指示を仰ぐ。
例え気に食わない相手だろうとも、戦闘のセオリーを無視しては話にならない。
そして定石としては、まずは魔法使いの魔法を開戦に充てるのが相応だろう。
「……いや。……まずここは、俺たちに任せると良い」
「そうねぇ……。これくらいの数なら、あんた達の手を借りる必要も無いわねぇ」
それに対してシラヌスとスークァヌは、事も無げにそう言って退けたのだった。これには、セリルとバーバラは再び絶句させられた。
これくらいの数……と言うが、身を潜めた暗殺者が5人。セリル達にはその位置すら掴ませない程の実力を持つ者たちだ。
それに、魔獣が7匹伏せられている。2人には、数以上に脅威と感じただろう。
「……顕現せし氷土は我の領域。何人もその意に反する事能わず。凍結にて絡みとれ。……厳冷凍縛原」
そんな2人を尻目に、シラヌスは魔法を唱え出した。サリシュよりも更に流れる様な……謳う様な詠唱が静かに紡がれ、そして。
「なっ!?」「これはっ!?」
「ギャッ!?」「キャンッ!」
セリルとバーバラの視線の先で、5つの悲鳴と7つの獣の鳴き声が発せられた。無論これは、隠れていた刺客と魔獣に他ならない。
彼らは、シラヌスの展開した魔法領域で1人も……1匹も逃さず凍土に絡めとられて身動き一つ出来ない状態となっていた。
彼の唱えた魔法は、攻撃ではなく行動を抑制するものだ。地面が氷漬けになって、任意の範囲にいる生物を氷で拘束する魔法だ。
もっとも術者の能力が上がれば、そのまま全身を凍らせて死に至らしめる事が出来るんだけどな。
「闇に蠢け、夜の眷属たち。我らの狩場に足を踏み入れし者どもを夜陰へ閉じ込めなさい。黒の闇」
そしてそこへ、スークァヌの呪文が飛ぶ。……いや、飛ぶという表現は適切じゃあないな。
闇の僧侶たるスークァヌが魔法を完成させると、7匹の魔獣の周辺に「闇」が発生したんだ。
黒よりも更に暗いその闇は、まるで空間ごと魔獣を塗り潰すように展開し。
その闇が晴れた後には、そこにいたはずの魔獣が痕跡を残さずに消されていたんだ。
「……ふん。相変わらず、手際が良いな」
「うっふふ。でも、魔獣相手だと味気ないわねぇ」
まるで予め示し合わせていたかのような魔法行使と台詞。でも、セリルとバーバラにはハッキリと察せられていたんだ。
これは、この場で咄嗟に取った行動だったと言う事を。
だからこそ、彼らの実力の一端が垣間見える出来事だったと言える。
魔法使いと僧侶とは言え、魔法を同時または連続で発動させる場合に気を付けないといけないのは、それぞれの魔法が各々の効力を打ち消さないようにする……だろうか。
だから本当は、戦闘中に攻撃の魔法を使うのは魔法使い1人と言うのがどこのパーティでも気を付けている事だろう。
連続で使用するにしても、魔法使い同士が示し合わせて順番を決め必ず被らない様に注意するはずなのだ。
「……さて。そことそこ、そしてそちらの方に合計5人、捕獲している。……どうする?」
瞠目に値する事をアッサリと熟したシラヌスが、動きを止めてしまっているセリルとバーバラへそんな質問を投げ掛けた。
いきなり話を振られた2人は、何を質問されているのかすぐには分からない程だった。
シラヌスに問い掛けられるセリルとバーバラ。
それは、捕らえた暗殺者たちの処断を問うものだった。




