別視点 ―ファイル1 マリーシェたちの奮闘―
俺たちが謎の男たちと相対していたその頃、街の外ではマリーシェたちが作戦通りに行動していた……んだが。
これは……「トゥリトスの街殲滅作戦」が終了した後に、報告としてマリーシェ達やシラヌス達から聞いた内容だ。
彼女達の奮闘は大したものだったし、任務を完遂した事には何の問題もない。
ただ俺たちの……俺の考えが相手に見透かされていたって言うだけの話だからな。
慎重にトゥリトスの街中を行く俺たちより先んじて、マリーシェたちは足早に行動していた。
俺たちの行軍予定とは異なり、彼女達は街の外周を回り込まないといけないからな。多少相手に存在を知られるとしても、とにかく速さが求められると言っても過言じゃあない。
それに、すでに俺たち本隊が相手に知られているのは間違いないしな。今更息を顰めて行動しても、あまり大きな意味をなさないと言って良かった。
「……どうだ、サリシュ。……ここで、2手に別れると言う考えは?」
少し進んだところで、シラヌスがサリシュへとそんな提案を持ち掛けた。
前を進んでいたシラヌスとスークァヌ、そしてマリーシェとサリシュとセリルにバーバラが止まった事で、後に続いていたオネット男爵麾下の親衛隊員たちもそれに倣う事となった。
「……こんな時に、何ゆぅてるん? ……今更作戦変更なんて、何考えてるんや?」
シラヌスのその提案に、サリシュは眉根を寄せて問い返した。その顔は、どこか非難している様にも見える。
それは、マリーシェ達や親衛騎士団員たちも同様だった。皆、シラヌスに対して胡散臭い者を見る目つきを向けている。
確かに、作戦が実行段階になって変更を求めるなんて、どう考えても非常識だ。
例えここに俺……アレックスやカミーラがいた処で、同じような表情を浮かべていただろうな。
「……ふん。作戦の打ち合わせにも参加出来ず、詳しい内容は全て決定した後に伝えられたと思うんだがな」
「確かにぃ。私たちは、作戦会議とやらには参加していないわねぇ」
ただそれにはシラヌス達にも言い分があるみたいだ。
彼がすぐさまサリシュにやり返し、それにスークァヌも追随する。流石にこれには、誰からも異論が上がらなかった。
シラヌス達が会議室へと訪れたのは、全ての話が終わった後だった。
それを考えれば、この意見にも一理あると言えるだろうな。
「……このまま全員で1か所ずつ女神像を破壊して回っていては効率が悪いと思わないか? ……2手に別れれば、時間は半分で済む道理だ」
そして、シラヌスの提案は実に合理的だと言って良かった。
街中を進む本体とは違い、街の外側を周る女神像破壊部隊は移動距離だけを考えても圧倒的に時間が掛るからな。
街の外ならレベルの恩恵を受けられるお陰で移動速度はかなりのものだが、それでも全員が固まって動けば時間が無駄に浪費されるのは自明だ。
「……そりゃ、そうだけど。でも、これから作戦を組み替えて部隊も再編成してとなると……」
マリーシェも、随分と成長したもんだ。如何に信用していないとはいえ、シラヌスの言い分にもっともな部分を見つけると、それをある程度踏まえて考える事が出来るようになったみたいだしな。
「……なに、それほど難しい話ではない。俺とスークァヌで別方向から街を回り込む。……お前たちは、このまま進むだけで良い」
そしてシラヌスの方はと言えば、最初からマリーシェたちの事を当てにしてはいない口ぶりだ。
彼の話した手段は、実に分かりやすく混乱も少ない方法だった。
考えれば、彼らは後から俺たちに合流した訳だから部隊員に数える必要はないし、元々の雇い主からして違うからな。別行動をとったとしても、何ら問題は無い訳だ。
「……でも、あんた達2人やと前衛がおらんやんか。……接近されたら、どないして対処するん?」
ここでサリシュが、当然の意見を口にした。
シラヌスは魔法使い、スークァヌは僧侶だ。
どちらも遠距離攻撃や前衛支援には適しているけど、近接戦闘となると途端に不利になる。
「……ふん。そのような心配は無用だ。……俺たちは、十分に接近戦も研究している。その辺りの有象無象やこの辺りに出てくる魔物程度に後れは取らない」
「そう言う事ぉ。因みにぃ、私は棒術が得意だから敵が近付いて来ても苦にならないけどね」
だけどそんな懸念さえ、この2人には織り込み済みだったようだ。
そもそもレベルも上の彼らにこう言われてしまえば、サリシュ達にはこれ以上反論のしようがなかった……んだが。
「よぉし、分かった! 俺がスークァヌちゃんに……この2人に付いて行くよ! それで良いだろ?」
そこでセリルが、一歩踏み出し胸を張って名乗り出たんだ。
実際に、マリーシェたちの中で一番レベルの低いセリルがシラヌス達の同行を志願した処で、事態に大きな変化は無かっただろう。
でも、一つの妥協案にはなったみたいだった。ただ、それでも不安が残る処は否めない。
「……ふぅ。……なら……私も同行しよう」
それを解消したのが、バーバラだった。
彼女ならばセリルよりもレベルは高く、シラヌス達の護衛や援護にも十分に対応出来るだろう。
「なんだよぉ、バーバラちゃん。ここは、俺の見せ場だってのにぃ」
「……ぬかせ。……お前一人だと……逆に心配だ。それに……元々の目的が変わってしまうだろう……」
「うっ……」
セリルの軽口も、バーバラに掛かって一蹴されてしまった。
面白いように絶句したセリルを見て、その場の全員から不安感が霧散した。
「でも……いいの、バーバラ? そっちの方が人数的には少ないし、危険になるかも知れないわよ?」
落ち着き出した空気の中、マリーシェが念を押すようにバーバラへと問い掛けた。
聞きようによっては話を交ぜっ返す様な台詞だけど、実際は作戦の決定を促すものだったんだ。
「ふっ……。彼らの実力は……レベルに関係なくその雰囲気から察する事が出来るわ……。もしかすると……こっちの方が安全かもね」
それが分かるバーバラだから、マリーシェに対してニッコリと笑みを浮かべて返答した。
ただしその言葉は、どちらかと言えばマリーシェたちに……その場の親衛騎士団員たちにも発破を掛けるものだったんだけどな。
「言ったわね、バーバラ。それじゃあ、どっちが早く作戦を完了するのか競争よ」
バーバラにそう切り返しながら、マリーシェは腰の小袋から数粒の薬を取り出した。
言うまでもなくこれは、俺が彼女達に与えた様々な効果を齎す「実」だ。マリーシェたちの分は勿論、シラヌスとスークァヌの分も渡してある。
「……望む処よ。……レベルだけが強さじゃないって……教えてあげる」
「あはは……。そんなん、もう何回も見てるし知ってるやん」
マリーシェに対して自信ありげに返したバーバラへ、今度はサリシュがそんな一言を付け加えた。それを受けて、マリーシェとバーバラは頷いて応えていた。
……なんだよ。みんな、いつの間にそんな達観した考えを持てるようになったんだ?
とにかく、話は付いたらしい。そうなれば、後は行動するだけだ。
マリーシェとサリシュに率いられた親衛騎士団員たちと、そこから分かれたシラヌス、スークァヌ、セリル、バーバラはそれぞれ別方向へ向けて駆け出した。
暫く進むと、マリーシェたちはすぐに1つ目の女神像設置場所へと辿り着いた。
一見すると、そこにはどこにも人の影なんて見えなかったんだけど。
「……みんなっ! 周囲に気を付けて、女神像破壊に全力を尽くしてっ!」
「応っ!」
どんどん目標に近づく中、マリーシェが周囲の騎士団員に檄を飛ばす。
年齢では遥かに年下のマリーシェだが、レベルと野外での戦闘経験は彼らを大きく上回っている。対人戦闘の経験じゃあ劣るかも知れないけど、魔物相手なら圧倒的に豊富だからな。
「……マリーシェ! ……周囲の茂みに、箱があんでぇ! あれ……多分、アレクのゆぅてた……」
周囲を見渡したサリシュが、その存在に気付いてマリーシェへ注意喚起する。それは、俺が危惧していた魔物を閉じ込めている檻だ。
「分かった、サリシュ! みんな、周辺に伏兵が潜んでるわっ! 注意してっ!」
それを聞いて、女神像付近の茂みから複数の影が飛び出して親衛騎士団員に襲い掛かった!
幸い、周辺を警戒していた団員に奇襲による被害は出なかったんだが!
「伏兵の相手は、親衛騎士団員でっ! 私はぁっ!」
マリーシェが、更なる指示を飛ばし!
そして彼女は抜剣して、飛び掛かって来た魔物を一刀に伏す! 俺の予期していた通り、繫ぎ止められ放たれた魔物を彼女が見事に迎撃したんだ!
マリーシェとサリシュの隊が、まずは女神像破壊の口火を切る!
周囲に潜んでいる伏兵の存在は事前に予測し伝えてあったので、不意を突かれるような事は無かったようだな。




