呉越同舟って奴だ
公爵に報告は、大体想像通りの結果となった。
男爵は悩んでるようだけど、そんな事は二の次だ。
俺たちには、それより大事なことがあるからな。
俺とヨウ・ムージが闇の街トゥリトスへと潜入した事によって、敵が罠を張っている事、その内容が街中に魔獣を放つ事、そして敵の中に油断のならない相手がいる事を把握している。
そして、先ほどの侯爵との会見結果で得る事の出来た情報を併せれば。
「勲功に捉われた侯爵ならば、まず間違いなく前線に出る事は容易に考えられます。そして……侯爵が先頭に立って戦えば、恐らく侯爵は生きては帰れないでしょう。」
特に相手を軽んじている者、自分が命を失うとは思いも依らない者は、そう言った油断をすぐに犯す。
その結果は……取り返しのつかない事になるんだけどな。
「……そういう事か」
再び項垂れたオネット男爵は、ポツリと呟いて再び黙り込んでしまった。
クレーメンス伯爵に在らぬ嫌疑が掛けられて貶められる事を考えれば、この訪れる結果は喜ぶべきものだろう。
でもその為に、侯爵を始めとして多くの者の命が失われる事を考えれば、男爵としては諸手を上げて喜べる状況じゃあ無いんだろうなぁ。
「男爵の部隊は、侯爵の命令通りに後詰に徹するのが良いと思います。確りと陣を固め退路の確保に努める事こそが今回……第一等の勲功になるかと」
前へ前へと進んでいる内に退路が塞がれて敵に包囲される……なんて事は、戦場ではよくある話だ。
こうなっては逃げる事が出来たとしても、被害は甚大なものとなる。
華やかな前線の戦果に目を捉われがちだけど、実はこう言った下支えとなる部隊の功績も無視出来ないんだ。
とは言っても、それが分かるのは本当に苦境に立たされるか、ある程度年を取らないと……なんだけどなぁ。
因みに俺は、そのどちらもすでに持っている訳だけどな。
「……ああ、そうだな。……ん? 私の……部隊は……?」
それで男爵は、俺の言い回しの中に違和感を覚えたようだった。
まぁ、それと分かるようにわざとそんな言い方をした訳だけど。
「はい。少なくとも男爵と俺は、後方で高みの見物……なんて訳にもいかないでしょう?」
だから俺は、その答えを少し軽い口調で答えてやったんだ。
実際俺としては、激戦となるだろう街中には入りたくないんだけどな。
男爵は伯爵の名代でもある訳だし、侯爵の声の届く範囲には居る必要があるだろう。
そして俺はこの作戦を提案した者として、男爵に付いて行かないという選択肢はなかった。
そんな懊悩が含まれていたんだろう。無理に浮かべた俺の笑顔が苦笑になっていたとしても、それは仕方がないよな。
「……確かにそうだな」
ただ男爵にしてみれば後ろの方で悶々としているよりも、危険であっても前の方で戦う方が気が楽になるらしい。
彼の浮かべた笑顔は、先ほどよりも明るいものになっていたんだ。
「では、お互い生き残る為に、更に作戦を煮詰めるとするか」
そして男爵は、顔を前に向けて部屋の出口へと向かった。行先は言うまでもなく、自分の部下たちの待つ会議室だ。
俺は呆れながらも、男爵の後へ付き従った。
その会議室には、マリーシェたちが待っているだろうからな。
会議室へとやって来た男爵と俺は、改めて作戦の確認と内容の徹底を説明した。
当然、侯爵とのやり取りは伏せて……ではあるけどな。
以前伝えた作戦や陣形、役割など今更変える様な事は何もない。
もっとも。
「やっぱり、私たちはアレクたちと別行動なのね……」
作戦自体に納得していない者も皆無じゃあ無いんだけどな。
マリーシェはまだ不服を隠そうともしていないし、声に出さなくてもサリシュやセリル、バーバラもその気持ちは同じみたいだった。
それでも。
「……あのなぁ。この前にも言ったけど、街の周囲にある……」
「女神像を破壊する事も大事な任務……ちゅうんやろ?」
「お……おう」
愚図るマリーシェに俺がため息交じりで言い聞かせようとしたその時、サリシュがその台詞を遮って俺の言いたかった事を口にしたんだ。
これには俺も、機先を制されたみたいに口籠るしかなかった。
「わぁかってるって。マリーシェちゃんも、言ってみたかっただけだろうしさ」
「……任務は……必ず果たして見せる」
それに続いて、セリルとバーバラもサリシュに同意して見せた。
まぁ愚痴の一つも出てくるだろうから、これくらいはご愛敬ってとこか。
作戦の内容だけに、どうにも冗談を真に受けちまっていたみたいだ。俺も、余裕がなくなって来てるのかもなぁ。
一頻り話し終え会議も終了と言う雰囲気になって来た訳だが、俺としてはもう1つ話しておかなければならない事があった。
これは今回新たに決まった事だから男爵たちは勿論、多分マリーシェたちも知らないだろう。
「最後に、俺たちと共闘する者たちを紹介したいんだけど……」
「……共闘?」
「……まさか共闘とは、あの者たちと!?」
俺の発言にマリーシェは疑問の表情を浮かべるだけだったけど、カミーラは何か思い当たるところがあるようだった。
多分、それに間違いは無いと思うんだけどな。
「おい、アレクよ。作戦はすぐに目の前だと言うのに、ここで新たに人員が増えると配置の問題が……」
男爵も、この場面で他の隊の者が加わる事に難色を示している。
それは単に知らない者が入って来るのを嫌がっていると言う訳じゃあ無く、役割分担の変更や、何よりも士気に関わるのを嫌ったんだろう。
「いえ、男爵。今回に関して、こちらの陣営に手を加える必要は……来たな」
俺が男爵へと説明しているそのタイミングで、扉をノックする音が聞こえたんだ。
男爵は俺の方へと視線を向け、俺はそれを受けて頷いて応えた。間違いなく……あいつらだろうな。
男爵が扉に最も近かった隊士へ入室を許可し、その者が扉を開ける。
そこに立っていたのは。
「グ……グローイヤッ!」
「……やっぱりなぁ」
「……この流れならば、そうだろう」
「スークァヌちゃあん」
「……ふん」
言うまでもなく、グローイヤ達だった。
それを見たマリーシェたちの反応は、1人を除いてまぁ……似たようなものか。
それでも、事情を分かっていない男爵は俺に目で説明を求めて来た。
「彼女達は『グラウザー商会』に雇われている冒険者です。私たちとも面識があり、同じ目的と言う事もあってこちらの動きに歩調を合わせたいと言う事でした。勿論、腕は立ちます」
俺が簡潔に男爵へと説明している間も、マリーシェたちは胡散臭い視線をグローイヤ達に向けていた。「……面識ぃ?」とは声を出さないが、マリーシェなんかは思いっきり顔に出ていた。
「……ふむ。腕は立つ……か。それで、こちらの動きの邪魔にはならないと言うのだな?」
俺の話を聞いて、オネット男爵は少し安堵の表情で俺に確認を求めて来た……んだが。
「……はん。どっちかと言えば、あんた等があたい等の邪魔になるんじゃないのかい?」
それを台無しにするグローイヤの台詞で、男爵を始めとしてこの場の親衛騎士団員は全員ムッとした空気を醸し出したんだ。
なんでこいつは、こう雰囲気をぶち壊すことばっかり言うんだろうなぁ……。
「男爵。今回の戦いは、非常に厳しいものとなるでしょう。少しでも我らが生き延びる為には、戦力の増強は不可欠です。その為には、多少の問題なら目を瞑り利用するのが得策かと」
「……グローイヤよ。有象無象の衆であっても、我らの目くらまし位には動いてくれるだろう。そうカッカするんじゃあない」
これから短い時間でも共闘するんだ。この場はひとまず鎮めないといけない。
そう考えたのはシラヌスも同じなようで、俺と奴は殆ど同時にそれぞれ宥める相手に声を掛けていた。
幸い……なんだろうな。俺とシラヌスの台詞はそれぞれグローイヤや親衛騎士団員たちには聞こえなかったみたいで、何とか双方の鉾を収める事に成功していた。
「それでは皆、準備を始めよ。昼過ぎにはこの街を出立するからな」
男爵の号令で、その場に集った者たちは早速出発の準備に取り掛かったんだ。
とりあえず、この場を収める事には成功した。
でも、問題はこの後の控える本番だ。
俺たちが生き延びる為には、グローイヤ達の手も借りる必要があるからな。




