侯爵への注進
俺たちは、早速オネット男爵へと報告を済ませたんだが。
その結果が……これだからなぁ。
俺たちの目の前には、暗い顔をしたオネット男爵が頭を抱えていた。
その姿を見て、俺たちは居た堪れなくなり何も声を掛けられずにいたんだ。
―――数刻前。
トゥリトスの街から戻って来た俺たちは、その情報をマリーシェ達やグローイヤ達に話し終え、それをそれぞれの雇い主へと報告した。
グローイヤ達の結果は分からないけど、オネット男爵は暫く考慮した後。
「……やはり、侯爵には話しておくべきだろう」
と言う結論に達したみたいだった。この辺り、男爵は真面目だよなぁ……。
それとも、何にでも指示を得なければ動けない役人肌なんだろうか?
兎も角男爵は、そのまま俺を伴って侯爵の部屋へと向かったんだ。
―――そして、四半刻前。
ガックリと肩を落として部屋へと戻って来た男爵は、何も語る事はせずに椅子に座ると、そのまま頭を抱えて悩みだしたんだ。
……まぁ、あの会話を思い出せばそれも仕方がないよなぁ。
侯爵に謁見した男爵は、馬鹿正直に俺たちから知らされた事を報告した。
そして、作戦の見直しを進言したんだ。
不機嫌そうにその話を聞いていたエラドール侯爵だったけど、作戦変更の具申を聞いた辺りからその気褄は最高潮に悪くなった。
「き……貴様ぁっ! 誰が……誰がその様な勝手な振る舞いを許したと言うのだぁっ!」
侯爵の感情は大いに昂り、俺たちへ向けてこれ以上ないってくらいの怒声を上げた。
ただし、この言に関して俺たちも反論する事は出来ない。
俺が……俺とヨウがトゥリトスの街へ潜入したのは完全に独断で、侯爵からは何の命令も許可さえ得ていないんだからなぁ。
もっとも、この件に関して箝口令が出ていた訳でも、行動を制限するように命令を受けていた訳でも無いんだけどな。
「貴様たちの軽はずみな行動が原因で、もしもこの作戦が敵に知れようものならばどうするつもりなのだぁっ!」
鼻息を荒くして俺たちを叱責する侯爵だが、残念ながらこの台詞も彼の言う通りだ。
もしも、俺たちの侵入がバレて侵攻作戦が瓦解すれば目も当てられない。
でもまぁ、この街にこうもあからさまに兵を集めている時点で、ハッキリ言ってこの作戦が相手に筒抜けなのは言うまでも無いんだけどな。
更にクドクドと小言を続ける侯爵に付き合っていては、時間がいくらあっても足りなくなる。
「……侯爵閣下! ご注進がございます!」
だからだろう、男爵は僅かなタイミングを突いて声を大にして発言した。
いきなり目の前で大声を出されたくらいで言葉を詰まらせるなんて、侯爵は見た目通りの小心者なんだろうなぁ。
「な……なんじゃ!?」
それでも目一杯の威厳を保った侯爵が、何とか男爵へ返答した。
「我が配下の者の報告によれば、既に相手はこちらを迎え撃つ準備を進めている模様でございます。なれば、このまま進撃しても敵の罠に嵌る確率が高いと存じます。ここは一度侵攻作戦を取りやめ、改めて対策を立て直しては如何かと……」
「ば……ばっかもの―――っ!」
でも、流石にこのオネット男爵の言葉は、エラドール侯爵の逆鱗に触れたみたいだった。
顔を真っ赤にした侯爵が、唾をまき散らす勢いで男爵を叱責した。
「この作戦は、国王陛下より勅令賜ったものだっ! 貴様の一存で、おいそれと覆す事など出来る訳が無かろうがっ!」
本心はどうあれ、侯爵のこの発言にも一理ある。国王からの命令なら、そう簡単に覆す事なんて出来ないだろうなぁ。
しかもこの作戦の失敗はそのまま、侯爵自身の不評に直結しちまうんだ。ムキになるのも、分からない話じゃあ無いな。
「し……しかし、侯爵閣下っ! この者の話によれば、既に彼の地には……」
「黙れ黙れぇっ! そ奴も貴様の配下であろうっ! 何で貴様の手の者の言葉を鵜呑みに出来ようかっ!」
「で……ですが……!」
「黙れと言うておるっ! その様に素性の分からぬ冒険者風情の言葉など、聞くに値せんっ! 作戦は、こちらで得た情報を元に立案しその通りに遂行するっ! そちは取り決め通り、後詰として部隊の最後尾を付いて参るが良いっ!」
それでも、何とか反意を促そうとする男爵の胆力は大したもんだ。
単純に人が良いだけなのかも知れないけれど、恐らくは兵の命を無駄に散らせたくないと言う思いからなのかもなぁ。上司としては、信用に足る人物なんだろうけどな。
でも、もう侯爵の方にこの話に対しての聞く耳なんて持ち合わせていないみたいだ。
それどころか、こちらの意見は「クレーメンス伯爵側に何らかの利益が齎される」ものとして捉えられちまっている。
こうなっちゃあ、もはや何を言っても意味がないだろう。
「それからっ! 今回のそちの部下が起こした独断専行は目に余るものがある! この戦いが終わり次第、エラドール伯爵には確りとその責を取ってもらうつもりなので、その様に貴様の主には報告するが良い! 話はここまでだ!」
すでに怒り心頭な侯爵はそう言い放つと、その場を立ち上がって退出していった。
そして残された男爵は、侯爵の捨て台詞を受けて愕然とし項垂れて硬直してしまっていたんだ……。
呆然自失で自室に戻って来た男爵は、俺の存在など気に掛けた様子もなく椅子に座りこんで項垂れ頭を抱えていたんだ。
それも、侯爵との会話を思い返せば簡単に察する事が出来るよな。
侯爵はもしも作戦が失敗した暁には、その責任さえも伯爵に転嫁させるつもりだと言ったようなものなんだ。
「……男爵」
もっとも、このまま黙り込む男爵に付き合って時間を無為にするつもりもない。
俺は男爵に向かって話し掛け。
「あ……ああ。すまん、アレク」
そこで男爵は、漸く気づいたように俺の方へと視線を向けた。
ちょっとわざとらしい感じもするけど、それだけ悩んでいるって事なんだろうなぁ。
「さてさて……どうしたものかな……? 良かれと思って報告したにも拘らず、まさか伯爵様にまで迷惑が掛かろうとは……」
心底困っているんだろう、男爵の言葉には力が籠っていなかった。
とは言え、このまま事を放置していても結果はきっと変わらない。
伯爵に問題が飛び火する事は勿論、男爵が叱責を受ける様な事態にはならないんだが。
「……男爵。御心配には及ばないかと……」
彼をこのままにしておくと、こちらの陣営の士気にも関わるからな。
まずは、男爵には改めて確りと事態の把握と認識をして貰わないといけない。
俺の発言を受けて、男爵は力なくこちらへと視線を向けた。
「……この作戦は、先にもご説明した通り恐らく失敗します。……こちら側の敗北と言う形で」
そんなオネット男爵に向けて放った台詞を受けて、彼は思わず息を呑んでいた。
既に聞き知っていた事とは言え、改めて話をされると驚愕してしまうんだろう。
「先ほどの侯爵との会見結果通り、この作戦は撤回される事はありません。そして闇ギルドの手勢は、こちらへ罠を仕掛けて待ち構えているでしょう。更には、途轍もない剣気を放つ者もおりました。何の策も無くただ攻め込めば、間違いなく手痛いダメージを受けるでしょう。……先陣部隊は特に」
再び俺の話を聞いて、男爵はゴクリと喉を鳴らし絶句していた。
この話をするのは、実に二度目だ。
侯爵の元へと来る前にもすでに詳しく説明済みな筈で、男爵が改めて驚く情報は含まれていない。
それでも彼は、まるでこの事を初めて聞いたような表情で一言も発する事が出来ないでいた。
侯爵に進言しそれが取り入れられない現実が、この事をより事実として実感させたのかも知れないな。
「そ……それでは、そなたの言う『心配無用』と言うのは……」
苦し気に絞り出した男爵の台詞を聞いて、俺はゆっくりと頷いて肯定の意を示した。
ここから先の話は、どちらかと言えば想像……と言うか、願望に近い話となる。
「侯爵が俺たちの話を聞き入れてくれれば、きっとそうはならなかったのでしょうが。先ほどの話をした感じですと、恐らくは侯爵自らが先陣に立つでしょう。……そうなれば」
でも俺には、この話には確信に近いものを感じていたんだ。
結果として、俺の想像通りに展開しちまっている。
もっともそのお陰で、伯爵には責任追及の目は向かない訳なんだがな……。




