死の威圧
トゥリトスの街に到着した俺たちは、早速中へと潜入する。
そこで役に立つのが……このアイテムだった。
可能な限り気を抑え殆ど誰にも気付かれないと確信を持てるほど気配を消しても、わざと漏らした僅かな残滓を感じて俺たちは互いの位置を知る事が出来ていた。
これで2人とも姿が見えない状態でも、辛うじて互いの存在を確認出来るはずだ。
そして、会話はと言えば……。
『おおっ! こりゃあ、すっげぇなっ! 本当に声を出さずに会話出来るぜ!』
俺の貸し与えたアイテムを、ヨウは嬉しそうに早速使って見せた。
―――超極希少道具「念波のサークレット」。
天界……と呼ばれる、行く事も困難な世界でのみ手に入る非常に希少な鉱石から作られているアイテムだ。
2つに割られた神石は互いに引き合い、その効力で人の意思を電波として飛ばす事が出来る……らしい。
らしい……と言うのはその効果が不確定なのではなく、その原理が全く解明されていないからだ。電波云々も、実際のところはハッキリと観測されての結果じゃあない。
兎も角これがあれば、姿を消して話す事が困難な状態でも会話が出来るってすんぽーだ。
『でもよぅ。本当はお前、何者なんだよ? こんなアイテム、少しくらい裕福な程度じゃあ手に入らないぜ?』
さっきまで嬉々としていたヨウだが、急に真剣な口調で鋭い発言をして来た。
確かにこのアイテムは、殆ど目にする機会は無いだろうなぁ。
それは、例え王族貴族であっても同様なんだから、ヨウが疑問に思うのも分かる話だ。
『まぁ、その事は後回しだ。今は周囲の気配を探る事に集中しろ』
『ああ……。そうだったな。無駄話はここまでとするか』
ただこの事をあまり詮索されるのは、俺としてもあまり嬉しくはない。
こいつは普段はあっけらかんとしているものの、妙に鋭い処があるからな。
そして俺の言葉に、ヨウも本来の目的に注力する事にしたんだろう。真剣な声で応えてくると、ピタリと会話を打ち切った。
俺たちはいよいよ、闇の街トゥリトスの中へと足を踏み入れたんだ。
闇の街……とは言っても、普通に住人が生活していて、日中の街中はそれなりに人出が多いように伺えた。
無論、活気があるとは言えない。ジャスティアやアルサーニに比べれば、喧噪もなく静かなものだろう。
それでもここが、知る人ぞ知る「闇ギルド」のある街だなんてどれだけの人が理解して生活しているんだろうか……。
―――もっともそれは、表通りを見た限り……となるんだが。
『……アレク。……あっちはヤバいな』
『……ああ』
一本筋を入り裏通りへ抜ければ、尋常でない雰囲気を醸し出した人物や、どこか知れない所からの耳目を感じられた。
それも、ただ監視し聞き耳を立てているだけじゃあない。
僅かに……ほんの僅かだが、見張り役からは殺気を込めた気配が感じられたんだ。それが、四方八方から発せられている。
これは、普通に生活している者程度ならば知る事は出来ないだろう。
なまじ人の発する気を感じ取る技術がある者ならば、それを察知して警戒してしまうレベルのものだった。……まるで結界だな。
そしてこれは……罠だ。
この薄い殺気を感じ取る事の出来るレベルの者ならば監視者共は当然警戒するし、それを察した側は警戒心を露わとし行動が不審になる。
『……裏側へ回るぞ』
『……ああ、了解だ』
だが、だからと言って何も無いだろう表通りを徘徊していても意味はない。
多少の危険は覚悟の上。俺の合図に、ヨウも了承の意を返してきた。
そして俺たちは、陽の当たる通りから薄暗い路地へと足を踏み入れたんだ。
どこの街でもそうだが、裏通りと言われるような場所は日中でも薄暗く静かで、どうにも物騒な印象を受けるものだ。
そしてこの街の路地裏は、特に陰気で人通りがない。……まさに「如何にも」な風情を醸し出していた。
『……何か聞こえないか?』
『……ああ。聞こえるな』
しばらく裏通りを歩いていると、何処からか音……いや、息づかいか? 動物と思われる呼吸音が聞こえて来たんだ。……これは。
『……ペット……って訳じゃあないよな?』
『この……独特な呼吸音は……』
俺はそっと近くの壁に張り付き、そこにある窓から中を覗いてみた。
『おいおい……マジかよ……』
『……やはりな』
そこには、檻に入れられた魔獣「黒犬」が、口からヨダレをダラダラと流しつつも、声を上げることなく大人しく座っていたんだ。
……いや、大人しくってのは少し違うな。
あれは、何処か強制され無理やりそこに縛り付けられていると言った印象だった。
そして、あのような状態には……覚えがある。
『おいおい……この街じゃあ、魔獣を飼うのが流行ってるのかよ?』
呆れたようなヨウの台詞だが、無論これは……冗談だろう。
街中で犬や猫を飼う者は居るだろうが、狼や熊を飼う者などいる筈もない。
ましてや、どこの世界に魔獣を愛でる者がいると言うだろうか。
『これは、俺たちに対する罠の1つだろうな』
そんなヨウの呟きに、俺は冷静に答えてやった。
これは先日、オネット男爵にも話した事だから、こいつに隠し立てする必要も無い。
『……なるほどな。街中でこんなのに襲われたら、そりゃあ苦戦は免れないな』
そしてヨウは、俺の話を驚くほどあっさりと受け入れたんだ。
もしもこの魔獣が解き放たれればどうなるか……少し想像すれば良く分かる話だ。そして、その効果もな。
『……それで、どうするよ? 檻のある場所を全て探す……ってのは、効率的じゃあ無いなぁ』
ただしこれもまた彼の言う通り、こんな檻が何処に何ヶ所仕掛けられているのか今から探すと言うのは、少し現実的じゃあない。
『……恐らく、魔獣を入れた檻はかなり多く配置されてるだろう。そして、その数と場所を全て把握するのは難しいだろうな。だったら、この街の状況をもう少し調べてみよう』
だから俺は、街の探索を提案したんだ。
勿論、その過程で見つけた魔物の入った檻の位置は調べておくつもりだけどな。
『そうだな。兵力や他の罠なんかを調べておくのも有用だろうな』
ヨウの了承を得て、俺たちは更に裏通りを先へと進んで行ったんだ。
裏道を進み、更に怪しいと思われる場所を重点的に調べて回った。
面白いもので、どんな組織であっても重要な拠点や施設と言うのは、表通りには配置しないみたいだ。
そしてそれは、戦力の真打も同様だった。
『お……おい、ア……アレク! 感じた……か!?』
『あ……ああ。こいつぁ……』
街の正門から向かって奥にある建物。その1軒の家屋から、信じられないくらいに〝強い〟気配を感じたんだ!
今この街は、女神像の恩恵を受けてレベルの影響はなくなっている。
それでも、俺たちが足を止められて動き出せなくなるほどの威圧感がその館からは発せられていた。
しかもそれを隠そうとしていない……いや、隠せないのか?
それとも俺たちの接近を知って、押さえていた気を開放したんだろうか?
とにかく頭の中ではその人物を確認したいと言う欲求に駆られてはいるんだが、本能がその館に近づく事を拒否していた。
『……あれは……ヤバい。こっから少しでも近づけば……バレるぞ?』
『あ……ああ、そうだな。これ以上近付くのはやめよう』
それはヨウも同じみたいで、彼はこの場からの撤収を暗に提案して来たんだ。
そしてそれには、俺も二つ返事で同意だった。
偵察に来て戦うのは論外だが、捕まって殺されてしまうのも問題外だ。
俺たちは少なかろうとも、得る事の出来た情報を持ち帰らなきゃならないからな。
だから俺たちは、ここからは互いの事を考える事無く気配を可能な限り消し、逃げる様にトゥリトスの街から撤退したんだ。
その間にヨウとの会話は一切なく、互いに存在を確認出来たのは落ち合い場所で合流してからの事だった。
気配だけで殺されるかと思う程強い「気」を感じて、俺たちは這う這うの体でトゥリトスの街を脱出した。
今回の作戦でもしもあの「気」の持ち主と対峙したら……どうなるんだ!?




