強硬偵察
お開きとなった酒宴の席から、俺はヨウ・ムージを連れだした。
その理由は、何も奴がマリーシェを狙っていたから……なんて事ではなく。
ヨウを外へと連れだした俺は、この宿の路地へと奴を誘導し立ち止まった。
「……なんだよぉ。せっかく良い感じで酔いも回って来たってのに……」
そんな彼は、マリーシェと部屋へしけ込む事が阻止されたこと自体にはあまり未練が無いみたいだった。
まぁあの場ではマリーシェの意識は無かったんだ。
そのままヨウが彼女を連れ帰ろうとしても、きっとサリシュやカミーラ、バーバラがストップを掛けていただろうけどなぁ。……多分。
「……これから当分の間、1つの目的に向けて俺たちは協力し合う……それで間違いないよな?」
問い掛けて来たヨウに向けて、俺は念を押す質問を返した。
怪訝な表情のヨウだが、これはこれから話すうえで重要な事なんだ。
「……まぁ、そうなるよな。どういう心境の変化か知らないけど、グローイヤはそう考えてるみたいだしな。俺の方としても、お前とこうやって一緒に行動出来るのは楽しみでしょうがないのは確かだ」
へぇ……驚いた。
こいつ等の中では、グローイヤが一番俺たちとの共闘を嫌悪しそうなのになぁ……。何か考えがあっての事だろうか?
しかし奴の話だと今この時……少なくとも今回のクエスト中だけは、信頼しても問題ないみたいだ。
「……そうか。なら、お前に折り入って頼みがあるんだ」
だから俺は、ヨウに早速要件を切り出した。
ここで時間を無為にしても、全く意味は無いからな。
「……へぇ。何で俺なんだよ?」
改まった口調で話し掛けられ、奴も真剣な表情になっていた。
俺がグローイヤ達の中でこいつに話し掛けたのは、あの中でヨウだけが酒に呑まれていなかったと言う事が1つ。……そして。
「お前は酒に呑まれた目をしてなかったしな。それにこれから行く所には、お前の様な隠密活動に優れている技能が必要なんだ」
そして、もう1つの理由と言うのが……これだ。
俺はこれからすぐにでも、こいつを連れてある場所へと諜報活動を行おうと考えていたんだ。
本当は1人で向かおうと思っていたんだが、単独行動ではいざという場合に対処出来ないだろうし、何よりもこいつの技能が卓越している事は前回の戦いで確認済みだしな。
「……へぇ、よく見てるんだな。俺としては問題ないんだが、どこへ向かおうって言うんだ?」
ニヤリと笑みを浮かべたヨウが、俺に問い返してきた。
奴の言葉通り、俺の提案には基本的に反論なんて無いみたいだな。
もっとも、その偵察先によって答えは変わる……そんな雰囲気をヨウは醸し出していた。
「……お前も分かってるんだろ? ……行く先は『闇の街トゥリトス』だよ」
奴の笑みの中には、俺がどこへ何しに行くか分かっている風情が含まれていた。
それにも関わらず、あえて俺に話をさせるんだから何というか……芝居掛かってるよなぁ、こいつも。
「へぇ……やっぱりねぇ。敵を知り己を知れば……ってやつか?」
明確な目的地を聞いても、ヨウに動揺した気配は感じられなかった。
それどころか奴は、俺の答えに納得している節もある。
「まぁ……な。もしかしてお前、俺がこの話を持ち掛けなければ1人で行くつもりだったのか?」
だから俺は、頭に浮かんだ仮説を奴にぶつけてみた。
前世の奴なら……まぁ全く別人と言えるほどの変わりようなんだが、俺の知るヨウならばそんな事は絶対にしない。
引っ込み思案で自ら動く事が無いのは勿論、極度の臆病者で自分に益のない事には指一本動かさない奴だったからなぁ。
だからこいつに対しても、そんな考えが浮かんではいたんだが。
「へっへへ……。生き残る為の方策ってやつは、打てるだけ打っておくもんだぜ」
こっちのヨウは、どうやらとても行動的みたいだな。
まぁ、そっちの方が好感が持てるってもんだけど。
「でもよう、まさか侯爵が企画するようなクエストでわざわざ威力偵察を自主的に行おうって奴なんて、そうはいないぜ? お前も変わってるよなぁ」
そしてヨウは、そんな事を俺に向けて呟いていた。その声音には、本当に感心したと言った気配も感じられる。
もっとも、呆れたって言うニュアンスに取れなくも無いんだけどな。
基本的に依頼を受ける際、その情報は概ね依頼者から齎されるものに依存する。
それ以上に必要な事は現地で知るか、情報にない事は行わなくても契約違反にならないと言う決まりになっている。
勿論、契約時にそれらが織り込まれているかどうかも重要なんだけどな。
そして今回の依頼だ。
今回の件は、俺たちは伯爵から発注されたものを受けたに過ぎない。その内容は、
「闇の街トゥリトスを壊滅させよ」
と言うものであり、その為に先行して調査する必要なんて無いし、もしも闇の街の戦力がこちらを上回っていれば、逃げても問題視されないまである。
ただし逃げる場合は、依頼者や監視役が撤退もやむなしと判断するか、戦いの場で指示が出来なくなった状態に陥った場合に限るんだけどな。
とにかく、今から俺たちがやろうとしている事は、ハッキリ言って契約外の事となる。
「それこそ、お前と理由は同じだよ。それに……」
「仲間を出来るだけ危険に晒したくない……ってか?」
俺が話そうとした理由を、ヨウは先んじて口にした。それに俺は、頷いて応えたんだ。
依頼者から齎される情報が、必ずしも正確で全てだという保証はない。
大した事のない案件ならばその場で対処しても問題ないんだけどな。
俺たちクラスの冒険者に、そこまで神経質なものはかなり少ない。でも稀に、とんでもなく厄介な事案に出くわす事もある。
それでも回避出来ないようなら、こちらで打てる手段を講じるのは自衛と言う意味でも必要な事だからな。
「事情は……そうだな、シラヌスに話していこう。明日の会合にはシラヌスと、こちらからはサリシュかカミーラを参加させればいい」
「どうせ……役に立たない集まりだからな……ってか?」
明日は、全ての部隊やパーティを集めての作戦会議があるって話だけど、俺の知る限りでは多分役に立たない話し合いにしかならないだろう。
碌に偵察もせず、情報も希薄。正攻法に正面から武力で攻め落とそうってんだから、単純過ぎて待ち構える方は罠を張り放題だろうなぁ。
そんな無駄な時間を使うくらいなら、俺たちで可能な限り情報を収集しておく方が有意義ってもんだ。
「会議の方はシラヌスに任せておけば問題ないだろうけどな。……こっからはどうやって抜け出すんだよ?」
一瞬緩んだ空気を、真顔となったヨウが引き締めて問い質してきた。
こいつの言ってる「ここから」ってのは、何も俺たちが泊っている宿の事じゃあない。
ヨウの言っているのは「この街から」どうやって出るのかって話だった。
「……やっぱり、お前もそう思うか?」
「そりゃ当然だろ? ここは奴らの目と鼻の先だぜ」
俺が反問すると、ヨウはニヤリと悪い顔になって答えた。それに、俺も全くの同感だったんだ。
このアルサーニの街は、「闇の街トゥリトス」から徒歩でも1日の距離にある。馬ならば半日と掛からず、人の足でも速く歩けば朝に出て夕刻までには着くだろう。
そんな場所に「闇ギルド」と呼ばれるような奴らが耳目を置かない訳がない。
特に俺たちが目を付けられているって訳じゃあ無いけど、それでも街中で怪しい動きをする者には敏感に反応するだろうな。
こんな夜更けにこの街から出ていこうとする冒険者なんて、奴らの目を引かない訳が無いんだ。
「……俺に考えがある。この街を監視している程度の奴らなら、目を盗んで街を抜け出すくらいは出来るだろう」
それに対して俺は、一案がある事を奴に告げた。
ヨウはその内容を知りたそうにしていたけど、あまり長く路地裏で男2人が話し込んでいるのもおかしな話だ。
俺はそのまま目で奴を促し、再び宿屋の中へと入っていったんだ。
ヨウ・ムージと共に、俺は闇の街へ偵察に向かう事に決めた。
敵地への偵察は厄介だが、その前にこの街から抜け出ないとなぁ。




