混沌の宴
前世ではおっさんだったスークァヌが、こっちではこんな美少女だなんて!?
しかも……異教徒!?
俺の上げた大声に、再び全員の視線が集中する。
いくら中身が30過ぎのおっさんでも、何もかもに達観出来ているって訳じゃあ無いんだ。
こんなに驚くべき事実を付きつけられれば、大声だって上げようってもんだ。
「もう……なぁに、アレクゥ? さっきから……うるさいぃ」
そんな俺に向けて、少し呂律が怪しくなってきたマリーシェがツッコミを入れて来た。
ほんと、こいつ少し飲み過ぎだ。
こんな時、いつもサリシュやカミーラが止めに入っていたんだけど……。
と思ってその2人を見てみると、彼女達も黙々と酒が進んでいる。
まだマリーシェ程じゃあないと思うけど、それでも普段より早いペースで酔ってるみたいだった。
……うぅん……まずいなぁ。
「何をそんなに……慌てる事があると言うのだ……アレクよ?」
それを実証するように、カミーラも言葉を噛まない様にゆっくりと話し出していた。
ったく……飲まなきゃやってられないってか?
「……『ハエレシス教』って言うと、あの暗黒神崇拝で有名な教団か? よくこのゴッデウス教団のお膝元でその名を口に出来るな?」
俺はかなり声を顰めて、スークァヌにだけ聞こえる様に話し掛けた。
彼女の口にした「ハエレシス教団」と言うのは、ゴッデウス教団が目の敵にしている「暗黒神ニゲル」を祀っている所謂「異教」だ。
教徒の数は多くはないが、民俗信仰としてゴッデウス教よりも古くから世界中に伝わっていた。
それだけに、どれだけゴッデウス教団から弾圧を受けようとも信徒の数は減らないと言う話だった。
……まぁこれは前世のスークァヌからの受け売りなんだけどな。
業を煮やしたゴッデウス教団は、自らの祀る「女神フェスティス」のみを唯一神と掲げて、その他の土俗信仰を異教や邪教として弾圧し始めたって言う経緯だ。
土着神を崇める人たちには良い迷惑なんだろうが、その抑圧は冗談で済まされない程に苛烈だったらしい。
そしてここは、その「ゴッデウス教団」の総本山があるジャスティアの街だ。どこに耳目があるのか知れたもんじゃあない。
それに、彼女の格好も多分目を引くだろう。
なんせ、漆黒のローブってのは「ハエレシス教団」信徒が好んで身に纏うものだからなぁ。
「……ふふ。名前と数だけの『ゴッデウス教団』なんて、ものの数じゃあ無いわ。それが例え、魔法の使えない街中でも……ね」
この言葉は、決して虚勢じゃあないな。
余程腕の自信があるのか?
それとも、気にするまでも無い何かを隠し持っているのか?
彼女の言葉通り、スークァヌには周囲を気にしている様子も、危機感を覚えている風にも見えなかった。
それにしても……。
色々と今回の人生には驚かされているけど、今回のはとびっきりだったな。
まさかあの守銭奴生臭坊主が、こんな美人な異教徒に替わってるとはなぁ……。
もしかすると、俺の知っている「スークァヌ」もこの世界にいるかも知れない。
でも俺の知るグローイヤやシラヌスと行動を共にしているんだから、多分ここでの「スークァヌ」はこの娘なんだろう。
おれはとりあえず、それで納得する事にした。
宴も闌……って訳じゃあないけど、酒も進み気分も解れてくると随分と気が緩んでくるってもんだ。
こちらも一通り自己紹介を終えると、飲酒による高揚感もあってかそこかしこで談話が始まっていた。
「へぇ―――。そんなに可愛いのに、冒険者が夢だったのかぁ」
「ん―――もぅ。おだてたって何にも出ないんだからね」
「いやいや、嘘じゃないって! 今まで出会った冒険者の中でも、すっごく可愛いよ!」
酔いどれているマリーシェを相手にしているのは、何とあのヨウ・ムージだ。
引っ込み思案で無口な性格はどこへやら、ここでの奴は積極的で何よりも……女性好きみたいだ。
「……へぇ。……魔法効果を上げる杖には、そんな使い方もあったんやなぁ」
「……うむ。それだけではなく、最近分かったらしい事と言えば……」
そしてこちらでは、酒も入って饒舌になったサリシュとシラヌスが魔術談議を始めていた。
俺が知る限りでも、シラヌスがこれほど饒舌だった記憶は余り無い。
それが奴の性格だと思っていたけれど、実は魔術について深く話せる者が近くにいなかっただけなのかもなぁ。
酒が入っているとは思えない程2人の表情は変化に乏しいんだが、それでもどこか楽しそうに見えた。
「あたいは、そう言った戦い方は苦手だねぇ」
「……ふん。性格の問題もあるだろうが、力一辺倒では立ちいかない場合もあるぞ」
「……技も大事」
そうかと思えばこっちではカミーラとバーバラが、グローイヤを相手に何やら熱い会話を交わしていた。
こっちは随分と酒が入っており、3人ともすでに目が座っている。
意見が割れているってのにそれでも口喧嘩にならないのは、多分お互いにその戦闘技術を認めているからだろうか。
何度か顔を合わせて、実際に命の奪い合いまでしたって言うのに、今はまるで旧来の友人みたいだ。
「えぇ―――。そんなに可愛いのにぃ……」
そしてこの声は、女性に言い寄る時のセリルのものだな。
当然相手と言うのは……。
「うふふ……ありがとう。でもねぇ……それでも、あなたとは付き合えないわねぇ」
謎の美女スークァヌだった。
かなり酔っているセリルは、既に美男子ではなく女ったらしモード全開だ。
それでも、どこか冷静なスークァヌは素気無くあしらっている。
「なんでだよぅ……。そんな冷たい事言わないでよぅ……」
それでも酔いが回っているのか、セリルは常には無いような情けない声で彼女に縋っていた。
普段は強気な物言いと、空気を読まない態度で女性に接して来た彼も、一皮剥けばこんな嘆かわしい言動を取るんだなぁ。
「そう……。そうねぇ……。そこまで言うなら、考えないでも無いんだけど……」
そんなセリルの食い下がりに根負けしたのか、スークァヌは奴に条件を話し出した。
……いや、これは根負けしたのではなく?
「なになにぃ……? 何でも聞くよぅ……?」
「……あなたの、心臓を頂戴?」
「……へ?」
スークァヌは、とんでもないものを要求しだしたんだ!
これには、酔っていたセリルも真顔になり聞き返している。
「だぁかぁらぁ……。あなたの心臓が欲しいって言ったのよ。若くて美しく逞しいあなたの心臓なら、きっと『ニゲル様』もお喜びになるわぁ……」
うっとりとした表情でそう語るスークァヌを、当のセリルは顔を青くして凝視していた。
そりゃあそうだろうなぁ……。
まさか、付き合う交換条件に心臓を要求されるなんて思いも依らなかっただろう。
因みに、世界に多く存在する「異教」の中には本当に動物の心臓を捧げられるものも在るが、彼女の信奉する「ハエレシス教」のご神体はそんなものを望みはしない。
「え……あ……と……」
「うふふ……。ねぇ、どうするの? あなたの心臓……くれる?」
さっきまでは酒の勢いで彼女へと迫っていたセリルだが、今は完全にスークァヌの雰囲気に呑まれ、せっかくの酔いも覚めてしまっているみたいだ。
この辺りのあしらい方は、彼女の方が1枚も2枚も上手みたいだなぁ。
「か……考えておくよ」
何とか取り繕った笑顔を浮かべて、セリルが白旗を上げてそう答えていた。
考えておくとは言っただろうが、命と引き換えにスークァヌと付き合おうなんて考え、奴には更々ないだろう。
「あら……。ざぁんねん」
手にしたグラスを一気に呷って、スークァヌは可笑しそうに呟いていた。
とまぁこんな感じで、当初はピリピリとした空気も酒が入ればどこへやら、みんな和気藹々と打ち解けあっていたんだ。
冒険者……と言っても、本質は敵と味方な訳じゃあ無い。
たまたま雇われた陣営によって、互いに戦う羽目に陥っただけ……ってケースが少なくないんだ。
……もっとも、グローイヤ達が俺たちを狙って動いていたのには違いないだろうし、実際今の心変わりはどこから来ているのか不明なんだが。
でも、そう言った心境の変化だって冒険者ならではだろうなぁ。
昨日の敵は今日の友。……とまではいかないまでも、昨日は敵だったと言う事をいつまでも引き摺っていられない。
冒険者ってのは、そんな節操のない部分も求められるんだ。
そして、一同は十分に食べ、そして飲み終えた頃。
「おぅい。マリーシェちゃんが寝ちまったけど、どうするよ?」
マリーシェの相手をしていたヨウが、俺に向かって問い掛けて来た。
どうするも何も、このまま彼女には部屋に戻って寝て貰う訳なんだが。
「何なら、俺が連れて行っても良いんだけどなぁ?」
ヨウが続けて、とんでもない事を言いだしたんだ。
と言っても、恋愛やら男女の睦言なんてのは個人の自由だ。俺がとやかく言う理由も無い。
……ただ、今回は。
「マリーシェはサリシュかカミーラかバーバラに任せて、ヨウ。……ちょっと話があるんだ」
ヨウには折り入って話があった。
俺は彼にそう告げると、そのまま外へと向かい歩き出したんだ。
それを見たヨウは、怪訝な表情を浮かべながら俺の後を付いて来ていた。
思いもかけず盛り上がっり、晩飯が宴会になったものの、それもお開きとなった。
後は寝るだけ……だったんだが、俺の本題はここからだったんだ。




