冒険者の性
不意に遭遇したグローイヤ達は、なんと侯爵の作戦に参加するって話だった。
まぁ、それも俺たちの立場を考えればそれほど驚くような話じゃあないんだが……。
俺とグローイヤ達との会話を聞いて、マリーシェたちは一様に唖然としていた。
それも、ある意味で仕方のない事かも知れない。
何せ、こいつ等は俺たちにとっては「敵」みたいなもんだからなぁ。
でも、本当の意味で冒険者同士が敵対するって事はあり得ないんだ。
そんな事は、少し考えれば分かる事だろう?
雇われた側の立場によって、俺たちは敵にも味方にもなり得る。
もっと極端な話をすれば、俺やマリーシェ、サリシュにカミーラ、バーバラにセリルも、今後誰に雇われるかによって戦う事になるかも知れないんだ。
その時に「敵だ」とか「味方だ」なんて理屈は通用しない。
そこにあるのは、雇い主の意に沿うかどうかというものだ。
それが……冒険者の性って奴だ。
「それでぇ? あんたは誰に雇われてここに来たってのさ?」
剣呑な雰囲気を叩きつけていたマリーシェたちには構わずに、ちゃっかりグローイヤ達は俺たちの隣のテーブルに着いた。
そしてあろう事かそのテーブルを寄せてくっ付け、まるで1つの大テーブルのようにして俺たちと相席していたんだ。
これには俺だけでなく、シラヌスも大きく嘆息していた。
何も、好んで火に油を注ぐことも無いだろうに……。
「……あんた達に教えてやる義理なんて無いでしょ」
グローイヤの問い掛けに、マリーシェは嫌悪感さえ露わにしてこう返したんだが。
「別に、あんたに聞いてないよ。あたいはアァレェクゥに、聞いたのさ」
マリーシェの返事を聞くと、グローイヤはわざわざ俺の愛称を間延びして答えやがったんだ。こりゃあ、聞きようによっては挑発だと思えるし。
「……なっ!」
マリーシェはそう受け取ったようだ。
しかも彼女だけでなく、サリシュやカミーラ、バーバラにセリルも同様で、一向にピリピリしたムードは消えそうにない。
それでも俺がこの場を収束させようと動かないのには……訳がない事も無い。
「俺たちの雇い主は、クレーメンス伯爵さ。……それより」
「ちょっと、アレク! 何で答えてやってるのさ!」
俺がグローイヤと会話している横から、マリーシェが噛みついて来た。
どうやら返事をしたのもそうだけど、俺が普通にグローイヤへ対応しているのが気に食わないらしいな。
「そこの女性は、今回初めて見る顔だな。出来れば紹介……って言うか、お互いにまだちゃんと挨拶して無かったんじゃないか? 俺はアレックス=レンブランド。アレクって呼んでくれ」
そんなマリーシェを目で押さえて、俺はそのまま会話を続けたんだ。
そう短くない付き合いの中で、俺とマリーシェたちには意思疎通がある程度行えるようになっている。
ここはそれが活きたのか、すぐにマリーシェは口を噤んだ。それは、他の面々も同じだ。
「ああ、確かにそうだったね。それじゃあ、まずはあたいから。あたいはグローイヤ=アヴェリエント。知ってる奴もいるだろうけど、あたいはアマゾネス族さ。仲良くしなくても良いけど、暫くの間はよろしくな」
俺以外誰も彼女に目を向けない中で、それでもグローイヤはニッと笑みを浮かべて挨拶を言い切った。
ここで、俺の彼女に対する評価……というか、認識が少し変化していた。
前世では、如何に共同戦線を張る間柄とは言え、こんなに他人に対して気を遣う奴だったっけ?
俺の知るグローイヤはもっと傲慢で鼻持ちならない、かなり強引で我儘な性格だったはずだ。
「……アマゾネス族?」
意識して無視を決め込んでいたんだろうマリーシェたちの中で、グローイヤの言葉に引っ掛かりを覚えたのはサリシュだったようだ。
元来好奇心が旺盛な彼女は、余り耳にする事も無く会う機会も稀な種族に対して興味があるようだった。
「……ああ。ここからずぅっと北に向かった、森の中にある戦闘種族さ」
そんなサリシュに対して、グローイヤはまたも気さくに答えてやっていた。
もっとも口にしたのはそれだけで、肝心な部分は流石に言わなかったみたいだけどな。
まぁ……出会って早々に自身の秘密を打ち明けるバカもいないか。
「……俺はシラヌス=パノルゴスだ」
続いて口を開いたシラヌスだったけど、奴の自己紹介はたったのこれだけだった。
なんだかんだで彼らの事が気になるんだろうマリーシェたちだったが、次の台詞を待っていてもシラヌスはもう口を開く気が無いのか、黙々と酒を飲んでいた。
これには俺も、苦笑するしかなかった。
こいつは、前世と全く変わらない性分みたいだな。
「……何よ。愛想が無いわねぇ」
ポツリと呟いたマリーシェが、手にしたジョッキを一気に空にする。
無視を決め込んでいる風を装ってはいても、やはり気になって仕方が無いんだろうなぁ。……酒も入ってるし。
「んじゃあ、次は俺かな? 俺はヨウ・ムージ! 拳闘士だ! 宜しくな!」
そして次に挨拶したのは、俺の記憶の中で最も性格が変化していたヨウだった。
いや……変わったのは性格だけじゃあなく、それに伴って容姿まで変容してやがる。
以前のヨウは物静かで……というよりも陰気で口数も少なく、それが影響しているのかいつも俯き加減で人を上目遣いに睨め上げる様な態度だったんだ。
だからそれで、時には誤解を受ける事もしばしばだったなぁ……。
それが、今じゃあどうだ?
態度には自信が溢れ、言動はハキハキと元気よく、表情も人当たりが良い。これじゃあまるで、別人だぜ。
……まぁ、こっちの方が断然良いんだけどな。
ただまぁ、こいつ等については前回の戦いで大体把握していた。
ここまで性格にも違いが出ているだなんてのは想定外だが、それでもある程度は理解出来る。
……分からないのは。
「……それでぇ? そっちのお方はどちら様ですかぁ?」
余程納得がいかずに機嫌が悪いんだろう、マリーシェの酒を飲むペースはかなり早い。もうすでに酔いが回っているのかも知れないな。
なんせ、口も利かないと言うスタンスで対していたにも関わらず、今は相手の話を促すまでなってるんだからな。
そう……俺もこの女性だけには心当たりがない。
前世の俺たちパーティでは、女性はこのグローイヤだけだったんだ。後は4人とも男だった。
俺、グローイヤ、シラヌス、ヨウときて、最後は僧侶の……。
「……スークァヌ。オリビエラ=スークァヌよ。名前で呼ばれるのは好きじゃないの。スークァヌと呼んでちょうだい」
そうそう、スークァヌだった。
あいつは僧侶のクセに金にがめつく、ゴッデウス教団以外の宗教を弾圧する酷い奴だったなぁ……って!?
「ス……スークァヌ!?」
彼女の名前を聞いて、俺は思わず声に出してしまっていた。
そんな俺に、全員の視線が集まる。
俺も出来るだけ反応しないでおこうとしていたのが仇になって、思いも依らない程の声量になっちまって自分でもビックリだ。
でも今は、そこに驚いてる場合じゃない!
「あらぁ? なぁに? どこかで会ったかしら?」
妖艶なしなりを作り、どこか甘えたような声で問い掛けてくるスークァヌに、俺はますます混乱の度合いを高めていた!
こいつが……こっちでの……スークァヌ!?
「い……いや……。俺の知り合いにもスークァヌって名前の人がいたんでビックリしたんだ。……もしかして、父親はゴッデウス教団の人かい?」
つい取り乱しちまったが何とか取り繕って、俺はもっともらしい言い訳で反問した。
これでもうちょっと人生経験を積んでる奴らがいたら誤魔化しきれなかっただろうけど、俺たちはまだまだ経験不足な年齢で、今は酒も入ってるからな。
「ふぅん……。私は孤児だったからね。親は勿論、親戚もいやしないわ。それに私は、ゴッデウスなんて腐った宗派じゃあないの。私の宗派は『ハエレシス教』よ」
どうやら誤魔化し切れたみたいだ。
そうか……。彼女は「ハエレシス教」だったのか……。
それじゃあ、俺の知ってるスークァヌな訳がない……って……。
「えぇ―――っ!?」
スークァヌの話を聞いて、俺は今度こそ本気で驚きの声を上げちまっていたんだ!
流石に、今度は本当に驚いた!
こっちでスークァヌを名乗る女性は、ゴッデウス教団ではなくよりにもよって「ハエレシス教」を口にするなんて!




