昨日の敵は
余りにも衝撃的なグローイヤの発言。
彼女の発した台詞は、俺たちの口を閉じ行動を止めてしまうだけの威力があったんだ。
グローイヤの口から、耳を疑う様な台詞が紡がれた。
だからその場にいた俺たちはピクリとも動く事が出来ずに、誰もその問いに答えられなかったんだ。
サリシュやカミーラ、バーバラにセリルもそうだが、マリーシェは立ち上がったままポカンと口を開けて惚けちまってる。
それもそうだろう。
グローイヤの口から「侯爵」なんて言葉が出て来たんだ。
それはつまり、「闇のギルド」が今回の作戦を完全に把握している事を意味していた。
少なくとも、みんなはそう考えているだろうな。
そんな中で俺は、もう1つの可能性も視野に入れてはいたんだが……。
「何故……何故お前がその事を知っている?」
冷静を装うカミーラだけど、それも上手くいっていないのはすぐに分かった。
声も震えている上に言葉も噛んじまってるけど何よりも……全身が小刻みに震えているからな。
これじゃあ、俺じゃなくても彼女が平静じゃあない事は丸分かりだ。
無論、バーバラとセリルはもっと分かりやすい。
表情には隠しきれない苦々しさが浮かび上がっていた。
もっとも、彼女達がそんな心情になるのも分からない話じゃないか。
俺たちは、この眼前にいるグローイヤ達と、つい数か月前にやりあった事がある。
やりあった……ってのは、言葉の通り……「殺し合いをした」と言う事だ。
こいつ等は建前上、依頼されたと言う理由でシャルルーを護衛していた俺たちに襲い掛かって来たんだ。
偶然を装っていたが、もしかすると……いや、かなりの確率で俺たちを狙って襲撃して来たんだろう。
こいつ等は、そういう事をする奴らなんだ。執念深いと言うか、狙った獲物は逃がさないって言うのか……。
俺たちがグローイヤ達と顔を合わせたのは、更にその時から数か月前に遡る。
まだレベルもかなり低かった頃……俺がマリーシェやサリシュ、カミーラと出会って間もない頃、ある事件で無法者共の本拠地へと乗り込んだ際に、そこで雇われていたのがグローイヤとシラヌスだった。
思えば、その時から俺たちとグローイヤ達との因縁は続いている。
いや……俺に至っては、前世から延々と繋がる宿縁って奴かもな。
とにかくこいつ等は、蛇を思わせるほど執拗に俺たちを狙ってきたんだ。
そして前回の襲撃時にグローイヤ達が「闇のギルド」と繋がりがある事も確信している。
それらを考えれば、今この時にこいつ等が此処にいるのは何か裏があっての事だと考えられるし、俺たちの行動その全てが「闇のギルド」に筒抜けだと確定した事でもあるんだ……が。
「何故……? 何故って、あたい等も侯爵が号令を掛けた『闇ギルド討伐』の作戦に参加するからだけど……なぁ?」
緊張感を纏ったカミーラの問い掛けに、グローイヤは拍子抜けするほど軽い口調で答えて、後ろに控えるシラヌス達に同意を求めていた。
そしてシラヌス達は、彼女に同調するように頷いて応えている。
この一連のやり取りは普段なら然しておかしいもんじゃあないんだが、事情を知らない者……マリーシェたちにしてみれば、完全に揶揄われた……バカにされたと思える態度だ。
それもまた、分からない話じゃあない。
前回の戦闘では、俺たちはその戦闘内容で完全に負けていた。
こうやって生き残っちゃあいるけど、あの場で戦い続ければ俺たちは全員やられていたかも知れないんだ。
それに、実際こちらの陣営には多数の死者が出ている。
嫌な奴だったけど、当時シャルルーの親衛隊長だった「イフテカール」を屠ったのも、きっとグローイヤかヨウのどちらかだろう。
つまり、マリーシェたちにとってグローイヤ達は「敵」って事になる。
「ふざけないでっ!」
実際、彼女達はそう感じたらしい。
今のマリーシェは、サリシュの手を振りほどいて飛び掛かりそうな勢いだ。
でもそれは彼女だけではなく、カミーラやバーバラ、セリルも同様だった。
抑える側に回ってはいるが、サリシュも険しい顔でグローイヤ達を睨みつけていた。
まさに……一触即発ってやつだな。
「……へぇ。お前たちは、誰の要望で今回の作戦に参加するんだ?」
そんなピリピリした空気を纏うマリーシェたちを宥める為にも、俺はグローイヤに問い掛けた。
俺の考えが正しけりゃ、こいつ等が嘘を言っているとは思えないし、そんな必要も無いからな。
でも、信じられない……いや、信じたくない者からすれば。
「なっ……ちょっ……アレクッ! こいつ等の言う事を信じるっていうのっ!?」
マリーシェの様な心境になってもおかしくはないよなぁ。
「彼奴等が我らに何をしたのか……よもや忘れた訳ではあるまい!」
特にカミーラにとっては、見方を変えれば心を許した従者の仇と取れなくもないし、実際にそう考えているみたいだ。
その時のグローイヤ達は、アヤメを連れ去り慰み者にした人攫い集団の側について俺たちと戦ったんだ。
カミーラがグローイヤ達を敵視するのも頷ける話だ。
「……悪いけど、こいつ等の話を信用するって要素が無いわぁ」
それはサリシュも完全に同様みたいだった。
彼女もマリーシェと共に、グローイヤ達が所属していた……と勘違いしている組織の者に連れ去られそうになったんだからな。忌避感を抱くのも分からないではない。
俺だって、こいつ等が闇のギルドと繋がりがあるって確信している。向こう側の人間だって可能性を捨てた訳じゃあ無い。
でもこいつ等の言う事が嘘であると言う立証も、多分誰も出来ないだろう。
これは言うまでもなく、マリーシェたちの心情の話なんだ。
だから、ここで信じる信じないを語っても意味がないんだよなぁ……。
それを知るにはマリーシェは勿論、サリシュやカミーラでさえまだまだ幼いって事か。
血気に逸るマリーシェたちを完全に無視して、俺はグローイヤの方を不敵な笑みを浮かべて見つめ続けた。
今は、この場でマリーシェたちに理解して貰うのは後回しだ。
「あ……あたい等は今は『グラザー商会』の専属冒険者をやってるのさ。そこ……そこの主人が、侯爵に色々と取り入ってるみたいでね」
俺の視線を受けて、何故か狼狽し視線を逸らせたグローイヤは、そこまで口にするとその後をシラヌスに任せたみたいだ。
「……主は侯爵から様々な仕事を請け負っている。……俺たちは、腕を見込まれてお抱えの冒険者として雇われているのだ」
そしてこちらも何故だか小さく溜息を吐いたシラヌスが、グローイヤの話を補足する。
と言っても、契約内容や主人の秘密に関わる事だろうから、それほど詳しくって程ではないけどな。
「まぁ、護衛も含まれてるからなぁ。年齢的にも近い俺たちが最適だったって事だろうけどな……おっと」
そしてシラヌスの後ろに控えていたヨウが彼の話の続きを語った訳だが、どうやらそれは余計な事だったらしい。
シラヌスに一瞥されて、ヨウはバツが悪そうに首を竦めて口を噤んだ。
それでも、全部を説明されなくてもヨウの台詞で分かった事がある。
「へぇ……。護衛任務も請け負ってるのか? 対象は、その主人の子息ってとこか?」
俺が追い打ちを掛けると、やっぱりシラヌスが嫌そうな顔をして俺の方を凝視して来た。
「……ったく。やはりお前は、油断ならない相手だな。我らの護衛対象は、グラウザー殿のご令嬢だ」
そして、呆れたようにそう暴露したんだ。
もっともこの話自体には、彼らに不利益な事なんて特にはない。
だからシラヌスも、馬鹿正直に答えたんだろう。
何よりも驚くべき事なんだが、グローイヤ達にもこの雰囲気を何とかしようとする姿が伺える。
だからこそ俺の問いにも答えているし、言わなくても良い事まで話しているんだろうなぁ。
「あ……あんた達が……。ご……護衛任務!?」
「『グラウザー商会』っていやぁ、あの大通りに店を構えている豪商だよな!?」
「まさか、そんな人物に雇われているとは……」
「しかも……令嬢の護衛なんて……。もしかして……信用されている?」
マリーシェ、セリル、カミーラ、バーバラが俺とグローイヤ達の会話を聞いて、呆気にとられながらポツリポツリと呟いていた。サリシュに至っては、唖然として声も出せないみたいだ。
まぁ、その気持ちも十分に合点のいくものなんだけどな。
でも、ある意味でこれが「冒険者」ってやつなんだ。
「冒険者」ってのは、それほど清廉潔白な存在じゃあない。
それが分からないマリーシェたちには、グローイヤ達の語る背景も中々受け入れがたいものかも知れないな。




