宿敵との再会
そして俺たちは、全部隊の集合地である「アルサーニの街」へとやって来ていた。
ここで最終的な準備を整えて、闇ギルドのあるトゥリトスの街へと向かう手はずになっていたんだが……。
そして俺たちは、アルサーニの街へとやって来ていた。
ここで今回「トゥリトスの街殲滅作戦」に参加する面々が終結する事になっている。
「おお―――……。色んな奴らが来てるんだなぁ―――……」
街中を見渡して、セリルがそんな声を上げていた。
彼だけじゃあ無くて、マリーシェやサリシュも同じようにキョロキョロしている。
澄まして歩いてはいるが、カミーラも周囲の様子が気になる処だろうなぁ。
大して珍しさを感じていない俺が落ち着いているもんだから、彼女もそれに習おうとしているのかも知れない。
……ったく、素直になりゃあ良いのにな。
そして、バーバラは普段よりも一層ナーバスになっていた。
ピリピリと神経を尖らせて、周囲の視線に敏感になっているのが分かる。
今この街に集まっているのは、何も貴族の保有する兵士だけじゃあない。
王国や侯爵に依頼されたり恩を売りたい有力者の手配した手勢……私兵や冒険者たちが集っているんだ。
そんな中には、当然ガラの悪い者も少なくなく、美男美女の多い俺たちのパーティは明らかに目を引いていると言って良いだろうな。
……まぁ、俺を除いて……なんだが。
特にバーバラは、容姿もそうだけどそのスタイルが注目される原因なのは言うまでもなく、他の冒険者とすれ違う際には露骨に視線を向けられたり、中には囃し立てる者さえいる。
「……なんか、感じ悪ぅい」
「そやなぁ……。女性冒険者が珍しいって訳やないやろになぁ……」
その理由を今一つ理解出来ていない彼女達は、単に粗忽者の態度が悪いってだけしか考えていないみたいだけどな。
因みに、女性冒険者たちからセリルは興味深そうにジロジロと見られていたが、
「駄目だね。品がない」
って理由で、殆ど気にも留めずに歩いていた。
なるほど、女性ってなら何でも良いって訳じゃあ無いんだなぁ……。
「……とにかく、早く宿を決めてしまって腰を落ち着けないか? 周囲の雰囲気が気になって、どうにも安心出来る気持ちにはならないんだが」
カミーラは周囲の視線に嫌気が差して来たんだろう、早くもそんな提案をして来た。
まだ昼も過ぎたばかりで宿に転がり込むには早過ぎる時間ではある。
でも部屋でのんびりするなら問題ないし、何よりもこんなに兵士や冒険者が集っていちゃあどんなトラブルに巻き込まれるのか知れたもんじゃない。
俺たちは一同に頷いてその案に賛成し、早速宿を決めてその部屋に転がり込んだんだ。
かなりの時間を部屋で過ごして、その夕刻。俺たちは再び、宿の1階にある酒場で落ち合った。
勿論理由は、晩飯をそこで摂る為だ。
言うまでもなく女性陣と男性陣は別々の部屋を取っていて、マリーシェたちは4人部屋、俺とセリルは相部屋の2人部屋となっている。
部屋に転がり込んでから俺はそのまま昼寝と洒落込んだんだけど、セリルはどこかに行っていたみたいだった。……まぁ、何をしていたのかは聞かないけどな。
ただ戻って来た奴がブツブツと不平を鳴らしていたところを見れば、多分彼の思惑通りの事は起きなかったんだろうなぁ。
「出発は明後日だっけ?」
合流した俺たち7人は1つのテーブルについて、酒が到着したと同時にマリーシェがそう口火を切った。
因みに食事は既に注文済みで、これからどんどん運ばれて来るだろう。
「ああ……。明日は集合した面子の代表者が集まって打ち合わせして、明後日の早朝に出発って予定になってるな」
そんな彼女に、俺はどこか投げやりな答えを返していた。
俺の返事がぶっきら棒に聞こえたのは、この作戦が余りにもお座なりだったからに他ならない。
「……まだこの作戦に……納得がいってないのね」
そんな俺に向けて、バーバラが静かに問い掛けて来た。
「……まぁね。本当ならこんな場所で飯を食ってる場合じゃないし、明日打ち合わせて明後日出発って、時間掛け過ぎだからなぁ」
そんなバーバラに向けても、俺のぞんざい物言いは収まらない。
だからそれを受けた彼女も、フッと小さく笑って受け流している。
「それはやはり、この作戦自体が相手に漏れている……と?」
そこへカミーラが、以前に俺の言った事への確認じみた質問をして来たんだ。
「……そうだな。これが『奴ら』じゃあなくても、目と鼻の先で兵を集めてれば嫌でも気付くし、そこから2日もあれば迎え撃ったり逃走する準備なんて幾らでも出来る。……そんな事は、少し考えりゃあ分かるってもんなんだが……」
「まぁなぁ……。もしもそれが本当だとして、分からない奴には分からないんだから仕方がないだろ?」
俺の愚痴にも似た言葉に、セリルが同意を見せる形で頷いたんだが……。
「……ちゃうでぇ、セリル。……しゃあないって事で済ませんのはええけど、命賭けるんはウチらやでぇ?」
俺が奴に反論するより先に、サリシュが諫める様にセリルへと答えた。
彼女の台詞は正に俺が言おうとしていた事だったってのもあって、俺は溜飲を下げたんだけどな。
冒険をしていれば、どうしようもない事ってのは幾らでも出てくる。
それこそセリルが言ったみたいに、仕方がないと言う事だってあるだろう。
でも今回の作戦みたいに、明らかに穴だらけの計画が分かっているにも拘らずそれに参加させられるってのは、単純に「仕方がない」の一言では終わらせられる訳もない。
サリシュの言った通り、賭けるのは自分の命だ。
そして高確率で「闇のギルド」の連中は手ぐすねを引いて待っているだろうな。
つまり俺たちは、ノコノコと相手の罠に嵌りに行くバカな獲物って訳だ。
「とりあえず、食べましょ。まずはお腹を膨らませないと、良い案も出ないからね」
丁度その時に、威勢の良いウェイトレスの持ってきた料理がテーブルに並べられた。
マリーシェはそれを見て、丁度良い気分転換になると思ったんだろう、率先して食べだしたんだ。
「……そやなぁ。……今すぐ悩んだかて妙案なんて浮かばんやろし、料理も冷めてまうしなぁ」
それに続いて、サリシュも食事にありつく。
それを皮切りにしてこの話はとりあえず棚上げとなり、俺たちは料理を片付ける事にしたんだ。
―――まぁ……やっておきたい案はあるにはあるんだけどな……。
往々にして、出会いは突然訪れる。
それと同じような確率で、再会って奴もいきなり目の前に現れるんだ。
「……グローイヤか?」
食事も程々に進み、酒もそれなりに入って来たころ、俺の視界に見た事のある人物が……いや、一団が飛び込んで来た。
別に特別派手な格好ではなく、目立つ様な動きをしていた訳じゃあ無い。
時間的に最高潮な賑わいを見せているこの酒場で、彼女に気付いたのは本当に偶然だったかも知れない。
「あ……あんたは……アレクか!?」
俺の呟き同然な言葉を耳聡く聞きつけたのか、グローイヤもすぐにこちらに気が付いたみたいだ。
当然の事ながら、彼女は1人でうろついていたって訳じゃあ無く。
「ほう……。お主たちもここの宿を取っていたとはな」
「へっへへ! アレク! また会えて嬉しいぜぇ」
シラヌスとヨウ・ムージも同行していたんだ。
……いや、もう1人。
俺の知らない女性が最後尾に付いて来ていた。
その女性は、驚くほどに白い……というか、灰色の髪をしていた。
パッと見た限りでは老女かと勘違いしてしまう様な、そんな色をした長い髪をしていたんだ。
でも、明らかに老人ではない。
何故ならばその顔立ちは綺麗と言って差し障りないほどに整っていて、皺どころかシミ1つ付いていない。
……いや、目の下にある泣きボクロが、また色っぽさを醸し出していると言うのだろうか。
白髪を思わせる灰髪もよく見ると美しい艶があり、光の加減で銀色に透けて見えるほどに綺麗だった。
でも、年齢は不詳だ。幼いようでもあり、それでいて俺たちよりも年上に見えなくもない。
漆黒のローブに身を包んでるって事は、彼女は魔法使い系……か?
俺の視線に気付いたのか、彼女は小さく口の端を上げてその澄んだ緑色の瞳で覗き込むように見返してくる。
俺はそれに、思わずゾッとしてしまっていた……んだが。
「あ……あんた達っ! 何でここにっ!?」
椅子から立ち上がったマリーシェが、今にも飛び掛からん勢いでグローイヤに食って掛かった!
多分そうはならなかったろうけど、隣でサリシュが彼女の腕を握っている。
カミーラやバーバラ、セリルは動きださなかったけど、警戒心は最高潮に働かせていた。
……んだけど。
「あんた等もここにいるって事は、もしかして侯爵の作戦に参加するのかい?」
俺たち全員の視線を受けて、グローイヤは意外と言って良い台詞を口にしたんだ。
再会……というには、これほど嬉しくない再会もあり得ないだろう!
まさかこんな場所で、因縁浅からぬこいつらと鉢合わせるなんてな!
……でも。




