闇の戦法
俺の苦言を受けて、オネット男爵は苦悶の表情を浮かべていた。
話の内容には納得出来ても、それをおいそれとは受け入れられないんだろうなぁ……。
俺は根気よく説得に当たる事になった。
俺の提言とその内容はオネット男爵も理解し、マリーシェたちも納得するものだった。
でも、特に男爵はまだ完全に承認……とまではいっていないみたいだ。
そりゃあ、そうだろうなぁ……。
俺の提案をそのまま受け入れれば、このクエストが大成功の内に完了した暁には主である伯爵が批難を受ける事は請け合いなんだからな。
そしてそれはそのまま、オネット男爵の引責問題となるだろう。伯爵がそれを求めなくても、男爵の方で責任を取るかも知れないな。
だが、彼もそれだけは避けたい処だろう。
「それならば、アレクよ。そなたは我らに、どうすれば良いと考えているのだ?」
俺が余りにも正論で男爵の案を否定する話ばかりするんで、彼は苛立ちを募らせて俺に詰問して来た。
もっともそれは怒っているのではなく、八方ふさがりで打開案が思い浮かばないって言う腹立たしさが含まれているんだろう。
彼は頭をガリガリと掻いて俯き、唸り声を上げていた。
「はい……。侯爵には我らは後詰を申し出れば良いかと。それと同時に、周辺施設の制圧も提案すれば、恐らくは採用されるでしょう」
「何!? 後詰だと!? それでは、全く手柄を立てる事が難しいではないか!?」
俺の余りにも消極的な案に、オネット男爵は声を裏返して驚きを露わとしていた。
さっきこの作戦は大失敗するだろうと前置きをしていたのに、男爵はまだ勝つ気で……手柄を立てる気でいる。
もっともそれは伯爵の為であり私利私欲でない所は好感が持てるんだが。
それでもその事に必死になって、大局が見えていない所は猪突猛進の指揮官と大して変わらないな。
「今回に限って言えば、手柄は考えず生き残る事を第一に考えるべきかと。侯爵の作戦通りに動くのならば、恐らくはまともな戦いとはならないでしょうから」
俺が男爵にそう答えると、彼は俺を射る様な目で見つめていた。
その視線には、俺の言っている事には分からないでもないが、それでもそんな事は出来ないと言う相反する感情が見え隠れしていて、その捌け口を俺にしているだけって感じだな。
「ふぅ―――ん。……って事は、その侯爵の作戦通りに動かなかったら、少しはまともに渡り合えるって事?」
「まったく……。アレクはいっつも、難しい物言いをするんやもんなぁ」
「ふふふ……。まぁ、それもいつもの事だ」
「……さすがは……アレクね」
そんな剣呑な空気の中でマリーシェがまず口を開き、それにサリシュ、カミーラ、バーバラが続いて発言した。
流石は短くない時間を共に行動して来た仲間たちだ。俺の事を良く知っているな。
そして、俺の発した言葉の中にちゃんと聞くべき点を見つけている。
「……え!? そうなの!?」
もっとも、セリルの様に全く俺の事を分かっていない奴もいるんだが。
……セリルよ。もう少し、俺の事を理解する努力をしてくれよなぁ……。
「ど……どう言う事だ!?」
当然のことながら、オネット男爵もまだ気づいていない。
とは言え、俺はここで含みを持たせた言葉でオネット男爵を焦らして喜ぶなんて事をするつもりもない。
「男爵、よく考えて下さい。まず攻略先はどこですか?」
「そ……それはさっきも言ったように『闇の街トゥリトス』だが……」
「そうです。目的地が『街』と言う事は、恐らくは女神像の効果によりその内側ではレベルの恩恵を受ける事が出来ません」
「あ……」
俺の質問に答えた男爵だが、俺が更に説明を加える事で絶句を余儀なくされていた。
勝手に悪と断じている「闇ギルド」とそれが居を構える「トゥリトスの街」だが、街と銘打っている以上その周辺に女神像が配置されレベルが抑制されている可能性は考えるべきだ。
そして俺ならば、間違いなくその様に手配するだろう。
「で……でもアレク? 女神さまがそんな『闇の街』やら『闇ギルド』に加護を与えるの?」
「……いや、マリーシェ。女神様の加護は人に与えられるのであって、善悪の区別はなされていないと思うぞ」
どうにも勘違いしているマリーシェへ、カミーラが優しく……それでいて力の籠った声で訂正した。
……まぁ、それもそうだろうなぁ。
彼女は家族同然であった従者アヤメを、その悪人に依り拉致され暴行されているのだ。
そしてその暴漢共も、確かにレベルの恩恵は受けていた。
だとすれば例えその街が悪人の巣窟であっても、女神像を設置さえすればその恩恵はその街へと与えられるだろう。
「でも、何でわざわざ女神像を設置してレベルの恩恵を無効化するんやぁ? そんなん、自分たちが困るんちゃうん? 今回みたいに襲われたら……」
「……それにも……何か思惑があると?」
そして、サリシュがもっともな疑問を口にし、それにバーバラが追従し考え込んでいた。
……そうだ。俺の考えが正しければ、恐らくは女神像を逆手に取った防衛手段が可能だろう。
……ただし、それはある意味で玉砕戦法となる訳だけどな。
「簡単な話だ。レベルやジョブに依る能力の恩恵がなければ、残されるのは自身の身に付けた筋力体力技能だけだからな。『闇のギルド』に多く所属している盗賊や暗殺者が俄然有利になるだろう」
「……ああ、なるほどなぁ」
俺がかみ砕いて説明すると、そこで漸くセリルが納得顔で相槌を打ってきた。
まぁ、流石にこの考えは一介の冒険者では思いつかないか。
ましてや俺たちは、まだまだ経験の浅い少年少女だからなぁ。
「それに攻め込んできた輩……この場合は俺たちとなるんだが、当然こちらも一般人、一般兵並みの力しか出せない。俺が闇ギルド側の人間なら、街中に凶暴な魔獣や野獣を配置しておき、十分に引き付けてそれらを放つなんて手段もとるぞ」
「……そうか! 弱くなっているとはいえ、魔獣や野獣に一般人は勝つのが難しい。そうなれば、我らはあっという間に蹂躙されてしまうだろう! だが……」
そこまで話して、オネット男爵にも合点がいったようだ。
彼の言葉に俺は大きく頷いて見せたのだが、それでも男爵にはまだ懸念があるみたいだった。
「……そうなれば、放った本人たちもただでは済むまい。……そんな自殺行為を、奴らは好んで取るのだろうか?」
男爵の懸念は、一般人ならばもっともなものだった。
ただしそれは、余りにも認識不足としか言いようがない。
物事に対して、知っているかそうでないかでは大きな隔たりがある。それこそ、生死に関わるほどに。
まだまだ人生経験の少ない俺たちならそれも仕方が無いんだが……まぁ、俺は例外だけどな。
オネット男爵程の大人がそんな考えでは、伯爵の身を護るのも危ういと言わざるを得ないなぁ。
「……男爵。奴らなら……そんな作戦でも何でも、外敵を退ける事が出来るならやりますよ。……恐らくね」
男爵たちやマリーシェたちは「闇ギルド」の事を知らないだろうけど、俺はその存在と手口を十分に知っている。
あいつらなら、仲間諸共街諸共……味方の損害なんて関係なく敵を排除するだろうな。
「もしも……もしもお前の言う通り、周囲に女神像が配置されていて街中に魔獣や野獣が解き放たれれば、こちらは苦戦を免れんだろう……。魔獣どもに気を取られていては、音もなく背後に回られた奴らに殺されるのを待つだけだからな」
俺の言い方が余程迫真だったのか、それとも俺の言った可能性を現実的に捉えてくれたのか。
男爵は俺の提案を前向きに受け止め考えてくれている。
「……それで、アレク? それに対してあんたはどう考えてるのよ?」
そして俺に向けて、マリーシェは話を先へ進める様に促してきた。
どうやら彼女も……いや。
「どうせアレクの事やねんから、対応策も用意してるんやろぉ?」
「いや……それこそが、先の『後詰』に繋がるのではないか?」
「……でも……後詰じゃあ……逃げるには向いているが……」
「そうだなぁ……。手柄ってのには程遠いよな」
俺の仲間たちも同感のようだった。
ただカミーラの言う通り、この事は先の「後詰案」に繋がる訳だが、それがどう結びつくのかまでは分からないみたいだ。
……まぁ、そりゃそうか。
「これまで同様、ここからも俺の考えです。最終的な判断は男爵にお任せする訳ですが……」
俺はそう前置きをして、俺の考えた対応策を話す事にしたんだ。
結果としてどの様な作戦になっても、俺たちは参加するしかない。
そして俺は、俺の持つ道具の全てを使っても、こいつらを何とか守り抜きたいとは考えている。
それでも、出来ればこの具申が受け入れられるのを祈るだけだった……。
一先ずは、これで最低限の説明も終わった。
男爵が理知的であれば、こちらの手勢が全滅することは無いだろう。
でも、それだけで万事抜かりなく……なんて甘い話はない……よなぁ。




