作戦会議にて
気は重いが、俺たちは伯爵の依頼を引き受けた。
そして今後の打ち合わせをすべく、俺たちは別室で会議を開く事になったんだ。
伯爵にクエスト「闇の街トゥリトス殲滅作戦」の受諾を告げた俺たちは、そのまま別室に案内された。
言うまでもなくそれは、今後の作戦を打ち合わせる為だ。
このクエストに参加するのは、なにも俺たちのパーティだけじゃあない。
他の貴族のお抱えの戦士団や冒険者も参加するし何よりも。
「それでは、これより打ち合わせを始めようと思う。共に作戦に参加する同志として、何か気付いた事があれば忌憚なく言って欲しい」
この場を取り仕切る親衛騎士団長オネット男爵が、俺たちを見まわしてそう告げた。
今回のクエストには、この伯爵お抱え親衛騎士団も参加するんだ。
依頼主直属の戦闘部隊なんだから、作戦を主導してもなんらおかしい話じゃあない。
それに俺たちは全員まだまだ子供で、経験も不足している。……俺を除いてな。
だからこういった経験豊富な大人が指揮してくれるのは、本当のところは有難い話なんだ。
「今回は、王の勅許である。故に、この依頼を断る事など不可能であると同時に、失敗も許されない。皆、肝に銘じておいてくれ」
普段から少しお堅い部分のある男爵だが、今回は特に堅っ苦しい。
もしかしたら、彼も緊張しているのかも知れないなぁ……。
それもそうだろう。
この作戦は、何も「闇の街トゥリトス」とそこにある「闇ギルド」を全滅させるだけの話じゃあない。
如何に手柄を立てるか。
そんな下らない思惑も働いてるんだからな。
王の命令ともなれば、その結果は王様の心象にも影響する……んだろう。
もしも男爵が大きな手柄を立てれば、それはそのまま伯爵の王に対する印象にも関わってくる。
逆にもし彼が大失敗を犯そうものなら、伯爵の知名は地に落ち、今後日の目を見る事が出来なくなるかも知れないんだからな。
これは冗談でも何でもなく、本当にあり得る事なんだ。
そんな下らない事に命を賭けさせられる俺たちも迷惑な話だが、こればっかりは俺たちも拒否出来ないし、適当にお茶を濁して終わると言う訳にもいかない。
ただ……今回の依頼はそうも言ってられないってのもあるんだよなぁ……。
男爵を始めとして、伯爵やその上の貴族たちがどれほど「闇の街」と「闇ギルド」の恐ろしさを把握しているのかは分からない。
ただハッキリと言えるのは、この作戦で最も重要なのは……生き残る事だ。
多分このクエストでは、それが一番難しいかも知れない。
出来るだけ活躍しつつ、なるべく危険を冒さない。
こんな相反する命題を突き付けられていると言う事を、果たしてこの場にいるみんなが意識しているのかどうか……。
いや、多分誰もその事に気付いていないだろう。
「この作戦の目的は至って簡単だ。闇の街と恐れられてきたトゥリトス……これを『闇ギルド』と共に滅ぼす。故に各貴族合同で兵を出し、圧倒的な大兵力で全てを焼き払う。ただそれだけだ」
オネット男爵の説明に、マリーシェたちは真剣な表情で頷いている。
同席している親衛騎士団のメンバーには、気合を入れる様な仕草を取る者さえいた。
でも男爵を始めとして、やっぱり誰もこの作戦の難しさを分かっちゃあいなかったな。
大兵力と気合だけでどうにかなる話じゃあ無いんだが。
「……街を殲滅って話だけどさ。その街には、一般民はいないの?」
マリーシェが、オネット男爵にもっともな質問をした。
街を一つ根絶やしにすると言う事は、そこに住む一般人をも巻き込むって話になる訳だが。
「彼の街は昔から『闇の街』と言われ恐れられてきた所だ。そんな場所に、“善良な民”など住んでいないと考えられる」
男爵はマリーシェの問いに、見事な模範解答を返した。
それにはマリーシェも頷き納得していた訳だが。
……そんな訳がない。
どんな街にも悪人が住んでいる様に、闇の街と恐れられている場所にだって一般人は住んでいる。
そこに居を構えている者が悪なのではなく、罪を犯した人物や組織が悪なんだ。
でも王から発せられたクエストだと言う事、そして滅多に経験しないだろう大掛かりな作戦を前に、みんなして冷静さを欠いている。
あのサリシュやカミーラ、バーバラでさえ今のやり取りに疑問を抱いていないんだからな。
「それではここで作戦を立て、各部隊が一斉に街へ攻め入る……そういう事なのだろうか?」
既に街を攻める事に何の疑問も持っていないんだろう、カミーラが更に話を進める疑問を口にした。
「いや、この作戦は『エラドール侯爵』の主導で行われる。侯爵の部隊が先陣を切り、我らは侯爵の指示を仰いで行動する事となるだろう」
それに男爵は、間髪入れずに返答した。
その顔には、どこか苦々しいものが含まれている。
どうやら彼は、その侯爵様が気に入らないみたいだ。
……いや、嫌っているのは伯爵か? それとも侯爵に目の敵にされているとかだろうか?
なんにしても問題のもう一つが浮き彫りになった訳だ。
それはつまり……権力争い。
今夜にでも調べてみるつもりだが、もしかすると伯爵の名声はそれなりに高まっているのかも知れない。
俺の教えた薬草の用法……流石に「調剤」までは教えてはいないが、それでもこれまで患部に貼ると言う使い方しかしてこなかった薬草の使い道に、煮詰めてエキスを抽出したり砕いて服用すると言った方法は、少なからず伯爵の名を広めるのに役立っただろう。
それに従者であるエリンの為に療養所を設立し運用するなどの行動は、貴族を毛嫌いしている街の人々の関心を買ったに違いないからな。
伯爵本人にその気がなくとも、侯爵が気にするのは容易に想像つくってもんだ。
「合同作戦ってのは初めてやなぁ……。上手くいくんやろか?」
「なぁに! 新しく技を身に付けた俺が活躍してやるから、サリシュちゃんは大船に乗ったつもりでいなよ!」
「……穴が開いてなければ……良いんだがな」
不安を口にするサリシュにセリルが大見得を切り、それにバーバラがすぐさまツッコミを入れていた。
然して気負う姿を見せない面々からは、どこか楽観している様子が伺えるんだが……こりゃあ、とんでもない話だ。
まず、侯爵が主導で行うと言う事は、このクエストの出どころは恐らく「エラドール侯爵」だろう。
覇権争いとなると、確たる作戦や思惑もなしにただ突撃すると言うケースも考えられる。
勲功争いに巻き込まれるってのは、一番避けなきゃならない事だな。
そして男爵は安易に考えているみたいだが、街の攻略と言うのは中々に骨が折れる話でもある。
完全に壁で覆われた城塞都市ならそれも不可能じゃあないが、普通なら四方に逃げる事が出来るんだからな。
そこを殲滅目的で攻めるってのは、実は無謀だともいえる。
「……どうしたの、アレク? 何だか、難しい顔してるわよ?」
考え込む俺に気付いたマリーシェが声を掛けて来てくれたんだが、まだ考えが纏まっていない。俺はそのまま、更に思案を募らせた。
街の攻略……となると、忘れてはならないのが「レベルの恩恵が受けられない」と言う事だ。
通常なら街を取り囲むように女神像が置いてあり、その内側では高レベルの者でさえただの一般人と同程度になり下がっちまう。
勿論戦いの場に身を置いていた経験や技量はそのまま有用だろうけど、レベル差による強さの恩恵は受けることが出来ない。
これは……かなり由々しき問題だ。
「ちょっと、アレクゥ? 聞いてるん?」
「……何だよ、アレク? そんな難しそうな顔をして、俺たちを脅かそうってのかよ?」
俺の異変に気付いたサリシュとセリルも、何処か茶化すように声を掛けて来た。
余りにも厄介極まりないこのクエストに、俺の眉間に皺が寄っていても仕方がない……か。
さっきも思った事だけど、街の攻略ってのは逃げ道が方々にあって難しい。
少し考えれば、そんな事はすぐに分かる筈なんだけどな。
そして、レベルの恩恵が受けられない。
そうなると、逃走する一般人を少し鍛えた者たちが追うと言う形になる。
余程周到な準備がなされていないと、すぐに逃げられちまうだろう。
「……それで? ……いつそのクエストは始まるのだ?」
みんなが俺の事を揶揄う中、バーバラは話を先に進める様に男爵へと質問した。
今は仲間内だけではないからな。恐らく彼女は場を引き締めに掛かったんだろう。
「そうだな……。これより3日の後にこの街を発し、アルサーニの街で全部隊が合流の後に順次進発。攻略は……およそ1週間後になるか」
バーバラの問い掛けに、少し考えた男爵はそう答えたんだが……。
ここにも、事態を深刻に考えない問題が見えていたんだ。
オネット男爵を始めとして、誰一人として事の深刻さを分かっちゃいない。
……まぁそれも仕方が無いんだけどな。
だから俺は、大きく溜息をもらす事しかできなかったんだ……。




