欲望の探究者
寸での所で俺たちは、アルケミアによって謎の液体がエリンに投与されるのを阻止した。
と言っても、それはたまたま無害だったようなんだが。
そんなアルケミアは、さっきの騒動などもう忘れているみたいだな。
とにかく、アルケミア=ハイレンの奇行は寸での所で阻止された。
結果として無害だったんだろうが、それでもエリンに謎の試薬を飲ませずに済んだのは幸いだったな。
……まぁ、いずれはあれもエリンの口に入るんだろうけど。
「それでそれで!? 今度はどこへ行ってきたんスかぁ!?」
あんな騒動があった後だってのに、アルケミア=ハイレンは一切気にした様子がなく、丸テーブルに着いた俺たちに身を乗り出して先を促している。
その半眼に隠れた瞳はキラキラと輝き、心からワクワクとしている事が誰でも分かるほどだ。
「本当にぃ、アルはぁ、外の世界に興味が尽きませんのねぇ」
そんなアルを見て、シャルルーは呆れたようなセリフを口にしている。
と言ってもそれは言葉だけの事であり、彼女の眼はどこか微笑ましくアルを見つめていた。
恐らくだけど、多分シャルルーはアルに共感してるんだろうなぁ。
「そりゃあ、そうっスよ! 外の世界には、まだまだボクの知らない事が山ほどあるんス! それらを知らないうちは、死んでも死にきれないっスよ!」
鼻息も荒く、アルはシャルルーへと答えていた。
世俗に疎い錬金術師たちに、貴族への敬意や接し方なんて求めるだけ無駄だ。
だからシャルルーも、そんなアルの話しぶりに気分を害している様子はない。
……まぁ、粗暴なのは俺たち冒険者も大差ないか。
それから俺たちは、今回の旅であったトラブルやらアクシデントなどを交えて話して聞かせたんだ。
基本的にクレーメンス伯やシャルルーには、エリンの回復方法を主として伝えている。所謂経過報告だな。
その過程で起きた事なんかも、その流れから話さなければならない。
そしてどちらかと言えば、シャルルーやエリシャ、アルケミアにはこちらの方が刺激的で興味の退く事のようだった。
……まぁ、あまり進展していない話にそれほど長い間関心は向かないよな
「へぇ―――……。そのような事がぁ……」
「だ……大丈夫だったんですか!?」
だから俺たちがリーチシェルを倒した下りや、セリルのデルゥビジョと戦った話を、それは楽しそうに聞いてくれていた。
一通り話を終えると、興奮しっぱなしだったアルも漸く落ち着いたのか深く椅子に座りなおし。
「ふぅ……。やっぱり、世界は未知で溢れてるんスねぇ……」
そして、感慨深くそう呟いたんだ。
彼女は以前から、狭い村での生活に嫌気が差していたんだそうだ。
……いや、本人はそう言ってたけど、実は外の世界への憧れが抑えきれなかったってのが正しいんだろうな。
アルがここへ来たのは、半分がその理由あってのものだった。
村の纏め役もその事を知っていて、彼女を推薦したんだろう。
勿論アルの知識は折り紙付きで、後は様々な経験を積む事なんだろうけどな。
「アレクさん、あの話……忘れてないっスよね?」
未知の世界へ想いを馳せる事に満足したのか、アルケミアは急に真顔となって俺に問い掛けて来た。
その眼は真剣で、いつものどこかふざけている彼女の表情じゃあない。
「ああ、覚えてるよ。でもそれは、無事にエリンが目覚めてからの話だし、その為にはアルケミア……」
「わぁかってるっスよ。このエリンちゃんを衰弱させる事なく、心身ともに健康を維持させろって事っスよね?」
俺が彼女に返答すると、アルは熱意の籠った表情となって頷き返してきた。
アルケミアとの約束、それは……いうまでもなく、俺たちの旅への同行だった。
この世界は力を持たない……戦闘の力が乏しい者には厳しい世界だ。
レベルの恩恵がない者では、護衛が無くてはおちおち出歩く事さえ難しいんだ。
……まぁ、そのおかげでギルドには護衛の依頼が舞い込み、俺たちの糧になってくれているんだけどな。
でもそれだって、大抵が短距離短時間に限る。
もしも長期に亘り冒険者を雇い続ければ、そこに掛かる費用は途轍もないものになるだろう。
だからアルは、俺たちとの帯同を求めているんだ。
色んな所へ行き、様々なものを見聞きし、多くの経験を得る。
俺たちのパーティに入れば、それも格安で行えるかも知れないんだからな。
「もう……アルゥ? そんなにアレクたちと一緒に行きたいんならぁ、エリンで実験する様な事は止めてよねぇ」
確かにアルの希望はそれとして、今回の様にエリンに不可思議な物を服用させると言うのはどうかと思うぞ。
そんな事で、本当に俺との約束が果たされるのか不安しか湧いて来ない。
「大丈夫っスよ! ボクとしても、エリンちゃんには何としても生き延びて貰わないと困るっスからねぇ。毒は勿論、身体に悪い物なんて与えないっス!」
シャルルーの注意に、アルはどこから湧いて来たのか自信満々でそう答える。
……でも。
「……まぁ? それでも? ボクの内から湧き出る探求心は抑えられないっスけどねぇ」
親指と人差し指でL字を作りそれを顎に押し当てて、アルケミアは如何にも何かを企んでますって顔で笑みを作る。
……ったく、それじゃあどう控えめに見ても、悪だくみを思案している風にしか映らないぞ。
それが分かるアル以外の面々は、苦笑を浮かべたり溜息を吐いたり……。腕は良いんだけどなぁ……。
話題も一段落し。
それぞれが雑談に耽っていると、思わぬ人物がこの療養所へ訪れた。
「あらぁ? オネットじゃなぁい? 親衛隊長のあなたがぁ、何故ここへぇ?」
「歓談のところ失礼致します、お嬢様」
部屋へと入って来たのはシャルルーの言葉通り、クレーメンス伯爵の親衛騎士団長、シンケールス=オネット男爵だった。
シャルルーへ恭しく頭を下げ挨拶を済ませた彼は、何故か俺の方へと視線を向けて来た。
その表情には余裕がないように伺えた。
……何だか、嫌な予感しかしないんだけどなぁ。
「……アレク。それにその仲間たちに、伯爵様のご意向を申し伝える。伯爵は、そなた達を招来しておいでだ。すぐに邸宅へ赴くよう」
そんな考えが的中したのか、オネット男爵は普段とは違う硬い表情と改まった口調で、簡潔に用件だけを述べたんだ。
―――伯爵が……? 俺たちを直々に……?
大した事のない依頼や、冒険者ならば誰でも良いと言う話なら、それこそギルドへ依頼すれば済む話だ。
大至急だと言うなら、それをギルドへ申し伝えれば良い。
伯爵ほどの地位にある方の要望なら、ギルドだって無碍には出来ない筈だからな。
でも今回は、わざわざオネット男爵を使い走りにしてまで俺たちを呼び寄せようってんだ。これじゃあ、不安を掻き立てられない訳も無いだろう?
「まぁ……お父様がぁ、アレク達にぃ? 何か御用でしょうかぁ?」
「……さぁ?」
そしてその内容には、シャルルーとエリシャも心当たりがなさそうだ。
こうなれば、ますますキナ臭いとしか言いようがない。
「ふぅん……。私たち、今朝まで伯爵邸にいたのにね?」
「そやなぁ……。何かあったんやったら、そん時言えば良かったのになぁ?」
「ふむ……。言い忘れていただけ……とも考えられるぞ?」
「……そうね」
俺の考えに反して、女性陣にはなんら緊張感はない。どちらかと言えば、気楽に考えている節があるほどだ。
まぁ……それも仕方が無いか。
伝達者の態度とタイミングで依頼内容を推察する……なんて、まだまだ経験の浅い彼女達には不可能だよな。
……そして当然。
「なぁなぁ、アレク。伯爵の用事って何だろうなぁ? もしかして、また夜会の誘いかもなぁ」
こいつにも予測なんて不可能だよな。
セリルは鼻の下を伸ばして、何やら幸せな妄想に浸っている。
……まぁ確かに、そんな要件なら良いよなぁ。
俺の考え過ぎって事で済めば、それに越した事は無いしな。
「準備が整い次第、伯爵様の元へ参じるように。お嬢様も、アレクたちと共にお屋敷へお戻りください」
一切笑みを見せず無表情のまま告げるべき事を終えたオネット男爵は、軽く一礼をしてそのまま部屋を出て行った。
その行動も本当ならば異変を感じられるものだったんだけど、残念ながら誰一人それに気付いた者はいなかったんだ。
「……それじゃあ、早速伯爵様の元へ向かうか。シャルルー、エリシャ。……いいよな?」
親衛騎士団長が直々に訪れての呼び出しなんだ。ここでのんびりと時間を潰している訳にもいかない。
「はいぃ」
「アレクさん、帰りもよろしくお願いいたします」
俺の問い掛けに、2人とも即座に答えを返してきた。
それを聞いた俺たちもまた、出発の準備に取り掛かったんだ。
風雲急を告げる……とまではいかないんだろうけど、とにかく俺たちは再び伯爵邸へと戻ろ事になったんだ。
……無理難題が突き付けられなきゃいいけどなぁ。




