影と闇の逢着
とある地方、とある街中……。
周囲を暗闇が支配する闇夜に蠢く者達がいる。
これは、そんな闇人たちの会話……。
闇は一種ではなく、その濃淡で表される事が多い。……いや、その深さとでも言おうか。
濃く深い闇が払われたとて、闇の全てが払拭される訳ではない。僅かに晴れたとは言え、やはり闇はそこに存在し昏く蠢いているものだ。
光がある処、闇は必ず存在すると言う事でもある……。
アレクたちの奮闘によりトゥリトスの町にあった「闇ギルド」は崩壊した。「闇ギルド」はここ1つではなく、もっと大きな規模の場所も存在する事を考えれば、こんな辺境の支部が1つ壊滅しただけでは「闇ギルド」の勢力を削いだとは言い難いだろう。
しかしあの事件を皮切りとして、テルンシア城やジャスティアの街があるテルンシア地方を始めとして、数多の城や街のあるアイフェス大陸全土で「闇ギルド」の動きは沈静化していた。全く無かった訳ではないが大きなものは勿論の事、小さなものも目に見えて少なくなっていたのだった。
その真意のほどは定かではないにしても、「闇ギルド」が動きを弱める事で多くの者達は不幸に見舞われる事が無くなったのは確かであった。……多数の者達がその存在を知らなかったとしても……。
「……いつもながら鮮やかな手並みだなぁ。……シーカー」
影が蠢き、闇が囁きかけた。突然背後から声を掛けられて、影は僅かに驚いたような気の揺らぎを発したが態度には一切表さない。それだけで、この影……シーカーがかなりの手練れであると言う事が分かる。
「……〝密偵方〟のお前が、俺に何の用だ? ……ウルラ」
シーカーが闇……ウルラに話し掛けると同時、彼の足元に肉の詰まった麻袋が落ちる様な音がする。正確には袋ではなく成人男性の身体なのだが、それまでは血の詰まった肉袋と言う事を考えればそう違いは無いかも知れない。
「いやぁ、特にお前に用事なんかないぜ? たまたま近くを通りがかったらお前が仕事をしていたのが見えたんでな。終わったと思ったんで声を掛けただけだ」
シーカーに答えながら、彼の臀部より伸びた細い尻尾がユラユラと揺れ、彼の頭部より生えている三角形の耳がピコピコと動きを見せた。ウルラはこの大陸では非常に珍しい猫科の獣人だったのだ。
「……ぬかせ。貴様ほどの腕を持つ者が偶然こんな場所に出くわすものか。何か話が合っての事だろう?」
たった今仕事を終えたばかりのシーカーだが、さして疲れた様子も見せずにウルラへと返答した。その答えが期待したもの通りだったのか、彼の尻尾は更に楽し気な動きを見せる。
「まぁ、分かるわなぁ……。実は、今度テルンシア城で王位継承の重大発表がされるらしい」
シーカーの言う通り、恐らくウルラは話をしたくて仕方が無かったのだろう。シーカーが先を促すと、彼は勿体ぶる事なく話し出した。
ただその話題自体、シーカーの興味を引くものでは無かったか。やや興奮している嫌いのあるウルラに対して、シーカーの表情に変化はない。
「大方〝第一王子〟の放蕩が呆れられて、〝第二王子〟か〝第一王女〟辺りの継承権が格上げされるってものなんじゃないのか?」
平穏王として名高い現国王である「インベラトル=デア=セルマーニ=ヘイナードⅢ世」だが、それも言い換えれば何もしない事なかれ主義な君主とも言える。
それを表しているかのように、その王子王女たちは好き勝手に振る舞い父王はそれを咎めないのだから、振り回される周囲の者は良い面の皮だろう。そしてその話は市井にも流れてきており、今では王の無能と息子娘の横暴は国民たちの良く知る処であった。
「はっ。そんな下らない話に興味なんてあるかよ。……ただ、王位継承権で変化があるのは確かかもなぁ」
お道化た仕草でシーカーの発言を否定したウルラだが、その話題の続きには興味があるのだろう。彼の尻尾は先ほどよりもより楽しそうに、そして激しい動きを見せ始めていた。
「……実はな。来年の新年祝賀の席で、あの国王から重大発表がなされるって事だ。多くの者はお前の言った通り、3人の子供たちが持つ王位継承権の変動でも言い渡すんじゃないかって話なんだけどな」
余程話したい内容なのだろうか。シーカーが先を促すような仕草を取らずとも、ウルラは勝手に話を続け出した。シーカーは変わらず、その様子をただ伺い耳を傾けているだけだ。
「どうやら……その王位継承権に新たな人物が加わるらしい」
もっとも、流石にそこまで内容を聞けば、如何にシーカーと言えども気にせざるを得ない。
「しかも……だ。何とその継承権は4位に任命されるらしい」
そしてこの発言を聞けば、興味を抱くなと言う方が無理な話だろう。
王位継承者は、2人の王子と1人の王女以外にも複数いる。実際には15人の王位継承権を持つ者がおり、毎年その順位を入れ替えていた。
と言っても上位の3人……王の実子の順位は不動で、入れ替えがあったとしてもこの3人の中で行われるものと、4位から15位までで変動するものが常であった。
殆ど動きが無いと言っても良いこの王位継承権に新たな人物が、しかもそれまでいた者達を押しのけて4位と言う場所に飛び込んでくるのだ。これには、なにか意図があっての事だと思わない方がおかしいだろう。
「つまり……王はその者を次期国王へと押す可能性が高い……と?」
ウルラの話を聞けば、シーカーでなくともその結論に到達するだろう。
だが、これまで誰も上位3人の牙城を崩すことが出来ずにいた。その事を勘案すると、4位と言うのもまた微妙な位置でもある。
「その可能性は高いかもな。幾ら何事にも興味を示さない国王でも、流石に国の舵取りには慎重になったっておかしくない。冷静な判断が下せるなら、今の王子王女に任せるなんてのは無謀だって気付くからな」
シーカーの話を肯定するウルラの言を是とすれば、確かに今の子供たちでは国を任せるには至らない。急速に滅びを促進させるか、はたまた謀反を誘発させてしまうか……。
いくら傍若無人に振る舞っていると言っても、所詮は王の目の届く範囲で行われている事。現国王が健在ならば、最悪の事態と言うものは幾らでも回避できるだろう。
しかしその国王が退いたならば、王位を継承した息子たちの暴挙を止める者などいない事になる。それはすなわち、反感を一気に成長させる事でもあるのだから。
ただ、それだけならば噂話の延長でしかない。国の長が誰にすげ変わろうとも、基本的な生活に変化は起きないと言うのは万人が理解している事でもある。
「……なるほど。……暗殺の依頼が舞い込んで来るかも知れないって話か」
「ふん……察しが良いな。まぁ、目の上のたん瘤を何とかしたいってのは誰でも考える事だからな」
市民には関係がなくとも、王位継承権に執着している者やその恩恵を授かっている者達にとっては大問題でもある。順位が1つ上下するだけでその利権の変動は相当なものとなる以上、決して看過できる問題ではない。
そうなれば、新たに王位継承権に加わる者は邪魔でしかない。特に、下位の者ならばなおさらである。
「そういう話は、まずは『闇ギルド』に話が行くもんじゃないのか?」
裏の仕事の大半は「闇ギルド」がほぼ請け負っている。同じく裏の仕事を請け負う者ならば、そんな事は周知の事実だ。
しかも、相手は王位継承権を有するほどの大物なのだ。確実を期すためにも、より有力な組織へ話を持って行くのは当然の事だった。
「まぁそうなんだろうがな。おかしな事に、今は『闇ギルド』の活動が静まってるって話なんだよ」
「……だからこちらに話が来るかも知れないって事か」
シーカーは「闇ギルド」の動きが沈静化している事については言及しなかった。〝諜報ギルド〟の表の顔である〝密偵方〟でもやり手のウルラが「おかしな事」と前置きをしたのだ。追及しても理由は出て来ないと察した結果だった。
「ああ、そうだな。〝隠密方〟でも実力のあるお前にその話が行く可能性は高いと思うぜ」
世には数知れず多くのギルドがあり、そのギルドには表と……裏の顔がある。〝調理ギルド〟ならば隠れた名店の紹介であったり〝彫金ギルド〟などは公に流通出来ない物を扱ったりしている。そして〝諜報ギルド〟の裏の顔とは……暗殺である。
表の顔で合法的に情報を仕入れている〝諜報ギルド〟も、裏では非合法な活動をしており、その過程でどうしても暗闘になる事もあるのだ。そして、それを行っているのがシーカーの所属している〝隠密方〟であった。
「……そうか」
それを聞いたシーカーは、短くそれだけを答えたのだった。
彼にとって、与えられた仕事の善悪などに興味は無い。たった1つの事以外、シーカーが興味を示すと言うことは無いのだ。
「ああ、それからな。お前が知りたがってたあの件だが……」
そして、その興味を惹かれる話題をウルラが口にした途端に、シーカーの顔にはこれまでにない表情が浮かび上がった。ウルラはその変化を面白そうに眺めながら、新たに仕入れたであろう情報を彼に話して聞かせた。
「……そうか。引き続き……頼めるか?」
「ああ、良いぜぇ。でも、高いけどな」
「ああ……幾ら掛かっても構わない」
シーカーはウルラの齎す情報について、金に糸目をつける気など全くなかった。やり手であるウルラに動いて貰うとなるとどれだけ費用が掛かるか知れたものでは無いが、彼はその事を気に掛けている様子など無かったのだ。
ただ面白い事に、ウルラはこれまでにシーカーへ代金の請求をしたことが無い。何か思惑でもあるのは確かだが、それを知る術はシーカーにも無かった。
そうして話を終えた影と闇は、夜の黒に溶け込みその場から消え失せたのだった。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
また「嵌められ勇者のRedo Life Ⅳ(仮)」にてお会いしましょう。