彼の存在
霊の謎空間に飛ばされてフィーナと対峙した俺は、彼女と会談を行っていた。
……って言うより、随分と雲行きが怪しくなってきたな。
これは、何やら文句の一つでもありそうだなぁ。
フィーナの質問は、答えるまでもないほどに簡単であるようで、実は正解のない答えようのないものだと言って良かった。
『自分の命をどう考えているか』
この命題には、恐らくは誰もが同じ回答をするだろう。即ち。
―――この世で1つしかない、掛け替えのないもの。
この言葉に尽きるんじゃないだろうか?
誰にも代替え出来ないし、失ったら取り返しがつかない。それは自分の命も、他人のものだって同様だ。
自分しか持ち得ないもので、たった1つしかないものだからこそこの上なく切要であり失いべからざるものであると断言出来る。
そして、そんな事は如何に神であると言ってもフィーナだって知っている事だろう。実感していなくったって、知識として理解している事に間違いはない筈だ。
だからこそ、そんな当然の質問をして来た彼女に短絡的な返答は出来なかったんだ。
考えれば考える程に分からなくなる。どう答えるのが最適解なのか結論が出せない。
ウンウンと唸り出した俺へ向けて、さっきからの表情に憐れみさえ込めたフィーナが更に言葉を続けてくれた。
「確かに強敵と対して逃げる事を選択しなかったのは、その場その場に居た全員の判断かも知れないけど、でも実際はそうじゃないって事は……さっきも言ったよね?」
これまで幾度か強すぎる敵に遭遇しても戦いを選び、それを実行して来たのは……俺のせいだとフィーナは言っている。
確かに、状況が逃避を許さなかった事もあった。
それでも〝普通の〟駆け出し冒険者だったら尻込みして逃げ出すような敵が多かっただろう。もしくは、仲間を犠牲にしてでもその場から逃走を選んでいた事も少なくなかったんだからな。
「殆どの場合で、マリーシェちゃん達は……あんたの決断に引っ張られていたのよ。あんたの……存在にね。そしてそう思わせている根拠があんたの持つ高価なアイテムだったり知識な訳なんだけど……」
そうだ……フィーナの言う通りだ。
もしも俺が何のアイテムも持たず装備も並み以下で、知識も年相応のものだったとして……マリーシェ達はそれでも難敵との闘いに身を投じただろうか?
答えは……否だ。
冒険者は、生き残ってなんぼの職業だ。だからこそレベルとは別に階級付けが徹底されているし、そのランクに見合った仕事を選ぶようになっているんだからな。
「さっきも言ったけど、実はそれだけじゃないのよね」
そしてさっきの彼女の発言へと繋がる訳で、これこそがマリーシェ達を死地へと飛び込ませている問題であり、フィーナが苛立っている理由でもあるんだろう。
俺が口を挟まないと確信したのか、今度は勿体ぶる事も無く彼女は結論を語った。
「大問題なのは……あんたが自分の命に対して無頓着って事なのよ」
いともあっさりと……な。しかもこれ、結構大問題で軽くディスられてるぞ?
彼女の言葉の意外性と重要度で、俺はすぐに返答できずに惚けちまっていた。
俺としては、自分の命を蔑ろにした事なんてただの1度もない……つもりだ。
確かに死闘を演じて何度も死に掛けたってのはあるけど、それでも俺はその場で最も高い生存方法を選んできたはずだった。それはマリーシェ達の事もそうなんだが、何よりも俺自身だって含まれている。
しかしそれすらも、俺が自分の生命を軽んじているとフィーナには思われているんだ。
「あんたが彼女達に判断を問い掛ける時、あんたには恐怖心や切迫感がないのよ。……死を恐れていない、感じていないと言ってもいいかしら。だからマリーシェちゃん達は、その謎の自信に引っ張られる形で、無意識に危険へ飛び込む選択をしているの。……おわかり?」
そしてその理由が……これだった。
考えてみれば、確かに俺自身は強敵と対するに当たり自分の〝死〟と言うものを懸念した事は……少なかった。どちらかと言えばマリーシェ達の生存と意思を優先していた節があったと思う。
それが悲壮感を漂わせる事無く、無自覚な〝謎自信〟となっていたのか……。
しかし……だとすれば、何で俺はそれほど自分の生死に対して意識が希薄なんだ?
俺は深く思考に沈みこもうとしていたけど、その答えは自分で辿り着くんじゃなくて、やはりフィーナの口から語られる事になった。
「もう余り時間が無いから話を進めるけどね。多分あんたは死を恐れていないんじゃなくて……生に対して執着していないんじゃないかしら?」
彼女の憶測を聞いた途端に、俺は衝撃を受けて絶句していた。本当にそんな思考なのかどうかは断定出来ないけど、今の時点ではその理由が一番シックリしていたんだ。
「大体、さっきのあれは何? 何でわざわざ危険な高位の『勇者技』を使うのかなぁ? あんたの今のレベルと体力で、あれを使って無事でいられると思ってたの?」
そんな俺に対して、フィーナの言葉は説明を通り越してもはや説教へと変わっていた。弱り目に祟り目とは正にこの事を言うんだろうか。
しかもフィーナの奴、女神の圧と言うか何と言うか、反論を許さない威圧感をこちらへとぶつけてきやがる。これじゃあ、流石に俺でも何かを言い返すなんて出来ないぜ……。
ただ彼女の言を是とすれば、俺が無意識下で採ってきた行動にも納得出来るってもんだった。
「冷静に生き残る事を考えてたら、もっと違う技を選択していた筈よ。あんたの心情なんて知らないけど、これらの事を考えればあんたが自分の命を軽んじてるって言う風にしか取れないのよねぇ」
両手を腰に当て目を半眼にしてぎろりと睨むフィーナが、腰を折って前屈みとなり俺を下から睨めつけるようにしてきた。これはもう完全に絡まれているアレだ。
「……あんたがどう考えてるのかは興味ないけど、私との契約……って言うより約束はどうなるのよ? あんたを『未来担いし者』に任じた私の立場はどうなるか考えた事があるのかしら?」
俺の考えは俺だけのものであり、周囲への責任やら迷惑なんて気遣っちゃいない。無論、フィーナの事なんて慮っちゃいないけど何よりも……。
「大体そんな考えで戦いに向かい合うなんて、マリーシェちゃん達を裏切る行為になってるんじゃないかしら?」
全く彼女の言う通りだ。命を軽んじる……死んでもいいって考えてるような奴に引っ張られて戦いに臨むなんて、ある意味でマリーシェ達への背信行為と言っても過言じゃあ無い。
なんせ、マリーシェ達は少なくともそこで冒険が終わっても良いなんて考えている訳がないからな。
「……少し考えてみるよ」
ぐうの音も出ない俺は、フィーナへそう答えるので精一杯だった。そしてそれは、その場しのぎでも何でもなく、本当に真剣に、今後の俺の在り方を考えようと決心した言葉だった。
考えてみれば、如何に魔神族が相手で、如何に使えるかも知れないとは言っても「勇者技」を使用したのは浅慮だったとしか言いようがない。
あの場で想定外の事が立て続けに起こったとは言え、まだ他に助かる手段があったかも知れないんだからな。
深く考えもせずに、目の前の安易で危険な手段に手を染めたってのは大問題だ。
「ええ、そうして頂戴。何より私の計画の為には、あんたには出来るだけ長生きして貰わないといけないんだからね」
そしてフィーナは毎度の事ながらとでも言おうか、どうにも気になる一言を含ませてきた。本当ならばツッコミを入れたい処なんだけど、今の俺にはそんな心情には到底なれない。そして何よりも。
「……あら? どうやら時間みたいね。もう感じてると思うけど、あんたは死んだんじゃなくって危篤だったのよ。それをあんたの仲間たちが必死に治療と看病を施して、何とか一命は取り留めたみたいね。マリーシェちゃん達に確りとお礼を言っておくのよ」
俺の身体が淡く光り出し、その原因を彼女が詳細に説明してくれたんだ。
その言葉通り、光はどんどんとその輝度を増していき、そして俺の身体を完全に光へと溶け込ませちまったんだ。
反論のしようがないほどに言いくるめられて、俺はガッカリとしながら元の世界へと飛ばされた。
……って言うか、あれだけの負荷を体に与えた今の俺ってどうなってるんだ!?




