女神の嘆息
意識御失った俺が覚醒したのは……例の空間だった。
そしてその先には当然と言おうかやはりと言うべきか……フィーナが居た。
どうやら彼女はご機嫌斜めなようなんだが……。
3度目の異空間。そして目の前には、もう何度顔を合わせたかも覚えていない程の見知った顔……フェスティーナ=マテリアルクローン=プロトタイプMk8。
そのフィーナは、目を半眼にして不満を隠そうともしないで俺を見つめている。
「あんたねぇ……。ここに来るのは何回目だと思ってるワケ?」
そして早速、お説教モードの喋り口調が始まった。さっきまでの慈悲深く穏やかで気高い気品を感じられた口調や雰囲気は完全に鳴りを潜めちまってるな。
もっとも、俺としてはこっちのフィーナの方が話しやすくて助かるんだが。
「別に、来たくて来てる訳じゃあ無いんだけどな」
「当たり前よ。来たいからってホイホイと来られても困るんだから。お互いにとってね」
それでも、今日のフィーナの口調には普段より更に太く長い棘が含まれている。何が気分を害したのか、どうにも不機嫌を隠そうとしていない。……それにしても。
「お互いにとって……って、ここに人が送られてくるのは契約上仕方ないんじゃあ無いのか? やってきた人を相手にするのが、お前本来の仕事だろ?」
それでも俺は出来るだけ普段通りの会話を心掛け、彼女の台詞の端に気になった部分を拾い上げて切り返した。俺達の会話は化かし合い……とまではいかなくとも、常に腹の探り合いって感じだったからな。
「ふ・つ・う・の。い・っ・ぱ・ん・の人なら問題無いわよ。あんたが頻繁に来る事が問題だって言ってんのに気付けないの?」
それでも今回に至っては、それさえも彼女の機嫌を損なう要素らしい。フィーナは苛立ちを露わとして、声を荒げて反論して来たんだ。……本当に、こんな彼女は珍しい。
神であるフィーナにとって、一人間の生死など本当に興味のない事である筈だ。
ここへとやって来る人間は、ゴッデウス教団で「記録」を済ませている人間が命を落とした際に、記録しておいた場所からやり直すかどうかを問われる為だ。
そこには慈悲や悲哀と言った感情などなく、完全に契約に基づく処理が履行されるだけ……だった筈なんだ。少なくとも、最初に俺が訪れた際はそうだった。
1度目に訪れた時、俺は15年も前に偶々クエスト報酬で「記録」を行っていた事が幸いしてやり直す事が出来た。……奇跡的って言って良いと思うけど。
その時の「記録」は消失しちまってるんだけど、その後俺に付与されたスキルを誤ったフィーナが、そのスキルを返上する代わりに「記録」しておいてくれていた筈なんだ。もっとも、結局そのスキル「ファタリテート」は返上していないんだけどな。
そして今回、その時の「記録」のお陰で命を落としたにも関わらずこうやってやり直す権利が与えられたって話だな。
この手続きの流れに問題はなく、その事で俺が文句を言われる筋合いは無いんだけど、どうやら今回はそうも行かないらしい。
「ま……まぁ、頻繁に来るのは確かに問題かもしれないけどな。それでも冒険者をやってるんだから旅の途中で命を落とす危険に見舞われるのも仕方ないだろう? この『記録』自体、そういう場合に備えての救済措置なんだろうし」
今回のフィーナの剣幕は本物だ。いつものように軽口なんて叩いてたら、たちまち彼女に圧されて一方的な展開になり兼ねない。
だから俺は、とりあえず正論で応じる事にした。
俺の言っている事は、本当に一般論でありそれだけに通説だ。だからこそ、フィーナだってそう簡単には言い返せないって踏んでたんだけど。
「通常の冒険者がここに来たんなら、何にも言わないしちゃんと対応するわよ。〝今回〟〝あんたが〟ここに来たから文句を言ってるの! 何で分からないのかしら!」
どうやら、単にここへとやってきた事が腹立たしかったんじゃあないらしい。それは彼女の言葉で明確だった。
でもだからこそ、俺には余計に理由の見当がつかなくなっちまったんだ。
「た……確かに、今回はかなり無茶もしたけどそれは仕方が無いだろう? あそこで魔神族に遭遇するなんて思ってもみなかったし、3体もいたんだぜ? 俺達のレベルを考えれば、ああする以外に最善策なんて無かったんだからな」
些か言い訳がましいけど、これもやっぱり真実だ。
魔神族が出現した時点で、俺達には死に物狂いで戦う以外に選択肢は無かった。その結果、俺じゃなく他の誰かが命を落としても仕方が無かったかも知れない。
最終的には俺がここに来る羽目になっちまったけど、それこそ本当に結果論だ。
「……ふぅん、あれが最善策ねぇ。……あんた、本気でそう思ってるの?」
すると今度は途端に声音を落として、どこか冷たく刺す様な声色で俺へと質問を投げ掛けて来た。その声に連動しているかの如く、フィーナの表情も冷徹を帯びていた。
……あれ? 俺ってどこか間違ったか? 何か変なこと言ったっけ?
い……いや、おかしな事は口にしていない筈だぞ? 屁理屈でも無いし、逃げ口上でもない。
それでもフィーナの顔を見る限りでは、俺の発言は明らかに……間違っていると言われている。
「……あんた、完全に忘れてるようだけど。〝普通の〟駆け出し冒険者なら、あんな場面に出くわしたら〝普通〟逃げ出すわよ。間違っても戦おうとは思わないわね」
そう言われて、俺は息を呑んで一言も発する事が出来なかった。
確かに、あの場面で魔神族なんて明らかに自分より強そうな存在に遭遇したなら、一も二も無く撤退しただろう。自分達で手に負えないと判断したなら、戻って助けを呼ぶ方が〝普通〟だと言える。
いや、魔神族とは言わず、あの洞窟の入り口を護っていた竜頭亀を確認した時点でそうしていただろうな。
「だ……だけど、あそこで戦おうって選択したのは何も俺だけの意見じゃなかった筈だ。あの場に居たカミーラやシラヌス、ヨウにディディも同意の上で戦闘を決定したんだから、何も俺の選択が誤っていたってばかりは言えないだろう?」
少なくとも、俺は今までに誰にも自分の意見を強要した事は無い……筈だ。全員の意見が一致した時のみ行動を決定していた筈だし、戦いとなればみんな総力を挙げて立ち向かうのも当然の話だよな。
その結果として窮地に陥ったとしてもそれは全員の責任とも考えられるし、何も俺だけが悪いって話じゃないと思うんだけど。
「……あんたねぇ。その決定を甘いものにしているのは、あんたのこれまでの行動やら持っているアイテムのお陰だって思わないの?」
どうやらそうではなかったみたいだ。フィーナはそれでも俺の判断と行動を批判しているようだった。
確かに考えてみれば、俺がみんなに与えた装備やアイテムで実力以上の力を出せる様になり、それが錯覚を生み冷静な判断をさせていなかったかも知れない。それを考えれば、俺の判断はみんなの意思になり、知らずに俺が行動決定権を持っていたかも知れないな。
……なんて考えていたんだけど
「……でもまぁ、それは大した問題じゃないわ」
それもどうやら違っていたみたいだった。さっきまで雰囲気はどこへやら、彼女からはそれまでの凍り付く表情が消えていた。
「……へ? それが問題なんじゃないの?」
余りの急展開に、俺は何とも間抜けな声で問い返しちまっていた。ここまでの話の流れを見れば、本題に入っていたと思っていただけに肩透かしを食った印象だからこれは仕方がないな。
「ここまで話しても気付かない、あんたのその感性が問題なんだけどねぇ……」
そして入れ替わり、フィーナの顔は諦めと呆れが交じり合った面持ちとなり、再びわざとらしいくらいに大きな溜息を吐いたんだ。
流石にここまで露骨に態度で示されると、俺だって多少は苛立たしくなるってもんだ。
ただ残念ながら、フィーナの真意が分からない以上、感情に任せて反論するって事も出来ない。それが出来るような精神年齢じゃないからなぁ……。
「……どれだけ待ってもあんたは気付かなそうだから言ってあげるけど。……あんた、自分の命をどう考えてるのよ?」
勿体ぶったように間を置いて、ようやく口を開いたフィーナは俺へ向けてゆっくりと問い掛けて来たんだ。
俺が……自分の命をどう考えているかだって!?
そんな事は言うまでもない話なんだけど……。
何でフィーナはそんな事を聞くんだ?




