生命の光
怒れる魔神族が、周囲を無差別に攻撃する技を繰り出してきた!
これに対する技を持つかも知れないシラヌスやディディは……戦闘不能だ!
魔神魔法によって放たれた赤黒い魔力は、まるで血液を矢弾としたそれだ。周囲へと残像の尾を引き飛散し、まるで光線のように壁に、床に、天井に無数の穴を穿って行った。
それは、俺達の方向も例外じゃない!
そして、その攻撃を防ぐ手段もない。シラヌスは魔法を唱えられない状態だし、カミーラとヨウにはこの攻撃を防御する方法が無いんだからな。
唯一防げたかも知れない「聖女」であるディディは今や虫の息だ。
「無明……白閃豪!」
「な……何だ、この光はぁっ!?」
―――俺が居なかったらな。
きっかけはヨウの使った「龍気」だ。
本来ならば今のヨウには「闘気」しか使えない筈だった。少なくとも「龍気」を使うには、武闘家として後1つか2つは〝転職〟を行わなければならなかったろう。
でも奴は生来の資質とそれまでの修行で、自力で「龍気」を使えるようになったんだ。普通に考えれば、そんな理由で使えるようになれるなんて思いも依らないけどな。
実際ヨウの奴は、自分が「龍気」を使っているって意識は無かった。もしかするとヨウは、自分では「闘気」を使っているつもりだったのかもな。
でも結果として、奴は「龍気」を使えるようになっていた。そしてそれを見た時に、俺の中である考えが浮かび上がったんだ。
それは、
本来なら上位職にならなければ使えない技や魔法も、使い方を知っていれば使用可能なんじゃないか?
ってものだ。
以前の人生でも、そんな事は考えた事も無い。技や術には使用する条件があり、使う事の出来る職業が存在すると信じて疑ってもいなかった。
そのクラスに就いている最中ならば、それに適した技や魔法が使える。そしてその職業を修めた者は、別のクラスであってもその時の技や魔法が使えるってのが一般的な法則だったんだからな。
その事に疑問を覚える者は殆どいなかったろう。当時のシラヌスだって、そんな考えに至った事なんて無いだろうな。
使おうと思った者は居たかも知れない。もしかしたら、試した者だっていたかもな。でも、殆どは失敗しただろう。
なんせより上位の技や魔法を使うには、相応の準備と覚悟が必要となるんだから。
スキル「無明白閃豪」を発動させた俺の眼前に、まるで白く輝いている様な壁が出現して迫りくる魔神族の攻撃を全て防ぎ切った!
実際には壁と言うよりも、清浄な光の幕が二重に出現し、その空間に聖気の充満した断層を作り上げて〝魔〟に属するものを拒絶する防壁を作り上げたんだけどな。
だけど、強固な岩さえ易々と貫通する攻撃を小動もせずに受け止めたんだ。奴の驚愕も当然だろう。
「この……光は……!? 力が……!?」
それに……この光だ。
出現した防壁が発する光を受けて、明らかに魔神族は怯んでいるんだが……それもそうだろう。
この技は、強い聖光を発して〝魔〟に属するものを弱らせる効果があるからな。レベルの低い魔物なんかは、この光を受けただけで消滅しちまうだろう。
「グ……グブッ!」
し……しかし、やはり今の俺にこの技……「勇者技」は荷が勝ちすぎたか……。もう俺の生命力に限界が来ちまっている。
この1回の技だけで、俺は大量の出血を引き起こしてしまっていた。口から鼻から、耳から目からだけじゃなく、全身の毛穴からも血が滲み俺自身が赤く染まっちまっていた。
俺が今使っているのは、魔の者に特効のある技「勇者技」だ。その名の通りこの技は元来、勇者にしか使えない技でもある。
何故なら勇者が使う技の全てには「輝勇力」という特殊な生気が必要なんだ。これは魔力や気力、神聖力とはまるで違う、人が元来持ちながら誰もが容易に扱えない力だった。
魔力や気力、神聖力などは人の体力や精神力を糧としている。使い過ぎれば命に関わる事も少なくないけど大抵は死に至る事は無いし、何よりも後天的に増やす事が出来る。
でも……「輝勇力」は使用者の〝生命力〟を原動力としている。
生きる為の命は、基本的に生まれたその時から減り続け増える事は無い。寿命と言い換えても良いだろうか。
総量が決まっており減り続けているにも拘らず、人と言う存在を生かし行動させる。これほどの凄まじい動力を賄ってるんだから、これを攻撃や防御に転用すればその効果は推して知るべし……だよなぁ。
そしてその生命力と言うものに、〝魔〟の者は弱い。だからこそ、勇者の技は魔属性に効果が絶大なんだ。
そんな「輝勇力」は、だからこそ誰にでも使えるもんじゃない。そして、それを使うには相応の強靭な肉体や体力が必要となる。
今の俺は若く生命力は漲っていても、それを基にした「輝勇力」を扱える身体能力を備えていないんだ。
だからだろう、俺の作り出した「無明白閃豪」は前世のものよりも光がまだ弱い。それでも、目の前の魔神族程度には効果があったし、その攻撃も防いでくれたんだけどな。
「ふ……ふん。厄介な術を隠し持っていたようだが、持続させる事は困難な様だな」
俺が全身から血を噴き出すと同時に、目の前に展開されていた聖白の壁は消え失せた。それを見て、魔神族は安堵の声音で強がって見せる。
だけど残念ながら……その通りだ。今の俺じゃあ、出力の低い勇者の技をごく短時間だけ使うのも精一杯なんだからな。
しかし、既に俺は見切っていた。
奴には「勇者技」を使わなくても勝てるって事をな。
もはや奴の軽口に応じるだけの体力さえ貴重な俺は、言葉の代わりに行動を以て返事とする事にした。
「ぐはっ! な……何だと!?」
今の俺の動きを、さっきの勇者技「無明白閃豪」の光を浴びて弱体化した奴には負えないみたいだ。一気に接敵し奴の側面をすり抜けると同時に斬りつけた一連の流れを、奴は攻撃を受けた後に気付いたのだから。
そしてこうなれば、俺の一方的な攻撃の始まりだ。
「お……己ぇっ! こ……このっ!? う……おおっ!?」
奴の周囲を動き回る俺へ目蔵滅法に手足を動かし、何とか攻撃を当てようと必死となる魔神族の姿はまるで下手な操り人形のそれだ。奴なりに必死なんだろうが、必死であればあるほどに滑稽となる。
そんな姿を、俺も楽しむ事は勿論の事、長く観察している余裕なんて無い。もうほんの僅かな時間で、俺の方が動けなくなるかも知れないんだからな。
「こ……こいつっ!? ……ぎ……ぎゃあっ!?」
そして俺は、本格的にこの魔神族を仕留める事にした。まずは目障りな伸びる指を封じるために、右手首から斬り落として見せる。
「いつの間に……いぎゃっ!?」
いつ切られたかも分かっていない奴へと向けて、その傷を抑えようとする左手首をも切断した。これでやつは、あの技を使えないも同然だ。
ここまで来れば、後はその首を刎ね飛ばして終了……となる処で、俺は魔神族の異様な気配を察して大きく飛び退いた!
本当だったら防御をしている暇も奴の動向に探りを入れている時間さえ無いんだが、俺の勘が攻撃を躊躇わせたんだ。
「ふっふふ……。正解……正解だ。そして、俺の負けなのを認めよう……」
ユラリと幽鬼のように佇む奴からは、先ほどの魔神魔法を使った時の様な威圧感が感じられた。こう言った奴が最後に取る手段は……1つだ。
「だが、このまま朽ちる事を我らは許されていないっ! 脅威となる者は悉く屠り後顧の憂いを取り去るのもまた、我等先兵の務めっ!」
話しながら、奴のどす黒い気配は増大して行く。間違いなく奴は、自爆なりして俺達諸共巻き込もうって魂胆だな。
そしてこの魔神族の台詞が正しければ、今の奴には攻撃を加えても爆発するだろう。だからこそ俺は、一旦手出しするのを止めて退いた訳だけどな。
「……貴様らもここまでだ」
奴は最後となるであろう言葉を呟き、次の瞬間にはこの魔神族を覆っていた気勢が急激に膨張して行くのを感じたんだ!
魔神族の命を賭した攻撃だ!
このままだと、俺達は奴諸共に心中する事になっちまう!
何としても、奴の攻撃を止めるしかない!
……そう。なんとしてもな……。




