絶望を齎す存在
突然、セルヴィが背後から突き刺された! あれは……魔神族の指だ!
どうやら、まだ気配を消した魔神族が奥に隠れていたみたいだな。
俺の眼に、5本の硬質化した指がセルヴィの背中から突き刺さり前面にまで覗いているのが映った! 一見すればどれも致命傷には至らないけど、重傷なのには違いない。
「ガハッ!」
死には至らない傷だろうとも、幾つか臓器を掠っているのか貫通しているのか。セルヴィは次の瞬間には吐血していた!
俺の経験で言えば、あの傷ならすぐに命の危機には陥らない。とりあえずポーションでも掛けておけば、浜辺に戻るまで余裕で持つだろう。……あれ以上傷を負わなければだが。
「まさか、この辺りであいつ等を倒す者どもがいるとは思わなかったな」
完全に不意を突かれて動きを止めちまっている俺達に向けて、奥の影より滲むように新たな魔神族が歩み出て来た。
ここでまた、俺は自分の迂闊さを恥じる事になったんだ。
何で俺は、魔神族が2体しかいないと決めつけていた? 何故もっと注意深く可能性の範囲を広げなかったんだ!?
どうやら俺は、スキル「ファタリテート」を使って安全に探れる事で先入観が先走っていたみたいだ。
気配しか探れなければ、全くその存在を感じさせない敵を警戒していた筈なんだけど、なまじ見えるだけに視覚に頼ってしまった。見た方が確実ではあるけれど、それだけじゃあ巧妙に隠れている者までは見つける事が出来ない。……今回みたいにな。
「お……お前は!?」
完全に不意を突かれて、しかも手練れであったセルヴィを戦闘不能にされたんだ。状況は圧倒的に不利となっちまった。……いや、現状では勝機が見いだせない。
それでも、出来るだけ情報を集める必要がある。勝てるかどうかじゃあ無く、せめてここから全員で逃げ出せるように……な。
「大きな誤算ではあったが、この場で最も手練れと思しき輩は仕留めたのだ。それに、雑兵など幾らでも補充が利く事だしな」
俺の質問に答えたというよりも、どちらかと言えば一人語りに近いか? 兎も角奴は、俺を気にした風は無くそんな事を独り言ちていた。
でも、俺の方にはその台詞で幾つかの情報を得る事が出来た。俺達が必死で倒したのが奴らにとっては最下位の兵隊である事が1つ。
そして、その下級兵レベルの魔神族は殆ど無制限に生み出す事が可能の様だ。それが上位の魔神族が可能な技能なのか、それとも本土である東国「神那倭国」で封印されている異世界からやって来るのかは不明だけどな。
更には、この目の前の魔神族はその下級魔神族よりも上位種に当たるらしい。
異世界との通路が封印されている以上、本当に上位の魔神族はこちらの世界へやって来れないんだろうけど、下級魔神族の中にも強さによる階級はあるんだろう。少なくとも、目の前の奴は実際に俺達が相手をした魔神族より身のこなしも、そして言語能力も高いと見受けられる。
セルヴィの戦闘能力が無くなったと確信したんだろう、魔神族が自分の指を元の長さに戻し、支えを失った彼女の身体が地面に転がった。
幸いだったのは、魔神族はすぐにセルヴィの息の根を止めなかった事か。奴は動けないセルヴィよりも、まだ動く事が出来そうな俺やカミーラ達を警戒しているみたいだった。
「カミーラ、ヨウ! まだ動けるな!?」
目の動きなんて分からないけど、魔神族の視線は間違いなくシラヌス達を捕えていた。魔神族を実際に屠っている彼等を標的に定めたんだろうか。
そしてそれを察したシラヌスが、未だ疲労の色を隠しきれていないカミーラとヨウへ檄を飛ばした。このまま指を咥えていれば、魔神族によって蹂躙されるのは目に見えているからな。
声を発して立ち上がるシラヌスに続く様に、カミーラとヨウもゆっくりと立ち上がる。でもそれは俺の目から見ても、満身創痍の身体に鞭を打ってと言う表現がぴったりの動きでとてもまともに戦えそうにない。
「……しぃっ!」「……おおぉっ!」
それでも、カミーラとヨウは殆ど同時にその場より飛び出した! 体力が限界に達している今の状況では、相手の攻撃を受け流すのも耐える事も難しいと判断したんだろう。
「ぐはっ!」「ぐあぁっ! ……痛ってぇ」
でもその動きは先ほどと比べれば見る影もなく、魔神族の伸ばした硬質化された指によってアッサリと止められちまったんだ。カミーラは右肩、ヨウは右太腿に黒く伸びた硬指が突き刺さり貫通しちまっている。
この行動でも、奴の事が幾つか分かった。
奴の硬質化した指での攻撃は、恐らくはさっきまでいた魔神族共よりも遥かに速かった。それはつまり、奴の能力がより高い者だと言う裏付けになった訳だ。
そして、その攻撃箇所にも注目だ。
カミーラは右利きで、刀と言う特性上右腕が使えなければ攻撃は大きく半減する。奴の指が貫いた場所は正しくカミーラにとって生命線であり、少なくとももう彼女は先ほどまでの様に武器は振るえないだろう。
そしてヨウもまた右利きであり、右太腿をやられちまっちゃあ動きに大きく支障を来すのは当然だ。またあいつの攻撃は下半身に在り、やっぱり足をやられちゃあ強烈な打撃は勿論、蹴撃も出来ないだろうな。
「……くっ! 闇に蠢け、夜の眷属た……がはっ!」
そして更に、奴の冷徹で狡猾な姿を垣間見る事になったんだ。
カミーラとヨウがアッサリと止められ、焦ったシラヌスがすぐに魔法の詠唱に入ったんだけど、それを見て取ったこの魔神族は慌てる事無く再び硬くした指をシラヌスへ向けた。
そしてその攻撃は、見事に彼の下腹に直撃し貫通したんだ。
もしも慌てて阻止しようと頭部なんて狙えば、さすがにそれをシラヌスは防いでいただろう。完璧に防ぐ事は出来なくっても、呪文が唱えられれば反撃も出来るからな。
でも魔神族は、防御の薄い腹部に狙いを定めて攻撃を仕掛けた。
即死させようとして来る事を予想して構えていたシラヌスにとって、それは見事に裏をかかれた結果となっただろうな。
実際、魔神族の攻撃は見事に目的を果たしていた。シラヌスを死に至らしめる事は出来なくても、魔法を妨害する事には成功しているんだからな。
そして、声を出すには腹部の力は不可欠だ。腹に打撃を受けても即死には至り難いが、声を出す事は困難になっちまう。
魔神族の奴は、僅かな時間でそれを看破して見せたんだ。いや……もしかすると、この場所に来るまでに何人かの人族を餌食にしてきたのかも知れないな。
どちらにせよ、さっきまでの魔神族とは格が違うと言って良い。下級魔神族がLv40前後だとすれば、こいつはLv45~Lv50に達するかも知れない。
そして現状、こいつを俺一人で倒さなきゃならないっていうんだからな。
「後は……お前一人だけだな」
普通に考えれば、絶望的以外の何物でもない。俺のレベルは20にも達していないし、外見上は経験もおぼつかない15歳の駆け出し冒険者だ。
いや、中身が30歳のおっさんだと言う事を差し引いても、レベルの壁は絶対的に立ちはだかっている。それを乗り越えるのは、本来なら不可能だ。
―――しかしそれも、命を賭けるとするならば話も変わる。
常識的に考えれば、Lv16程度の冒険者が命がけで戦った処で結果は変わらない。それほどに、レベル差が大き過ぎるんだ。
だけど俺には、前世……上級冒険者時代から引き継いだ無数のアイテムがある。これを駆使すれば、ほんの僅かな間だけそのレベル差を限りなく埋める事が出来るはずだ。
そして……もう1つ。
俺には、試してみたい事がある。これが実現出来れば、多分魔神族にとって効果が絶大な攻撃が可能だ。
実現出来れば……なんだけどな。
どのみち、俺に残されているのはこの体と命だけ。賭けに負ければ命は無いってのは、何もしなくても訪れる当然の未来だ。
ただ、ここまで奴の驚異的な部分ばかりが目立ってはいたが、欠点もすでに見つけてある。今の時点でまだ気付けていないってのがその証明だな。
魔神族の気配を察知出来る俺達の目を欺くその技能は厄介だけど、その逆に至ってはこちらの優位点だと言えるだろう。
「お前はすぐに殺してやろう。なに、すぐに他の仲間も……なんだ!?」
奴が俺に向けて死の宣告を行っている最中に俺の身体が光り出し、その口上を強制的に止める事に成功していたんだ。
魔神族の気配を俺やディディは察する事が出来る。そして、レベルの高い魔神族はその気配を消すことが出来る様だ。
そんな奴も、聖なる魔力を高めていた存在には気付かなかったみたいだな!




