頼もしき助勢
カミーラ達の戦闘は勝利という形で幕を閉じた。
本当なら喜ばしい事なんだけど、まだ全てが終わっていない。
少なくとも、俺の目の前の魔神族を何とかしない限りは……な。
ディディの活躍とカミーラ、シラヌス、ヨウの猛攻で、魔神族は跡形もなく消し去られた。前回の戦闘では異界へ送り込んで撃退する以外になかったから、これは大きな成長と言えるだろう。
「……フン。向コウハ引キ分ケト言ッタ処カ」
その情景を見て、俺の眼前に居る魔神族はポツリと呟いていた。
……そうだ。奴の言っている事は間違いでも無ければ強がりでもなく、今の段階では……事実だ。……何故なら。
「う……うう」
「ぐ……。なんだぁ、こりゃあ……」
「こ……これが、反動か……」
カミーラとヨウ、シラヌスが、殆ど同時にその場へとへたり込んじまっていた。言うまでもなくこれは「小薬」を使った時の副作用だ。
各種「小薬」は、一時的にそれぞれの能力をかなり向上させる秘薬だ。適正なレベルや体力を持つ者が使えば、戦闘を楽にしてくれる便利なものでもある。
しかしこの小薬は、Lv30からが適正と言う事になっている。それよりもレベルの低い者が使えば、使用後の反動で行動不能となっちまう。
そして今、カミーラ達はその状態に陥っちまってるんだ。意識を失うってところまではいってないみたいだけど、これ以上は動けそうにないな。
つまり俺の前にいる魔神族にしてみれば、俺さえどうにかしちまえばカミーラ達の生殺与奪は思いのままって話なんだ。そういう意味で言えば、まだ痛み分けだと言ってもおかしい話じゃないな。
「ソレデハ……貴様ヲ殺シテ、コノ戦イニ終止符ヲ打ツトシヨウ」
そう……。もしも俺が奴に殺られちまったら、残ったカミーラとシラヌス、ヨウとディディも簡単に殺されて終わりとなるだろうな。
「……ダガ、解センナ。貴様ノソノ余裕ハドコカラ来ルノダ?」
だけど奴は一気に襲って来るような事はせず、俺の態度を見てそんな疑問を口にした。
でも、そりゃそうだろうな。隣の戦闘では、こちらは3人掛かりだった。それで漸く勝利を手にしたんだ。
それに対して、今は俺一人で魔神族に相対している。冷静な判断をするなら、俺の勝率は限りなく0に近い。それを考えれば、本当なら俺はもっと焦るか怯えていて然りなんだ。
「……さぁ? どこからだろうな?」
そんな奴に対して俺は気負っていない、それでいて恐怖を見せない態度で応じてやった。
実際、今の俺にはこいつに対して恐れを抱いてやる理由は無い。俺の感覚が狂っていなければ、この戦いは気付いていない時点でこいつの……負けなんだからな。
ただ、万一がある。だから、確実に勝利を引き寄せる為には策を講じないとな。だから俺は出来るだけ焦らす様な物言いを心がけたんだ。
「ダガ、ソノヨウナ詮索ハ後回シダ。貴様ヲ殺シ、ソコデ力尽キテイル貴様ノ仲間ノ息ノ根ヲ止メテ目的ヲ遂行スル事ニ……グオッ!?」
警戒してか動かない奴を起点にして左回りにジリジリと俺は動き、そして奴は俺に正対し続けようと体の向きを変える。
俺が時間稼ぎを狙っているのは何となく察したようだが、俺の行動の真意までは気付けなかったようだ。
だから奴は、気配を消した彼女の背後からの一撃に全く反応出来なかったんだ! 俺へ向けて最後通牒していた奴は、突如左腕を肩口から斬り落とされて驚きの声を上げると共に、傷口を抑えたまま片膝を付いた。
「まさか……あなたがここに現れるなんて思ってもみませんでしたよ」
そして俺は、見事に魔神族へ一撃を加えたセルヴィエント=ディーナー……セルヴィに笑顔を向けて話し掛けた。
今は浜辺で魔物を相手に戦っている冒険者達を、〝呪歌〟で手助けしている「エスタシオン」の交渉管理人が何故ここに現れたのかは俺にも分からない。
でもこの参戦は俺に……俺達にとっては行幸と言って良い。なんせ彼女は、幾つかの職業を経て今の中級職に落ち着いている、やり手の中級冒険者だからな。……いや、もしかすると上級かも知れない。
彼女のレベルは分からないけど、先ほどの魔神族へ加えた一撃は見事と言って良かった。今の俺じゃあ、剣閃を追うだけでやっとだったからな。
「ええ、私たちに冒険者達の援護を任せて去って行くあなたが何やら慌てているようだったので、そちらの方が気になりまして。浜辺へ攻め寄せて来る魔物の規模を考えれば、あの娘達だけでも十分対処出来るはずですので」
眼鏡の弦をクイッと上げて、凛とした佇まいでこちらを見つめる彼女にはどこか余裕がある。俺の考えている通り、やはり彼女は随分と経験を重ねた冒険者みたいだ。
手にしているのは細めの直刀。一目で業物と分かる技巧を凝らした作りが各所に見られ、何よりもその剣の輝きが切れ味の良さを物語っている。
「グ……ゴ……。キ……貴様、何処カラ……」
斬られるまで全くセルヴィの存在に気付けなかったんだろう、奴の声音には驚きの成分が多分に含まれている。それでも奴は、ただ斬られた部分を抑えているだけではなかった……んだが。
「それに……あなたは私の存在に気付いていましたね? あなたの、私がこいつの背後に至る様な誘導のお陰で奇襲も上手く行きましたし」
当のセルヴィは、魔神族の台詞なんて全く意に介していないみたいだ。それどころか彼女は、話しながらも魔神族のほんの僅かな動きも見逃していなかった。
「ガ……ガァ……」
彼女の持つ剣が煌めいたと思ったら、次の瞬間には奴の残っていた腕から手首より先が宙に舞っていたんだからな。恐らく魔神族は例の伸びる指で攻撃をしようと企てていたんだろうが、これは本当に相手が悪かったな。
「……気配を探るのは得意ですので。ともかく、あなたがここへと来てくれて助かりました」
そんな魔神族の様子など気にする事も無く俺がセルヴィの問いかけに答えると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。……まぁ、そりゃそうか。
今の俺の年齢やレベルで考えれば、会話の途中で魔神族の手首が突然飛ばされれば普通なら驚くだろうな。だけど俺は動じなかった訳だから、セルヴィが意外感を露わとしても変な話じゃない。
「……本当に。あなたは何とも不思議な人で興味が尽きませんね」
そんな台詞と共に、セルヴィは今度は大きく剣を振りかぶると、魔神族の言葉を聞く事も無く袈裟斬りにして首を刎ねたんだ。流石にこれには俺も驚きの表情を浮かべた。
今の俺の目には、彼女の振るった剣跡は1つ。上段から振り下ろして肩口より脇腹へと抜ける袈裟斬りだけだった。
でも実際には、魔神族の首も飛んでいるんだからな。つまりセルヴィは、目にも止まらぬ速さで袈裟斬りにした返す刀で首を斬り落としたと言う事だ。
物言わぬ物体と化した魔神族の身体が床に倒れ込む。その音で、俺達は戦いの終了を感じ取っていたんだ。
「ありがとう、セルヴィさん。本当に助かりました。詳しい話は、浜辺に戻ってからで良いですか?」
俺としては、この場でのんびりと話し込むつもりは無い。魔神族の死体が転がっているこの場所は不気味この上ないし、何よりも〝小薬〟を使用したカミーラ達は直に動けなくなるしな。それまでに、出来る限り移動しておきたい。
「カミーラ、シラヌス、ヨウ。まだお前たちは動けるか? ディディは……無理っぽいか?」
セルヴィからの返事を待たずに、俺はカミーラ達へと顔を向けて確認した。流石に疲労困憊と言った雰囲気の3人からは、返事は返って来なかったけれど反論も無かった。ディディに至っては意地で立っているんだろうけど、杖に寄り掛かってピクリとも動かない。
俺の見立てでは、ディディの容体が一番心配だ。如何に「聖女」とは言え、低レベルのクセに高いレベルの魔法を連発し過ぎだ。もしかすると、命に関わるほどの負担に襲われるかも知れないな。
4人の状態を確認しそんな事を考えながら再度セルヴィの方へと顔を向けた……んだが。
「……え?」
同時に、彼女の口からは疑問を覚える声が漏れていた! 見れば、そのわき腹からは黒い棒のような物が飛び出している! いや、あれは……例の硬質化した指か!?
そして次の瞬間には、肩口、右胸、脇腹、ヘソの辺りから一斉に指が突き抜けて来た! こ……これはまさか!?
「まさか、この辺りであいつ等を倒す者どもがいるとは思わなかったな」
他の2体より遥かに流暢な言葉を口にして、奥の闇から更に魔神族が1体現れたんだ!
完全な勝利を確信していた矢先に、もう1体の魔神族が現れやがった!
それも、どうやらさっきまで相手にしていた魔神族よりも格は上みたいだ!
……ったく、ここまで迂闊だったとは、俺も焼きが回ったか?




