戦いの序幕
マリーシェ達とグローイヤ達が共闘してカブリカラマルを倒していたその頃。
俺とカミーラとディディは、シラヌスとヨウと共に魔神族と対峙していた……んだが。
物事が上手く行っている時ほど、その後に落とし穴が待っている場合が多い。これは、前回の人生でも嫌というほど経験して来た事だ。
ここまでの新しい生は、結果として順調だった。
時には苦戦し満身創痍となり、比喩表現抜きで死に掛けた事もあった。
それでも仲間たちと協力して苦難に打ち勝ち、ここまで無事に……誰一人欠ける事無く辿り着けた。……無論、まだまだ序盤な訳だが。
冒険序盤に命を落としたり、復帰不能な重傷を負ってリタイヤして行く同じ新人冒険者達の事を考えれば、やっぱり俺達は順調だったんだろう。
「お……おい。あれが……〝魔神族〟って奴らなのか……?」
でも往々にして、落とし穴って奴はそんな調子の良い時にこそ潜んでいるもんだ。そんな事は何度も経験して分かっていた筈なのに、どうやら俺はそんな事も忘れちまっていたらしい。
「……アレクよ。2体相手をして、我らに勝ち目はあるのか?」
何で俺は、相手が1体だと思い込んでいた? 前回の戦いでも1体しか出現しなかったから、今回もそうだと決めつけていたのか? ……恐らくはそうなんだろうな。
シラヌスに小声で話し掛けられても、俺にはハッキリと答える事が出来なかった。
前回の戦いでは、文字通り死力を尽くして追い返すのが精一杯。でも今回は、俺達もレベルが上がり強くなっている。
それでも、敵が2体ともなれば話は違ってくる。
……そう。俺達の目の前には、2体の魔神族が立ち塞がっていたんだ。
さっきスキル「ファタリテート」でこの場所を確認した時は、魔神族は1体しかいなかった。それを考えれば、もう1体は更に奥の影に潜んでいたんだろう。
それを見つけられなかったのは仕方がない。時間に制限が設けられていたし、敵を前に観察せず部屋の隅々まで調べる……なんて、普通は思いつかないもんな。
でもだからこそ、可能性として思考の片隅に留めておくべきだったんだ。
「貴様達ハ……何故ココヘ……? ソレニオ前ハ……」
俺達の姿を見て、魔神族の1体が話し出した。相変わらず硬質な声に口調は独特のものだな。
奴の台詞を鑑みるに、俺達がここへと辿り着くのは予想外だったみたいだ。確かに、外に鎮座していたレギアタートルの強さを考えれば、容易にここへと現れるなんて考えつかないだろうな。
そしてそれ以上に想定外だったのは……。
「アレクッ! 奴らを倒す以外に道は無いっ!」
彼女の存在だったに違いない。
カミーラは魔神族を確認すると、すぐに抜刀して戦闘態勢へと移行していた。確かに、如何に相手が2体であろうとも、ここは戦って倒す以外に活路は見出せないだろう。
「……よし! 俺が1体を牽制するから、カミーラ、ヨウ、シラヌスでもう1体を頼む! 長くは持たないから、なるだけ早く倒してくれよ!」
ハッキリ言って、俺1人で魔神族1体を相手にするのは余りにも荷が重い。かと言って、カミーラ達3人なら倒す事が可能かと言われればそれも疑問だ。
でも、今はやるしかない。
「ディディは俺の後ろについて、回復役を頼む。カミーラ達の方にも気を配るんだ」
「は……はいですぅ!」
緊張だろう、上擦った声で返事をするディディだが、俺の注文はハッキリ言って酷だ。何せ、ディディはLv3の駆け出しと言って良い修道女。如何にアイテムの恩恵で一時的に能力が向上していたとしても、戦闘経験だけは場数が物を言うからな。
だけど、やはり今はやって貰うしかないんだ。なんせ、相手は2体。明らかにレベルが上の魔神族だからな。
「下等ナ人間風情ガ、タッタ1人デ我ニ勝テルトデモ思ッテイルノカ?」
俺と対峙した魔神族が、表情や声音を変える事無く問い掛けて来た。……と言っても、声音はともかくその形相の変化なんて分からないんだけどな。
奴の口ぶりは、完全に俺達人族を見下したものだ。本当に油断してくれているんなら、俺にも十分に勝機があるんだけど。
「……調ベタゾ。コノ近辺に生息スル人族ハ、ソノ多クガ未熟デ弱イ存在ダトイウコトヲ」
実際はそれほど楽観できる訳でも無かったみたいだ。奴の嘲りの台詞は、こちらの実力を確りと把握してのものだったんだ。
客観的に見れば、奴の言っている事に間違いはない。そして、その認識を利用しない手は無いと言うのが俺の考えだった。
「くぅ……。な……何とか……何とかするしかない……」
だから俺は、殊更にわざとらしく大げさに焦って見せた。今俺がしなければならないのは、カミーラ達がもう1体の魔神族を仕留めるまでの時間稼ぎと、あわよくば眼前の敵を倒すって事だ。
その為には、可能な限り奴に警戒心を持たせてはならないからな。
「威勢良ク我ノ相手ヲ買ッタハ良イガ、対峙シテ己ノ力量ブソクニ恐怖シタカ」
ユックリと腕を持ち上げながら、奴は自信満々に俺へそう言ってのけた。奴自信は油断しているつもりなんて微塵も無いだろうが、俺の演技に優越感を抱いた時点でそれが気の緩みになるのは仕方が無いだろうな。
奴はそのまま、指先を硬質化させその1本を一直線に俺へ向けて放出した! 撃ち出した訳じゃあ無い。指が伸びて、まるで伸縮自在の槍の様に俺を串刺しにせんと向かって来たんだ!
「……ナニ!?」
しかし俺は、それをギリギリ剣で受け流して見せた! 金属同士がこすれ合う様な甲高い音が響き渡る!
奴が驚いたのは、まさか俺があの攻撃を躱せるなんて思ってもみなかったんだろう。この世界……少なくとも人族に、指を自由に伸ばせる者なんて存在しないからな。
知らない攻撃を向けられて反応するなんて、多少の驚異を抱くもんだ。
もっとも、俺が奴の初撃を躱す事に成功したのはその攻撃を知っていたからだ。以前に戦っていなければ、流石に俺も奴のこの攻撃を予測するのは難しかっただろうな。
そして俺がさっきの攻撃を防いだことで、奴の警戒心は格段に上昇していた。
「コノ辺リノ人間ニ、先ホドノ攻撃ヲ防ゲルワケガナイ筈ダガ……」
首を傾げそうな声音で、俺の考えている通りの疑問を奴は口にしていた。奴が考えてくれればくれるほど時間を稼げるんだから、これは俺の思惑通りだ。
奴が理解するこの近辺にいる人族のレベルを信じてくれればくれるだけ、俺の方に奴へ付け入る隙が出来るって事だからな。
「いやあぁぁっ!」
その時、奴と睨み合う俺の耳にカミーラが放つ裂帛の気合が聞こえて来たんだ。
対峙する俺達と同じように、ただ睨めっこをして時間を潰す様な愚をシラヌスは犯さなかった。
「カミーラは右、ヨウは左より攻めよ! 伸びる指に注意を怠るな! 黒き闇を具現化し……」
俺が時間を稼ぐ戦法だと察したシラヌスは、一気に魔神族を倒すために指示を出し、自らも呪文を唱えだしていた!
その指摘は的確であり、戦法としては奇をてらっておらず正面から戦うには常道と言えた。格上の相手と戦うには些か正攻法すぎるけど、相手の実力が未知数なんだから仕方がないだろう。
「……フン」
「クゥッ!」「おおっとぉっ!」
案の定、迫りくる2人に向けて両手を照準付けた魔神族はそのまま指を伸ばして攻撃した! 自在に伸び縮みする奴の指は、硬くもなり柔らかくも出来る。
しかし事前にその攻撃方法を知っていたカミーラは勿論、シラヌスの注意を聞いていたヨウも見事にそれを躱す事に成功していた! レベル差を考えれば、ヨウの動きは神掛かってると言って良いだろうな。
「……漆黒の矢!」
「グオオッ!?」
左右の敵へと腕を向けていた事で、魔神族の正面が無防備になっている。そこへ、漆黒の矢が無数に着弾した! 完成したシラヌスの魔法攻撃だ!
大きなダメージを期待するにはレベルの低い魔法だけど、先制攻撃としては上出来だな。実際奴も、受けた痛手以上に動揺している。
「……今だ! カミーラッ、ヨウッ!」
「……承知っ!」「よっしゃあっ!」
そして、その隙を見逃す様なシラヌスじゃあ無い。すかさず前を行く2人に声を上げ、それにカミーラとヨウも待ってましたとばかりに応じていた!
「はあぁぁっ! 一閃豪断っ!」「おおぉっ! 連打撃っ!」
両側から、殆ど同時に攻撃が繰り出された! 只の一撃ではなく、それぞれに刀剣技、拳闘技が放たれたんだ!
カミーラの居合を連想される一撃とは対照的に、拳での弾幕を思い起こさせるヨウの攻撃は苛烈そのものだ。
2人から殆ど同時に攻撃されては、さしもの魔神族もただでは済まない……と考えたのは浅はかだったか。攻撃を加えた2人が、殆ど同時にその場から飛び退いていたからな。
そして当の魔神族はと言えば……特にダメージらしいものを感じさせずに、その場で静かに佇んでいたんだ。
2体の魔神族を相手する事になった俺達は、ともかく各個撃破に徹する事にしたんだが……。
カミーラ達3人がかりの攻撃にも、魔神族は小動もしない。
ほんと……倒せるのか?




