60.この部屋の本当の秘密。
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「これ…………」
まさか、そう思ったが、何度見てもそれは――
顧客リスト……
日付と名前、商品情報、それから販売価格。
紙にびっしりと書かれたそれらの情報は、1枚のみならず何十枚もの枚数が重ねられファイリングされていた。
遠い目をしながら冗談まじりに、名探偵になれるー……、なんて言っていた数時間前の自分に後悔を覚える。
『直感』……それは生きてきた中で培った経験に基づき、瞬時に脳が起こりうる未来を予測したものである。
なんて、誰かが言っていた気がする。
そしてその直感は、9割当たるとも。
そして今そんな直感に、私は当たって欲しくなかったと心から悔やむことしか出来ない。
だって、これは……
「人身売買リスト……」
手荷物ファイルを元に戻し、手当たり次第に棚から他の本やファイルを取り出し中を確認する。
そしてある程度確認できたところで私はバタンと手に持っていたファイルを閉じると、目を瞑り大きく深呼吸をした。
まさかそんな物をこんな所に置いてあるわけが無い。最初そう思った。
だって、この部屋には窓がなく、外からしか扉を開けることが出来ないし、外鍵なんて2つも付いていて中から鍵をかけることも、外から鍵をかけられたら開けることも出来ない。だから私はこの部屋を誰かを閉じこめるための部屋だと思った。
でも違った。この部屋は誰かを閉じこめるための部屋ではない。恐らくここに置いてある物の半分は来客や視察などで屋敷にくる者達に見られてはいけないものだ。書斎に置くことが出来ない書物を管理する部屋なのだろう。
そしてこれは勘だけれど、関係ない書物は恐らく万が一この部屋に入られてしまったときのダミーだ。
置き場がここ以外なくて仕方なく、という可能性も捨てきれないが、全てのファイルを広げた時に無関係の報告書に挟まれ隠されるようにして真ん中にそのリストが纏められていたのは、万が一を考えての事だろう。
実際私もペラペラと1枚ずつ捲りながら見ていなかったら気づかなかったと思う。
こんなに沢山の子供たちが、もう既に……
書かれた情報をペラペラと捲りながら見れば、ざっと見ただけでもここ数十年の間で何百人もの子供が伯爵によって貴族へと売られている。
しかも、気になるのがその売り先だ。購入者名の中にいくつもの同じ名前を見つける。
『バース・ビレッジ公爵』
たしかさっき、あのキモぶ……、んん、伯爵が私の売り先についてその名を挙げていたはず。
この数年で何百人もの子供を購入している。しかも他の購入者の子供の年齢は様々なのに対し、この人は決まって10歳前後の子供を1度に数人纏めてだ。
この国では数年前から人身売買が禁止されている。そんな中で何百人もの子供を買ったとして、それだけ子供が屋敷にいれば使用人達が気づかないわけが無い。
もしや使用人も全員グル?……いや、さすがにそれは無理がある。公爵家ともなればかなりの数の使用人がいるはずでその全ての者の口を固くさせるのは不可能に近い。
となると…………
『ふぅむ〜、これは本当に上玉だのぉ、シュイー侯爵……いや、ビレッジ公爵がいいかもしれんなぁ。いやぁ、これはさぞ公爵も調教しがいがあると喜ばれるだろうぞ!』
あぁ、またしても嫌な予感しかしない。
『調教』という言葉を思い出してブルリと身震いする。
考えられるのは、公爵の嫌な性癖か、もしくは何かの儀式で『黒ミサ』と呼ばれる類のもの。
一度に数人ずつと考えると、恐らく後者の方が確率は高いだろう。
最悪だ。もしそうなら子供達はもう……、そしてこのままだと私も……
乙女ゲームの中の世界に転生してしまって、しかも悪役令嬢に生まれ変わって、その未来は断罪されるエンドしかなくて。
少しでも幸せな明るい未来に変えるために、フラグ回避だ!とか本気で言っていた事が、この状況では可愛く思えてくる。
未来を変えようとしたことによって起こってしまったより過酷な未来。しかもその最期が、黒ミサなんて……
「絶対に嫌……っ!!」
それならまだ16歳まで生きて、国外追放された方が命あるだけ何万倍もマシ!処刑は本当に無理だけど!!
考えろ、考えるんだ。クリスティア・セリンジャー。どうすれば助かる可能性があるか、考えるんだ。
恐らくこの屋敷から抜け出すのはほとんど不可能だろう。この部屋には窓もなければ鍵のかけられたドア以外の出入口はない。
さらにあのセバスと呼ばれていた執事。恐らく私の監視役も兼ねているだろう要注意人物。
躊躇なく首を掴み力を入れる事ができ、恐らく『骨を折る』と決めたらいとも簡単にそれを実行するだろう残忍さ。
あの執事の前で下手な事をすると殺されかねないため、下手な行動は慎むべきだろう。
殺さないにしろ、痛め付けるくらいは平気でやりそうだ。なんてったって私の膝に傷を作ったのは紛れも無くあの人が私を後ろから突き飛ばしたせいだ。
いくら主から『傷をつけるな』と言われていても、私を売りとばす前に治ってさえいれば問題ない。なんて風に考えていそうだ。
つまり、この場から脱出するのは現実的ではない。
となると……、私が売られる時、だろうか。
またあの破落戸たちか、もしくは買い手側から来た者が私を運び出すだろう。そこにあの執事が居ないことを願うのは賭けだけれど、今逃げ出すよりは充分現実的だと言えるだろう。
ただ、問題はいつ、誰に、どうやって売られるか、だ。こればっかりは分からないから情報が欲しい。
あぁ、なんか私いつの間にか侯爵令嬢にあるまじき考えや行動をしてる気がする……
でも、それも生きてるからこその感情よね。うんそう、きっとそう。
目を瞑り、もう一度大きく息を吸ってゆっくりと吐き出せば家族や使用人のみんな、それから最後にウィルの顔が思い浮かぶ。
はやく、会いたい……
離れてからまだ、たったの半日程度なのに、不安からかもうずっと会っていないかのような感覚に陥る。
家族や使用人はもちろんだけど、それよりもウィルに早く会いたくて、その優しい声でいつもみたいに『姉上』って呼んで欲しくて、心配かけててごめんね、って早く謝って安心させたい。
脳内でウィルの様々な表情が思い浮かんでは、やはりどうしても泣きそうな顔が最後に浮かぶ。
そんな顔させたいわけじゃないのに……。
でも、ウィルを思い浮かべれば、不安で冷めきった心がポカポカと温かくなった。
ウィルに会いたいと思えば、恐怖に立ち向かう勇気が湧いて来る。
ウィルを悲しませたくないと思えば、何としても生きなければと思えた。
「……よし。頑張れ、私。諦めるな。」
そう小さく呟いて自分に喝を入れる。
そして私は再び犯罪の証拠となるファイルを次から次へと手に取った。
もし私が『バース・ビレッジ公爵』に売られるとしたら……
これまでの公爵への売買記録を探す。そこに書かれている内容から売買についてのヒントや法則を、細かな情報も見逃さないように。
きっとなにかヒントがあるはず。前の購入から次の購入までに空く期間でも購入方法でも、場所でも時間でも何でもいい。
きっと……、ううん、絶対何かあるはず!!
そう信じ、私は見落としの無いよう神経を研ぎ澄ませページを捲り続けた。
20210819.
次回更新予定日は8月25日です。




