6.王子のフラグ回避方法が思いつきません。
ブックマーク&作品評価ありがとうございます!
翌日、アルフレッド殿下からお茶に誘われた事をお父様に報告し、お受けする旨を伝えるとそれはもういい笑顔で頷かれたのだった。
……これは絶対手紙の内容知ってたな。と心の中で深いため息を付くと、お父様はそんな私に気づくことはなく「楽しんでおいで」といつものにこにこ笑顔で言い放った。
そしてその日のうちにお父様から日程が決まったと報告があり、持っているドレスで良いと思っていたのに侍女のリリアから「いけません、お嬢様!王宮ですよ!相手は殿下ですよ!」と熱心な説得を受け、駆け付けた我が家御用達のデザイナーさんに全身のサイズを図られ目を輝かせながらデザインを何枚も描きあげる姿を他人事のように眺めていること数時間、やっと解放された時には私はヘトヘトになっていた。
「お疲れ様でした、お嬢様。お茶をご用意致しましたのでゆっくりおやすみください。」
「ありがとうリリア」
窓際のテーブルにリリアがお茶を入れてくれたので椅子に座って喉に流すとやっと気が抜けたのかホッと一息つけたような気がした。
リリアの淹れたお茶は世界一美味しいと思う。風味も良くて喉越しもいい。同じ茶葉を使ってるのに私が淹れた時とは雲泥の差があるほど。単に私が下手なのか?と思ったけれど、至って普通の味である。何かコツがあるのか今度リリアに聞いてみよう。と心に決めもう一度ふぅー。とゆっくり息を吐いた。
途中デザインを覗きに来たお父様が「どれもティアに似合うデザインだね。全部着ている姿を見て見たいよ」なんて言い出したと思ったら紙に描かれたデザイン全てのドレスを作ろうとしだしたのを慌てて止めたのは言うまでもない。
それでも折れようとしないお父様を説得してなんとかドレス3着で話をつけた。もちろん私は1着でいいと言ったのだが、お父様が悩みに悩んだ末どうしても3枚までしか絞ることが出来ず私が妥協して3つのデザインのドレスを作ってもらうことになったのだ。
果たして1着いくらするのかと豪華なデザインを見て少し引いてしまったのはナイショの話だ。まぁ侯爵家なだけあってお金に困ることは無いだろう。それでも無駄遣いせず貯金をしたいと考えるのは元日本人の性だろうか。
しかし、お金を使う事で経済が回ることも知っている。そのため、お金を貯め込むだけでなく使う事が侯爵として必要な事も理解している。……だけど、やはり一度にドレス3着は気になってしまう。
急激な成長期、という訳では無いけどそれでも少しずつ身長が伸びている。それに流行も毎年変わる。そうなると今作ったドレスは来年にはもう着ることが出来ない。それどころか次の季節に変わるまで2ヶ月、それを過ぎるともう着ることは無いだろう。
いくら先日王宮のパーティーに参加したといえど、私がこれから参加する事が増えるか、と言ったらそうでは無いだろう。両親に比べたらかなり少ない……いや、限りなく無に近いと思う。そうなると殿下とのお茶を含め1~2回程度しか着ることは無いのだ。
――やっぱり勿体ない……と思ってもそれを口に出すことは無い。困らせるのを分かってるからだ。こればかりは慣れるしかない。そう自分に言い聞かせて残りのお茶を一気に喉の奥へと流し込んだ。
そしてその後、窓際のテーブルからいつもの机に移動して慣れた手つきで引き出しから紙とペンを取り出しいつものように机に広げ頭を悩ませる。――そう、私にはまだ問題が山積みなのだ。
お茶に誘われてしまったって事は、今でさえ『顔見知りの令嬢』という立場であるのにこれ以上関わりが生まれてしまうだろう。さらに個人的なお茶会という事は少なくとも好意を持たれている、ということだろう。どうやって王子のフラグを折ればいいのか……下手なこと言って不敬罪とかになって即断罪なんて未来はぜひとも避けたい。
――アルフレッド・フォン・クライシス。アッシュおじ様の息子で、王位継承権第一位を持つこの国の第一王子である。長髪の銀髪に美しく輝く碧眼の瞳を持つ容姿はとても美しく、私と同い年とは到底思えない。現在婚約者はおらず、どの家の令嬢も彼の婚約者の座を狙って様々な手を使ってアプローチしているらしい。
ゲームの中の彼は私を断罪する立場のため私にとってもちろん敵であるが、幼少期の頃はそれなりに仲が良かったらしい。お父様に連れられて王宮に行く度私の遊び相手をしてくれていたのがこのアルフレッド殿下である。小さな手を引かれ王宮探検をする王子の描写のスチルは大人になってからは見せないイタズラ笑顔でありとにかく可愛いかった。
しかし時が経つにつれて私は悪役令嬢としての道を歩き始めてしまった結果距離ができ、ある日彼はヒロインに出会い心を奪われる。そしてそのヒロインを虐めていた悪役令嬢は断罪されるのである。
……正直、王子ルートの過去回想話はかなり泣けた。断罪後、死を覚悟した時に悪役令嬢目線で語られたこの話は自分がヒロインにも関わらず悪役令嬢に同情してしまった。だって、悪役令嬢はただ王子が好きなだけだったのだから!!
8歳の頃に婚約者候補から正式な婚約者として決まり、好きな人のために厳しい正妃教育を受け続けたのにその相手はぽっと出のヒロインに奪われてしまったのだ。確かに婚約者としてやってはいけないことをしたかもしれない。しかし、彼女の王子への気持ちに嘘偽りはなく、純愛だったのだ。それがわかった時断罪する側だったにも関わらず悪役令嬢に同情せざるを得なかった。
……と、ここまで話してお分かり頂けただろう。そう、私はゲームの中で王子であるアルフレッド殿下の婚約者なのである!!!
並べられた紙を見て盛大なため息がこぼれる。何が悲しくて婚約破棄された挙句断罪されないといけないのか。いや、確かにゲームの中の私が悪いんだけれども。
「断罪なんてされてたまるか……!!」
そうならないために私は再びペンをとった。この世界に来てから考える事が多すぎて頭の回転率が前世と比べるとかなり上がった気がするのは絶対に気のせいではない。しかし、考えつく限りの案を紙に書き留めていくが、これと言っていい案はなかなか出てこないのが現実である。
王子の会話を無視する……は、さすがに出来ないから、全部笑顔で頷くだけにするとか、
わざと王子の意見とは反対の意見を言うとか、
礼儀作法が最悪な令嬢を演じる――いや、これは自分自身にブーメランになるからダメだ――とか、不敬罪にならないもので縛るとそんな幼稚なレベルしか出てこない。
いや、実際まだ7歳なんて幼稚なんですけど。
前世の記憶を持っているからといって、その記憶が役に立つか、と言うと決してそんな事は無い。なぜなら生きている世界が違うからだ。
日本人として生きていた頃は令嬢の礼儀作法がこんなにも大変だなんて知りもしなかった。毎日優雅に微笑んでお茶してるイメージだった。挨拶ひとつの姿勢がこんなに辛いものなんて知らなかった。世界の情勢も国の統治の仕方も全くと言っていいほど違う。
私が前世の記憶で役に立っている事と言えば、それこそこの世界のゲーム内容が1番であり、強いて言うなら計算の速さや家事スキルくらいだろうか。……と言っても家事なんて使用人の方々がやってくれるため自分でやる事は無に等しいのだけど。部屋の片付けくらい?
5歳の時に一度、お菓子作りをしたいと言ったら笑顔で丁重にお断りされてしまったことがある。それは恐らく私が幼かったから怪我でもしたら危ないという彼らの配慮だったのだろう。もう少し大人になったらもう一度お願いしてみよう。そしたらやらせて貰えるかもしれない。
――つまり、この世界で生きていく上で前世の記憶や常識が役に立つ事はほぼ無いに等しい。となると、私はこの世界に生まれてから覚えた事の中から案を絞り出さないと行けないのだ。つまり、【前世の年齢+今の年齢≠脳年齢】ではなく、【年齢=脳年齢】の方が正しいと言えよう。
幼稚だと言われようが、こればっかりは仕方ない。今持っている知識で戦うしかないのだ。
そして私はまた夜な夜な頭を悩ませて眠れない日々を繰り返した。結局ハッキリとした回避策が思い浮かばないまま気がつけばもうお茶会前日の夜である。幼なじみのフィリップのフラグ回避が上手くいったせいで今回も上手くいく!なんて心の奥底で余裕があったのだろう。溜息を吐きながら、私はベッドに潜り込み目を閉じたのだったのだが……
――あれ?王子、第一王子、アルフレッド殿下……??
なにか大事なことを忘れている気がする……
攻略に関してのなにか重要な事が、喉の奥に引っかかっているかのような違和感が急に現れる。ただ、その思い出せない違和感が何なのか思い出せたのはお茶会当日の朝だった――。
20210517.
次回更新予定日は明日、5月28日です。
5月31日まで毎日1話ずつ公開します!