53.記憶を辿る。(ウィリアム目線)
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「ガンバッタロー伯爵家、か。また面倒な家が関わってきたものだ。」
父様の書斎に兄上と一緒に呼ばれると、父様は執務用の椅子に腰を下ろしたまま机の上に数枚の紙をパサッと音を立てて手から滑り落とすように置いた。
その表情は姉上には絶対に見せない、セリンジャー家当主としての厳しくどこか冷たさを感じさせる表情だ。
「ガンバッタロー伯爵……、確かカロセリン王国の西側に領地を持つ家でしたね。何か問題でも?」
「……あぁ、少しな。」
兄上の問いかけに父様は険しい表情をさらに顰めた。
その表情に兄上は姿勢を正す。
書斎にはピリッとした空気が漂う。
「ウィリアム、ガンバッタロー伯爵家について知っていることは?」
「知っている事……、そう、ですね……」
と、呟きながら数年前の記憶を呼び起こす。
僕が彼女と知り合ったのはまだ両親が生きていた頃、商人だった両親の仕事の取引先によく一緒になって着いていっていたある日のことだ。
出会い、なんてそんなどうでもいい瞬間は覚えていないが、両親に商談中遊び相手になるよう言われ、よく彼女と一緒に彼女の家を探索して遊んだ。
そのため商談内容についてはよく知らないし、情報、と言うほど立派なものも持っていない。唯一知っているとすれば、
「変わっていなければ、ですが、自由に行動できた範囲であれば、三階建ての間取り全て。」
何度も遊んだ屋敷だ。この家の半分の大きさもないが、伯爵家なだけあって庶民から見るとそれなりに広い。
しかし、僕はあの家に何度も行ったことがある。子供の記憶とは曖昧だけれど、覚えている事も少なくない。
「十分だ、教えてくれ。」
ピリッとした空気は父様のその言葉と軽く口角を上げた笑みによって少しだけ緩和された。
父様は机の引き出しから紙とペンを取り出すと早速僕の記憶を頼りに屋敷図を紙に書き起こしていく。
「ここと、ここには扉がありました。しかし常に鍵が掛かっており1度も中に入ったことはありません。ただ、気になる事が……」
「大きさ、か」
「はい。実際に見た感覚ですが、両隣の部屋の大きさなどからしてこれらの部屋は扉と同等の幅程しかないと思います。」
「となると、地下がある確率が高いな。」
図に起こしてみると分かりやすかった。
当時は気にせず遊んでいたが、1度怪しんでしまうと明らかにそれらの部屋の存在意義が見つからず、怪しい、以外の言葉が見つからない。
物置にもならないような大きさだ。わざわざそこに扉をつけて部屋を作る意味がない。
となると、別の使い道がある。それが、恐らく地下への階段、という事だろう。
「父上、どういう事でしょうか。」
これまで傍観していた兄上がどういう事かと尋ねれば、机に落としていた視線がゆっくりと上がる。
「近頃城下で子供の誘拐事件が頻発している。そしてそれが隣国カロセリン王国のガンバッタロー伯爵家によるものではないかと、嫌疑がかけられている。」
「誘拐……、もしや……」
「人身売買、だろうな。十中八九。カロセリン王国では人身売買及び奴隷を禁止する法が数年前に制定されたが、未だ貴族間ではそれらの闇取引が行われていると聞く。」
その言葉に、ゾクリと背中に寒気が走った。
奴隷、と聞いて思い出さずには居られない。あの地獄のような日々を。
痛い
苦しい
つらい
悲しい
お腹が空いた
喉が渇いた
寒い
暑い
死んでしまいたい。
暫く思い出すことの無かった感情が、いつの間にか温められていた心に酷く冷たく流れ込む。
姉上を含む今の家族によって温められていた心にはあの頃の感情は耐えきれなかったらしい。
気づいた時には、頬を涙が伝っていた。
「ウィリアム、大丈夫だよ。もう大丈夫だ。それに、子供達を助けるために国が動いている。すぐに助け出されるはずだ。」
初めて会った時のような優しく温かい笑顔。僕を地獄のような毎日から救い出してくれた大きな手が優しく、でも少しの重さを感じさせるように頭に触れる。
「はい、すみません……」
「謝ることは無い。だが、覚えておいてくれ。ウィリアムはもう私たちの大切な家族だ。何があっても私たちが君を守る。」
その言葉がどれだけ僕の心を救ってくれているのか、きっとこの家の……僕の家族は誰も知らないんだろう。
初めて会った時から優しく僕の手を引いてくれた姉上、僕に強さを教えてくれた兄上、大きな手で僕を救ってくれた父様、本当の息子のように優しく穏やかに包み込んでくれる母様
そんな彼らに僕は何度も救われてきた。
「ありがとう、ございます」
そう口にすれば、さっきまでの冷たい感情はもうそこには無い。
気持ちが切り替わったところで父様が話を続ける。
「中に2箇所、地下があることは確定だろう。ただ、誘拐してきた子供を家の中から地下へ連れていくとは考えにくい。」
「……外、ですね」
「あぁ、恐らくな。ウィリアム、近くになにか不審な場所はなかったか。」
不審な場所、と聞かれ記憶を辿る。
今よりもまだ小さく、地獄のような日々をまだ知らない幸せだった頃。
モリンナに手を引かれ連れていかれた庭、その先にたしか……
『ここはね、おとうさまがあぶないからきちゃダメっていうの!でもね、かくれんぼするときとか、おかあさまにおこられたあとは、ここでかくれるんだぁ!』
庭の木々に隠されるようにたつ不自然な扉。
大の大人が余裕で通れるほどの大きさのごく一般的な扉がそこにはあった。
『これはなに?』
ドアノブを回してもガチャガチャと音がするだけで開く気配はない。
ドアの奥には何があるのか気になり奥行きを見るため側面を見るが、コンクリートで固められ四角い箱のようになっているだけでドアを内側に開ける動作しかできないのではないかと思うほど小さい。
物置、にしてはあまりにも不自然だし小さすぎる。
しかしモリンナも知らないようで首を傾げるだけだった。
『でも、たまにおとうさまがここにきてるのはしってるわ!』
そう笑顔で話していたのを思い出す。
「庭の奥にある扉へ当主が出入りしてたと言っていました」
「庭の奥?」
「はい。家を囲う塀がこのようにあり、この辺りに不自然に扉が設置されていました。それも意図的に隠されるように」
「そこだな」
家を囲うように塀の位置を書き、屋敷の裏側の木が雑に描かれその中心に扉を意味するバツ印が描かれる。
「これは……、かなり大きな情報ですね」
「そうだな。」
書き起こした図を見ながら兄上と父様は大きく頷く。
「あとは証拠だな」
「はい。証拠さえあれば乗り込むことが出来ます。」
そして少し考えてから父様は僕と向き合い口を開いた。
「ウィリアム、―――――――――――――――。」
20210802.
次回更新予定日は8月5日です。




