5.お兄様は悪役令嬢を溺愛しています。
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「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?!?」
あの王宮でのガーデンパーティーから数日後、邸中に響き渡った私の叫び声は私の元に一通の手紙が届いた事によって起こった出来事であり、そしてそれは私の計画を最大限に狂わせる悪魔のような内容だった。
◇ ◇ ◇
「ティア、今日は手紙を預かってきたよ。」
「お手紙ですか?どなたからですか?」
「それは……自分で確かめてごらん?」
お仕事から帰宅したお父様を出迎えると、こっちにおいでと言われお父様の執務室へと案内された。そして机を挟んで対面式に置かれたソファーの片側に腰かけると正面に座ったお父様はまたもにこにこした笑顔で私に話しかけたのだった。
そしてスっと机の上に差し出された手紙を受け取り裏面を向けると、封を閉じてある家紋を見て私はまるで何も見なかったかのようにその手紙を机の上に戻した。……だってそこには『王家の紋章』である封蝋がハッキリと押されていたからだ。
関わりたくない関わりたくない関わりたくない関わりたくない!!!!!
笑顔を崩さないまま心の中で何度もそう呟くが、目の前のお父様はなんだか楽しそうに私を見ている。
「どうしたんだい、ティア。確認しないのかい?」
「後で……自分の部屋で確認しますわ」
「そっか、それは残念だ。その手紙を見たティアの反応を見たかったなぁ」
お父様はこの手紙の内容について何か知っているの……?
引っかかる言い方に違和感を覚えるが、今はそれどころではない。今すぐ蝋燭の火で燃やしてしまいたい。もしくは手紙に火をつけて暖炉に放り投げてしまいたい衝動に駆られるも思うだけで行動には移さない。しかし中身を見たら最後、関わりを持たずには居られないと悪い予感がするのはきっと、気のせいではない。
……是非とも気の所為であって欲しいのだが。
手紙を片手……いや、汚いものを触るかのように指先でちょんとつまんだままお父様の部屋を後にする。その足取りは過去最大級に重い。それはもう仕方ないのだ。部屋に帰ってから見ると返事をしてしまっては、そうせざるを得ない。そのためできるだけ遠回りして部屋に向かうが、わざわざ遠回りしていつもより時間を掛けて部屋に帰ったというのに、こういう時ほどあっという間に部屋についてしまったと思える時間感覚が不思議であり、今は憎い。
フラフラと流れるようにベッドになだれ込むと指先につままれた手紙を見てため息がこぼれた。
真っ白な封筒にきれいな字でクリスティア・セリンジャー様と書かれている。実は私ではなくお兄様宛とか……なんて期待は持つだけ無駄だったようで一瞬で裏切られた。
私を追ってやって来た侍女のリリアに手紙を渡し封を切ってもらい、ひとりにするよう指示を出し人払いをする。この手紙を顔を歪めずに見ることは出来ない気がしたからだ。流石にそんな顔侍女には見せられない。
……と言っても、散々ベッドになだれ込む姿など令嬢らしからぬ姿を見せて来てはいるが、それは目を瞑ってもらおう。人生、誰にだってそんな気分になる時があるものだ。
そんなことを思いながら封筒の中から手紙を取り出し広げると、案の定私は顔を歪めた。それも人には見せられないほど酷いものだったと自分でわかるほどに。
――そして、冒頭の叫び声へと繋がるのである。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?!?」
ギュッと手紙を握りしめながらフルフルと身体が震える。もちろん、寒いわけでも、なにかに脅えている訳でもない。どちらかというと目の前に突きつけられた現実を受け止めきれないのだ。
何がどうしてこうなってしまったのか……。ガーデンパーティーに参加さえしていなければ……!!などとどんなに後悔してももう遅い。過ぎてしまったことは変えられないのだ。
もう一度握りしめている手紙に目を落とす。
そこにはパーティー参加のお礼と、私の(その場を離れたいがために出た)疲れた発言に対する体調の心配と、今度は2人きりでまた私に逢いたいというお茶の誘いの言葉が記されていた。
――2人きりで。しかもアルフレッド殿下から直々に。
これはなんだ……?新手の嫌がらせか?それとも不幸の手紙??前世を含めてもこんなにも嫌な気持ちになった手紙は貰ったことがない。
この手紙を10人に送らないとあなたは不幸になります。……なんて不幸の手紙の方が余程可愛げがあるようにさえ思えてしまう。
回避……回避ぃぃぃぃぃ!!!!!!!なんて、脳内で赤いランプがグルグル回り警告音が大音量で響く。どうにか回避する方法を……!!!回避する方法をぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
「――ティア!?何かあった?大丈夫??」
脳内大パニックになっていると少し乱暴にドアが叩かれ聞き慣れた優しい声に少しの焦りが混じった柔らかい声が聞こえ、慌ててドアを開けると無事な私を見て目の前に立つ男性――兄のユリウス・セリンジャーがほっと肩を撫で下ろした。
「ティアの叫び声が聞こえたから何かあったのかと思ったけど、無事みたいだね。良かった。」
「ご心配おかけしてしまい申し訳ありません、お兄様」
「ううん、いいんだ。こうやって可愛いティアの顔を見ることが出来たし、得しちゃったのは僕の方だね。」
柔らかい笑顔を崩すことなく甘さたっぷりの言葉を吐く兄に、もう何度目かになる「甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」という叫び声を挙げそうになったのをゴクリと飲み込んだ。
この世界の人間はなんでこうも甘い言葉をサラッと口にするのか……。しかも照れる様子もなく。
この世界に生を受けて7年になるが、いまだに甘すぎる言葉には慣れない。前世ではもちろんそんなのゲームの中のキャラクター(しかも画面越し)にしか言われたことがないため免疫なんてある訳もなく、たとえそれが血の繋がったお兄様であったとしても私の顔は赤く染っているのだろう。
――ユリウス・セリンジャー、クリスティアと6歳年の離れた兄であり、セリンジャー侯爵家次期当主である。美しい母に似た容姿は男性とは思えない女性顔負けの美しさを持つ。
文武両道であり、学問、剣術、魔術、全てにおいて優秀な成績を誇る優等生である。特にこの世界で魔力を持っている人は少なく、さらに魔術を使える人はさらに少ない。それなのに使えるだけでなく優秀な成績を収めているのだが、本人はそれらの事を自慢するようなことは決してしない謙虚な人間でもあった。そんな素晴らしく優秀な彼だが、唯一の欠点があるとすればそれは妹のクリスティアに対しての『愛』だろう。
ユリウスは年の離れた実の妹のクリスティアをとても可愛がり、愛していた。それはもちろん彼にとっては家族愛の範疇だが、他人から見たらまるで恋人を大切にし溺愛しているように見えるほどだった。
それは彼の中の優先順位の1番が飛び抜けてクリスティアであるからであって、例えば婚約者が居たとして婚約者とティアのどちらか1人しか選べないと言われても即答で妹のクリスティアを選ぶほど彼女に対する優先順位は群を抜いて高い。そのため恋人に囁くような甘い言葉も、彼女以外には囁く事はない。そのせいで婚約者はいまだ無し。妹を愛しすぎているあまり、婚約の予定もないのが現状である。
彼にとってクリスティアは自分の命よりも大切な妹なのだ。……もう一度言おう、もちろんそれは家族愛の範疇で、である。
「もし何か悩みがあるなら、僕でよければ話を聞かせてくれないかな?僕の美しいティア」
「……ありがとうございます。でも大丈夫ですわ。お兄様のお気遣い嬉しく思います。」
「そうか。もし何かあればいつでも相談に乗るからね。遠慮なんてしなくていい、僕はいつでもティアの味方だよ。」
「ありがとうございます。私も大好きなお兄様の1番の味方ですわ。」
「それはとても頼もしいね。それじゃあ僕は部屋に戻るよ。おやすみ、僕の愛しいティア」
「おやすみなさい、お兄様」
お兄様の背中を見送りバタンと扉を閉じる。その瞬間ブワッと顔に熱が集中するのがわかった。実の兄妹でも心臓に悪い。お兄様から紡ぎ出される言葉は甘すぎるのだ。それが例え家族愛としての言葉だとしてもそのうちびっくりして私の心臓は止まってしまうのではないかと心配になる。
――なぜ攻略対象に劣らぬ美しさを持ち多方面にて優秀であるお兄様が攻略キャラに含まれないのかずっと不思議だった。でもそれは恐らくこの『家族愛』のせいだろうと今なら納得出来る。おそらくお兄様ルートを100周やってもハッピーエンドにはならないだろう。そんな超のつく鬼畜ルート……しかも悪役令嬢の事を溺愛していてヒロインには見向きもしないなんていう悲しすぎるルートは誰の得にもならない。いや、もしかしたら物好きもいるかもしれないけれど万人受けはしないだろう。
そう妙に納得できてしまい、お兄様の溺愛を受けている側としては勿体ない、ぜひ前世のゲーム内でその溺愛を受けたかったと思ってしまう。ただし心臓が持たないから現世ではなく、前世でだけど。
ちなみに、何が悲しいかな悪役令嬢である私、クリスティア・セリンジャーはキャラデザが無く、ゲーム内でも黒い影としての登場なのに対し、何故か攻略対象でもない兄のユリウス・セリンジャーはゲーム内にもその美しい容姿を登場させるのだ。
……おい、ゲームの制作チームよ。どうなってんだい。
なんて心の中で文句を言うが、もちろん言葉通り「いまさら」なのである。
まぁそんなこんなで、さっきまで悩んでいた殿下からの手紙の事なんてどこかに吹き飛んで、今はお兄様のことで頭がいっぱいだった。そのためその日私はふかふかのベッドで安らかな眠りにつくことが出来たのだった。
ただ、やはり甘い言葉はちょっとむず痒い気持ちが残るのだけれど……。
20210515
次回更新予定日は明日、5月27日です。
5月31日まで毎日1話ずつ公開します!
弟ウィリアムの登場はもう少し先になりそうです……
もうしばらくティアのフラグ回避にお付き合い下さい。