44.心臓がフル稼働しています。
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「姉上の好きな方は誰ですか」
なんだかんだで終了した殿下との茶会からの帰り道、馬車で揺られながら対面に座っているウィルは少し不機嫌そうに私に問いかけた。
その表情にいつもの柔らかい天使のような笑顔はなく、瞼を少し閉じて綺麗な瞳に影がかかっていた。
「あ、えっと…………」
「僕には言えないですか?」
どう言えばいいか言葉に詰まっていると、ウィルはこちらを見ることなく自嘲気味に笑った。
「違うの!そうじゃなくて……」
瞳に睫毛の影を落とす。
好きな人なんていないって、嘘だったと言おうと思うのに上手く言葉が出てこない。
もし、嘘つきだって言われたら?もし、それで嫌われたら?
さっきまでそんなこと思わなかったのに、2人きりになるとそんな不安が生まれてくる。
殿下やウィルのいる場で内心で吐いた『敵を騙すなら味方から』なんて言葉が、ウィルに対してあまりに失礼で酷い言葉だったと今更ながら理解に至る。
「姉上?」
ゆっくり落としていた瞳をあげると大きく綺麗な瞳と視線が交わる。つい見とれそうになるのをそっと逸らすと、呟くそうに声が漏れた。
「……嫌いに、ならない……?」
「嫌いに?」
「わたし、嘘をついたから……」
――それにあなたを傷つけたから。
いつの間にかウィルに嫌われる事がこんなにも怖くなっていた。ウィルは大切な家族で、大切な私の弟……だけど、なんでこんなに胸が苦しくなるのだろう。
嘘をついたと後ろめたさもあるけれど、それだけじゃない胸の苦しみに私は顔を歪ませた。
後から悔やむ事を『後悔』だなんて上手く言ったものだと乾いた笑いが零れそうになる。そして自分がどれだけ馬鹿なことを考えてしまっていたのか、今更ながら後悔する。
「嫌いになんてなりません。」
膝の上にギュッと握りしめて置かれた両手に視線を落としている私を余所に、ウィルは腰を上げると狭い車内の私の足元に膝をつき、私の手を取りそう告げた。
「姉上、僕はこの先何があっても姉上を嫌いになる事はありません。」
その言葉に鼻先がツンと痛み目に涙が浮かぶ。私の顔を下から覗き込むように見ているウィルの瞳と目が合えば私の目から落ちた雫がドレスのスカートにシミを作った。
「でもっ……、私はウィルに……」
ウィルに嘘をつく事を躊躇わなかった。自分の明るい未来の為だと平気で嘘をついた。
なぜそんな私をウィルは嫌いにならないと言える?
なぜそんな真っ直ぐな優しい瞳で私を見るの?
その優しさが余計に私の胸を苦しく締め付ける。
「姉上、お慕いしております。」
まっすぐに私を見る瞳は少しも揺らぐ事無く私の目を捉えている。だけど、すぐに目いっぱいに浮かんだ涙で視界は滲み始めウィルの顔がはっきり見えなくなる。
「例え、姉上にそのような相手がいようとも、僕は姉上の1番になりたい。」
ウィルの手が優しく私の頬に触れれば流れ落ちる涙をその優しい手でそっと拭われる。微かに良好になった視界にはウィルの私を慈しむような優しい笑顔が映る。
「どんな姉上でも僕は、全てが愛しいです。」
そう言うとウィルは流れるような動作で私の左手の甲に唇を落とした。
一体どこでそんなことを覚えたのだろうか。なんて考えが頭のどこか片隅で浮かぶが、それよりもウィルが今まで見せたこともないほど優しい顔で私を見ていることや、ウィルの顔が近い距離にある事が恥ずかしくなって、いつの間にか私の頬を伝っていた涙は止まり顔は熱を持ち出していた。
「うぃ、ウィル……?」
「はい。」
「あ、あの……近いわ……」
超近距離にある綺麗な顔に、余計に顔に熱が集まって行くのがわかる。1度も逸らすことの無いその優しい瞳に今にも爆発しそうな顔を私は急いで逸らす。
ひとつ間を開けてクスッと笑う声が聞こえると、すぐ近くにあったウィルの顔はゆっくりと離れていった。
「姉上、可愛いです。」
「えっ!?」
「ふふっ、驚いた顔も真っ赤な顔もとても可愛い」
甘くとろけるようなセリフに私が驚くと、ウィルは頬を緩めて再び甘い言葉を口にする。
さっきまで苦しかった胸は今はもう少しも痛くも苦しくもない。今はそれよりも、あまりの恥ずかしさに心臓が壊れそうだ。
「うぃ、ウィル……??」
「もう、遠慮はしません。」
「え……?」
「僕は貴女を1人の女性としてお慕いしております。」
その言葉に肩がビクッと跳ね上がる。心臓も大きく跳ね今にも飛び出しそうだ。どんどん早くなる脈に身体中が熱くなる。
一人の女性として……?
さっきまでウィルは、姉としての私を慕ってくれていると言っているのだと思っていた。
しかし今ウィルはハッキリと姉としてでは無く、一人の女性として私を慕っていると口にした。
それは、つまり……
と、そこまで考えてたどり着く答えはただ1つ。
――……告白
逸る心臓、どんどん上昇する体温、突然の事に呼吸は乱れるのに、どこか心落ち着く温かさが胸に染み渡っている。
しかし、脳裏に過る『嘘つき』の言葉に、ズキン、と胸に痛みが走った。
「で、でも私は……、ウィルに隠している事がたくさんあるわ……」
前世の記憶がある事、この世界がゲームの中の世界だという事、私はいつか断罪されるかもしれない事、このゲームにウィルは存在しない事、そして今ゲームの内容とは違う未来を進んでいるかもしれないという事。
今はまだ誰にも、ウィルにも言えない事がたくさんある。
だからなぜ私があんな嘘をついたのか、それをウィルに話す事は出来ない。それでも……
「それでも私の事を、好きだと言ってくれる?」
そう口にすればウィルはなんの迷いもなく「もちろんです。」と肯定するウィルに私は再び涙を流しそうになった。
好きな人はいない。でも、ウィルに対するこの気持ちは姉弟愛?それとも……
自分でも分からない感情がいつの間にか心の中で生まれていたことに驚いつつも、それでも今は温かく幸せな気持ちに包まれている。
「姉上が僕を一人の男として見てくれるよう、もう遠慮はしません。」
そう言ったウィルの顔にはさっきまでの優しい笑みはなく、真剣な表情でまっすぐに私を見ている。
しかし直ぐに顔を緩ませたかと思うと、ウィルは私の頬に再び片手を伸ばし優しく包み込む。そして蕩けそうな瞳でもう何度目かになる甘い言葉を甘い声で囁いた。
「だから早く、僕だけを見てください。」
「っ!!」
「その瞳に僕以外の誰も映したくない。」
初めて心臓がフル稼働している。なんて表現はおかしいのかもしれないけれど、手を伸ばした距離にいるウィルに私の心臓の音が聞こえてしまいそうなほど私の心臓は早く大きく仕事をしている。
「僕だけに姉上を守らせてください。」
懇願するように呟かれた言葉に私は今にもキャパオーバーしそうになるのをなんとか耐え、邸に帰るまでずっと言葉通り遠慮が無くなったウィルの一言一言に胸を高鳴らせるのだった。
20210704.
次回更新予定日は7月12日です。




