4.国王陛下直々の紹介は回避出来ません。
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「ほう、そちらが噂の……」
「はい、私の娘のクリスティアと申します。」
「初めまして、クリスティア・セリンジャーと申します。」
「噂に違わず可愛らしいお嬢さんだ。いやぁ、将来が楽しみだなぁ!!」
王家主催のガーデンパーティーに参加した私は父に連れられて挨拶回りをしていた。会う人会う人全員にカーテシー――片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままスカートの裾を軽く持ち上げる――で挨拶をすると、私を見たお父様よりも年上のおじさん達は楽しそうに笑いながらお世辞の言葉を口にする。
――あれから2年半、いつの間にか7歳になって半年が過ぎていた私はお父様に連れられて王宮主催のパーティに参加していた。数日前、お父様が「そろそろティアも一緒に行こうか」といつものにこにこ笑顔で私に言ったのが始まりだった。その言葉に私は満面の笑顔を貼り付けて「はい!」と答えたが、心の中は豪雪が吹き荒れていたのはここだけの話。
しかし、あの日『モブキャラになろう作戦』を立てて以来私は必死になって勉学に励んだ。ダンスレッスンも礼儀作法もマナーの授業も、もちろん学問も『普通の令嬢』になるために血のにじむ努力をしたのだ。
大は小を兼ねる。という言葉があるように、なんでも出来れば完璧な令嬢にもなれるし、手を抜いて普通の令嬢になる事も出来るというものだ。そのため、私は全ての礼儀作法をこの二年半で頭に詰め込み体に覚えさせた。
――そのせいで普通の令嬢とはかけ離れ、美しく他の同年代の令嬢から憧れられる存在になってしまったことにこの時のティアは気づいていない。
セリンジャー家は由緒正しい侯爵家で国王に忠誠を誓った家門である。父のホークス・セリンジャーは仕事に関しては優秀な人材であり国王からの信頼も厚い。……が、仕事以外の場面では空気の読めない男である。
しかし、やはりセリンジャー侯爵家当主だ、こういった正式の場の彼は柔らかい笑顔を浮かべ、まさにデキる男を具現化したかのような立ち振る舞いを見せる。
チラチラと感じる視線にも動じず変わらない笑顔で会釈をすれば顔を赤らめる令嬢が後を絶たない。そう。彼は容姿に関しても素晴らしいのだ。
スラッと細い体のラインは他の同世代の貴族の当主と並ぶと違いが一目同然である。薄茶色の切れ長の目にすらっとしていて高い鼻筋、口元にあるホクロはなんとも形容し難い色気を醸し出している。年齢よりも若く見える彼は若い時もかなり人気があったが結婚し妻子ができた今でもその人気は衰えることは無い。
……しかし1歩家へ足を踏み入れれば家族を溺愛している空気の読めないおじさんだ。とクリスティアは冷たく言葉を付け足すだろう。
そして本人は気づいていないが、クリスティアはそんな父親似の美少女である。
大きなぱっちりとした二重の目と透明感のある水色の瞳は母親似だが、髪色や輪郭、整った顔のパーツは完全に父親のホークス似である。何をどうしたらそんな美しい自分の容姿を『中の下……いや、下の上?』と思えるのか分からないが、少なくとも今日のお茶会の参加者の中でも1.2位を争う整った容姿の持ち主である。
他者からの視線に鈍感なのは誰に似たのか、チラチラと向けられる熱い視線にクリスティアは1ミリも気づいていない。
「ホークス」
次から次へと私の紹介も兼ねて挨拶をしていると後ろから父の名を呼ぶ低い声が聞こえた。その声に反応し、父同様振り返るとそこには他の人よりも豪華な服に身を包み威厳のある表情をしたお父様と同い年くらいの『強面おじ様』が立っていた。
銀髪の髪をオールバックにし、腕を組んでこちらに鋭い視線を向けるその表情はどこか空気をピリッとさせた。
「陛下。本日はご招待いただき誠にありがとうございます。」
「よい、楽にせい。それでそっちが噂の……?」
「はい、私の娘です。」
「クリスティア・セリンジャーと申します。お初お目にかかります、国王陛下……」
ピリリとした空気を感じているのかは分からないが、お父様は表情を少しも変えることなく笑顔を浮かべたまま『陛下』と呼んだ目の前の相手に挨拶をした。
お父様に視線で促されさっきよりも丁寧にカーテシーを取り挨拶をするが、その言葉はさっきとはまるで別人かのような楽しそうに笑う柔らかい声に遮られた。
「――そんな畏まらなくても良いぞ。私は君に会えるのをずっと楽しみにしておったのだ。ホークスは中々クリスティアに会わせてくれなくてな、拗ねておったくらいだ」
「えっ……?」
「私もティアと呼んでもいいかな?」
「も、もちろんです陛下」
「私の事はアッシュおじ様とでも呼んでくれ。」
「い、いえ……しかし……」
「気にしなくてよい。私には娘が居なくてな、ティアの様な可愛い娘を持つのが夢だったのだよ。だから気軽にアッシュおじ様と呼んでくれ。」
「大丈夫だよ、ティア。お父様と陛下は学生時代の友人でね、仲良しなんだ。」
陛下をおじ様呼ばわりなんて不敬に当たるのではないか。そもそも恐れ多すぎる。そう思いお父様に助けを求めると私の戸惑いが伝わったのか、 取ってつけた笑顔ではなく、いつもの柔らかい笑顔で大丈夫と頷かれてしまった。そうじゃない……っ!!!第一、陛下とお父様が学友って何??初耳なんだけど!!と心の中で叫びつつ、遠慮気味に「アッシュおじ様……」と陛下の名前を口にすると陛下――アッシュおじ様は満面の笑みを浮かべてから嬉しそうに優しく笑って見せた。
さっきまでのピリリとした空気は陛下の笑い声に飛ばされてどこかへ行ってしまっており、お父様と楽しそうに話を弾ませる姿にどちらかというと和気あいあいとした空気が流れる。
第一印象の『威厳があり、正面に立っていただけで圧力のある強面のおじ様』という印象はあっさりと『優しく楽しそうに笑うおじ様』へと変化していたのだった。
「陛下、お呼びでしょうか」
「おお、待っておったぞアル。ティア紹介しよう、私の息子のアルフレッドだ。」
アッシュおじ様の後ろに現れたのは綺麗な銀色の長髪をうなじで緩く一括りにしたアルと呼ばれた美少年――第一王子のアルフレッド殿下だった。
第一王子キタァァァァァァ!?!?!?
あまりの突然の登場に思いっきり首をグインと逸らしそうになったのを何とか堪えると、震える手に何とか力を入れてカーテシーの姿勢をとる。脳裏には『処刑』の文字がポポポンといくつも浮かび背中に冷や汗が流れるのが分かったが、グッと堪え挨拶の言葉を口にした。
「お初お目にかかります、アルフレッド殿下。クリスティア・セリンジャーと申します。」
「顔を上げてください、クリスティア様。クライシス王国第一王子、アルフレッド・フォン・クライシスです。噂の花にお会い出来て光栄です」
「噂の花、ですか……?」
「はい。噂よりもとても美しい花で驚いているところです。」
「勿体ないお言葉です。」
「本当ですよ?僕は嘘は口にしません。」
「…………」
――甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!
と、心の中で盛大に叫ぶ。声に出してたら喉がガラガラになっていただろうと断言出来るほどの声量が出たに違いない。ニコリと爽やかに笑った第一王子――アルフレッド殿下に私も取ってつけたような笑顔を返す。
……が、出来ればこれ以上関わりたくないのが本音である。散々『普通の令嬢』になろう!と計画を立ててきたのにここに来て国王直々に紹介されてしまっては確実に『モブキャラ令嬢』ではなく、少なくとも『顔見知りの令嬢』という立ち位置になってしまったのだ。
これ以上関係を深めたくはない。出来れば顔見知りの令嬢という認識のままでいて欲しい。天と地がひっくり返っても『婚約者』なんてものにはしないで頂きたいと切に願う。
「お父様、わたくし少し疲れてしまいました……」
「おお、そうか。ティアは今日が初めての参加だもんね。今日はこの辺で退散しようか。」
「良いのですか?お父様はまだアッシュおじ様とお話をしたいのでは……?」
「ティアは優しいのだな。ホークスとはいつでも話が出来るから心配するでない。それよりもティアともう少し話したかったくらいだな。また王宮に遊びに来て、おじさんの相手をしてくれるかい?」
「もちろんですわ。わたくしもアッシュおじ様とお話したいです!」
「ハハッ、ありがとう。次の機会を楽しみにしているよ。」
「それでは陛下、殿下、お先に失礼いたします。」
出来ることなら二度と王宮には来たくないです!!!なんて心の中でまたも叫びながらお父様と同じように私も挨拶をすると国王陛下にポンポンと頭を撫でられた。その事に笑顔を返すと国王陛下とアルフレッド殿下は他の招待客に挨拶回りをするためにその場を離れていく後ろ姿を見て思わず、ふぅ。と息がこぼれた。
「ティア、まだ気を抜いてはいけないよ。馬車まで堂々としているんだ。出来るかい?」
そんな私に気づいたお父様が優しく私を注意する。
他家に弱みを見せては行けない。ボロを出してはいけない。令嬢たるもの気を抜かず堂々と。令嬢としての立ち振る舞いの中で習った事だ。なのに、アルフレッド殿下から離れられたことについ気が抜けてしまったのは私の落ち度である。私はお父様に「はい!」と返事を返し再び気を引き締めて私たちは王宮を後にした。
「ティア初めてのパーティーはどうだった?」
「楽しかったです。でもお父様と国王陛下……アッシュおじ様がご学友だった事には驚きました。」
「あはは、言ってなかったね。今でこそアッシュは立派な国王陛下だけど、当時はイタズラ好きでね、よく一緒になって誰かにイタズラを仕掛けては怒られてたんだ。学友と言うよりは、悪友だね。」
「そうなのですね、お父様にも悪い時代があったのですね」
「あぁ、そうだね。マリアには内緒だよ、これは私とティアだけの秘密だ。」
「分かりました、お母様には秘密にします」
「ティアも学園へ通うようになれば色々な出会いがあるからね。きっと一生の友達を見つけられるよ。」
「それは楽しみですわ!」
……その学園の卒業パーティーで断罪されるんですがね。なんて言える訳もなく、満面の笑みを浮かべるとお父様も優しい笑顔を返してくれた。
アルフレッド殿下から一刻も早く離れたくて疲れたなんて嘘をついたのだけど、挨拶ばかりしていて気づかないうちに疲れていたらしく、馬車の揺れを心地よく感じ、夢の中に誘われるように眠りについたのだった。
20210515.
次回更新予定日は5月26日です。