34.【SS】兄様と秘密の約束(ウィリアム目線)
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兄様の授業参観へ行った時、姉上を口説こうとしていたユーリ様から姉上を守るため兄様は戦った。
剣を持ち軽々と操り、魔術を使い攻撃を仕掛け、最後は足で相手の剣を蹴り飛ばす。僕はその美しい戦い方に目を奪われた。
知らなかった、あんな戦い方があるなんて。
知らなかった、忌み嫌われた力があんな風に使えるだなんて。
知らなかった、僕が隠し続けた力が誰かを……何よりも大切な姉上を守れる力だなんて。
初めてだったんだ、守りたいと思った人は。
初めてだったんだ、そばにいて欲しいと願った人は。
僕は姉上に出逢って初めて、自分が欲深い人間だと知った。
姉上が僕に優しくする度に、この優しさを僕だけが知っていられたらいいのにと思った。姉上が笑う度に、僕だけに向けられればいいのにと思った。姉上の優しさも美しさも温かさも全部、僕だけのものならいいのに。この世界に僕と姉上だけだったらいいのに。誰にも姉上を見せたくない。僕だけが姉上の魅力を知っていればいい。
何時からかそんな事ばかりを考えるようになっていた。
初めて姉上と兄様と3人で街に行った時、2人の優しさがすごく嬉しかった。その姿が両親と重なって見えて、過去の幸せを少しだけ思い出した。
高級なお店は僕には居心地の悪さしか感じなくて、でも姉上も兄様も出来ないことを咎めたりはしなかった。
これからできるようになればいいと、2人はいつも僕に進むべき道を示してくれる。
姉上と兄様に恥じない者になりたい。もう二度と、養子だなんて馬鹿にされないくらい力をつけたいと思った。
誕生日の日の願い事はただひとつ『姉上を護れる男になりたい』だった。もう、姉上の後ろで守られるだけの僕は要らない。力が欲しい。全ての事から姉上を守れる力が。
強くなりたいと言えば、兄様は僕に
『強さとは力だけじゃない。守る為には知識も必要』だと、
『語彙を増やすこと。知識を増やすこと。現状を正確に把握すること。その上で戦術を組み立てること。強さとは力だけでなく、頭も必要である。誰かを守りたいなら血のにじむ努力をしろ。』そう教えてくれた。
だから僕は懸命に勉強した。知らない事だらけの僕は誰よりも努力する必要があった。
普段の兄様は優しい。姉上に対しても僕に対しても変わらない愛をくれる。
しかし、兄様に初めて教えを乞うた時、兄様の素顔を知った。
「ウィル、約束して欲しい。」
真面目な顔で話し出した兄様の言葉に耳を傾けると、兄様はゆっくりと口を開いた。
ティアを守りたいなら心身共に強くなること。
貴族として笑顔を絶やさないこと。
他人の前では本心は隠し必要に応じて使い分けること。
ティアの前では裏表のない普段のウィルでいること。
そう言った兄様の目はいつもの柔らかいものではなく、少し冷たく見えた。
「強くなって誰かを護るためには優しいままじゃダメなんだ。1つの油断が大切な人を傷つける。たった一度の駆け引きで全てが無くなる。剣だけでも頭脳だけでもない。両方を使いこなし、時には誰かを切り捨てる。それがウィルにできるかい?」
その問いに僕は迷うことなく兄様の目をまっすぐ見たまま「出来ます。」と答えた。
僕は持っている。暗く残虐な心を。あの2年間の支配されていた心はいつの間にか僕の中で静かに形を変えて僕の心の片隅に確かに存在していた。
「きっと、ウィルも僕と同じで持っているよね。大切な人のためなら平気で敵になる人物を排除できる心を。それをコントロール出来るようにするんだ。」
「……兄様も持っているのですか……?」
僕の知っているセリンジャー家は幸せな家族そのものだ。なのに、兄様も僕と同じ暗く冷たいこの心を持っているとは思えなかった。
だけど、兄様は「あぁ、持っている」と真っ直ぐに僕の目を見て答えた。その目は確かにそれを知っている目だと思った。
これまで知識をつけた。国の情勢や敵対貴族、派閥問題やその貴族の持つ力の大小、戦争における戦術や隣国との関係。
家庭教師が教えてくれないような部分は、午後、学園から帰ってきた兄様にお願いして教えてもらった。
必要な知識を自分の武器のひとつとして取り込んだ。
もちろん知識だけではない。貴族として生きていくのに必要なマナーや礼儀作法、ダンスレッスンなんかも同時に行った。
僕のせいで姉上や兄様が恥をかかないように。僕のせいで2人が嗤われないように。
早く剣術を習いたいと言ったら兄様は、焦るな。と一言だけ僕に言った。
焦っているつもりはなかった。でも一日のほとんどを家庭教師か兄様との勉強に費やしていて、姉上がお菓子を持ってきてくれたのにたった半刻ほどのお喋りだけで、勉強があると突き放すような言葉を言ってしまった事に姉上の悲しげな笑顔を見て初めて気がついた。
悲しませるつもりはなかった。ただ、姉上を、姉上の優しい笑顔を護れる男になりたかった。なのにそんな姉上の笑顔を自分が奪ったのだと理解した時にはもう遅かった。
兄様の『焦るな』の言葉の意味をこの時やっと僕は理解した。
「目的を見失うな」と兄様から叱責を受け、自分がどれだけ周りが見えなくなっていたのかを知った。
その日から僕は姉上との時間を大切にするようになった。毎日姉上と話をして、姉上の笑った顔を見て、僕の守るべきモノをしっかりと心に刻んだ。
これが僕の護っていくべきもの。護りたいと強く願ったものだと、もう目的を見失わないために。
街で流行っていると言う怖い話を聞いても本当は怖くなんてなかった。こんな話よりも怖い事なんてもっと沢山知っているから。たかが作り話。でも姉上は肩を震わせて兄様にしがみついている。
そんな姿もまた愛おしくて……、僕は卑怯者なのかもしれない。
姉上は僕の手を取ってくれる、と僕は知っているから。
ひとりが怖いだなんて嘘。
怖くて眠れないだなんて嘘。
でも今はまだその行動が許されるから。
天気の悪い日は特別な日。
姉上と一緒に寝れるから。ギュッと繋がれた手は温かくて優しくて。
呼吸を一定に整えれば、姉上も安心してその綺麗な瞳を閉じる。それからゆっくりと目を開ければ姉上の綺麗な顔をいつまでも近くで見れるから。
天気の悪い日は特別な日、姉上を独り占めできる特別な日。
あと数年もすれば一緒に寝るなんて許されなくなるだろう。だから今だけ。今だけは、こんな卑怯な僕を許して欲しい。
20210608.
次回更新予定日は6月24日です。




