31.お兄様の初めて見る素顔。
ブックマーク&作品評価ありがとうございます!
「それでは只今より、ユーリ様とユリウス様の模擬戦を開始致します!それでは……始めっ!!!」
審判の合図の瞬間激しくぶつかり合う剣がキイィィィンと音を立てる。
そして両者共に後ろへ引き、兄様は手を前へ出して魔術を発動させるとその瞬間目に見えない風の刃のようなものがヒュンと風を切りユーリ様の方へ飛んだようだがユーリ様は難なくそれを避ける。
そして一瞬でお兄様の間合いに入り下から剣を振り上げるがお兄様も難なくそれを躱す。
そんな二人の身のこなしに観客からは小さく歓声が上がるのだった。
――遡ること数分前。お兄様の「真剣勝負をしよう」の言葉にユーリ様も乗り気になり、そのまま模擬戦を仕切っている先生に話を付けに行き、魔術、剣術、体術何でもありの模擬戦が急遽決まったのである。
ルールは至ってシンプルで、どちらかが負けを認めるか、両膝を地面についたら負けというものだった。
先に行われていた模擬戦が終わると、お兄様は私とウィルを1番見やすい貴族席のソファーに案内し座らせ、広場の中心へと足を進めた。
そして今、お互いに剣を握った状態で始まった模擬戦は、模擬戦にしてはレベルが段違いの戦いが目の前で繰り広げられていた。
そりゃそうだ。魔術を使った戦いなんてそうそう目にできるものでは無い。しかも、知らなかったけれどユーリ様も魔術の使い手らしくお兄様ほどではないが、所々で魔法を発動させて攻撃している。
簡単に言ってるように聞こえるかもしれないけれど、攻撃魔法が使える人は魔力を持っている人の中でも極わずかしかいない。
ほとんどの人は自分の持つ属性の初歩中の初歩――超弱火の火を指先に出せるだけとか、小さな氷を作れるとか、土ボコを作れるとか、弱い風を起こせるとか――しか使えない。
今の話を聞いてわかるように、ほとんどの人は攻撃魔法なんて使えないのだ。つまりユーリ様も相当の魔力量を持ち魔術を操れる能力を持っているということ。
……人は見た目によらない、とはこういう事か。と思ってしまうのも無理はない。
お兄様は風属性を持っているが、ユーリ様は恐らく火属性だろう。小さな火の玉がさっきからお兄様に向かって飛んだり、何時でも飛んで行けるように宙に浮いたままふわふわと待機している。
属性だけの有利で言ったら火属性のユーリ様だろう。
しかし今押しているのはお兄様に見える。
「兄様、かっこいい……」
「そうね。私も初めて見たけれど戦うお兄様もかっこいいわね」
隣に座っているウィルは食い気味に目の前で繰り広げられている戦いを見ている。そして小さく呟いた言葉に私も肯定すると、ウィルは少しだけ綺麗な瞳に影を落とした。
「姉上は、魔術が使えた方がかっこいいと思いますか……?」
視線を下に落としたままゆっくりと吐き出された言葉には不安の気持ちが入り交じっているのかどこか弱々しい。
「兄様は、魔術も、剣術もできて、とてもかっこいいから……」
弱々しく吐き出された言葉は直ぐに空気に溶けてしまう。
小さな体が今はよりいっそう小さくなっているように見える。小さな手はぎゅっと握り締められ少しだけ震えているようにも見える。
「確かにお兄様はかっこいいわ。でもそれはきっと魔術が使えるからでも、剣術ができるからでもないと思うの。」
「……え?」
「お兄様がかっこいいのは特別な力を持っていても驕らず、強くなろうと努力したからだと思うの。」
お兄様の魔力量はこの国でもトップレベルであり、周りからは天才だと持て囃された。しかし、その膨大な魔力は制御出来るようにならないといつか身を滅ぼすとも言われていたらしい。だからお兄様は血のにじむ努力をした。この力で大切な人を傷つけないように。この力でいつか大切な人を守れるようになる為に。
「きっと、ここにいるほとんどの人が魔力を持つお兄様やユーリ様をかっこいいと思っているわ。でも私は、誰かを守る為に力をつけ、誰かを守る為に力を使うお兄様だからかっこいいと思うの。」
「誰かを守るために……」
「私は剣も魔術も使えないけれど、でももしウィルやお兄様に何かあれば私が守りたい。きっとその思いが人をかっこよく見せるのね。」
「そっか……そうですね。僕も、強くなりたい。兄様のように。姉上を守れるように。」
ウィルの真っ直ぐと前を向いた瞳に私は安堵する。
王子の時もそうだったけど、ユリウスお兄様と比べると誰でもコンプレックスに感じてしまうのは仕方ない事だと思う。
でも、だからといってお兄様を『天才』の一言で片付けて欲しくないと思った。お兄様が勉強を頑張っている事も、剣の稽古を頑張っていた事も、魔力をコントロールするために見えない所で努力していた事も私は知っているから。
特にウィルには知っていて欲しかった。家族だから。私には私なりの大切な人の守り方、お兄様にはお兄様なりの守り方、ウィルにもウィルだけが出来る守り方があると知って欲しかった。
と、その時これまでより一段と大きな歓声が上がり私も顔を上げると、目の前には涼しい顔をして手を差し伸べているお兄様と、悔しそうにその手を取って立ち上がろうとしているユーリ様がいた。
その光景をみて、お兄様が勝ったのだとひと目でわかった。
その結果にウィルもキラキラと目を輝かせている。
制服をパパっと整えたお兄様とユーリ様は剣を返しこちらへ歩いてくる。そんなお兄様に向かってウィルはソファーから立ち上がり走り出した。
お兄様の元へ駆けつけたウィルはなんだか楽しそうにお兄様に話しかけていて、お兄様もウィルの頭を撫でながら話をしている。
そんな2人を置いて先に私の元へ来たのはユーリ様だった。
「あーくそ、やっぱりユリウスには勝てねぇなぁ」
頭をガシガシと掻きながらそういったユーリ様は少し悔しそうにしながらも、どこか嬉しそうだ。
「これまでもお兄様と勝負されたことが……?」
「しょっちゅうな。今のところ168戦168敗。でもいつか、絶対勝ってやるって思ってるんだ。」
168戦っ!?
サラッと言ってるけど、かなり凄いよね……?
連勝してるお兄様もだけど、負けても何度も挑んでるユーリ様も凄い……。
お兄様は強いから。だから、言わないだけで妬み恨みはかなり多いと思う。
侯爵家にうまれ、剣の腕もあり、頭もいい。そして特別な力も持っている。だから表面上では良い関係を築きたいと近づいてきていても、裏ではそんな完璧なお兄様をよく思ってない人も多いだろう。
そして、お兄様に対してコンプレックスを抱いて離れて行ってしまう人も少なくないと思う。だから心配だったんだ。いつかお兄様が1人になってしまうのではないかと。お兄様の努力を認めず、みんな離れていってしまうのではないかと……。
「心配しなくていい。俺はあいつを1人にはしないよ。」
私の考えが分かったのか、頭に手を軽く置き優しく笑ったユーリ様に私は安心感を覚えた。
この人はきっと、嘘をつかない。
なんの根拠もないけれど、そう思った。
「ありがとうございます、ユーリ様」
「いえいえなんのなんの。俺が勝手にあいつを尊敬してるだけだから。」
「ふふっ。ユーリ様がいて下さるなら心強いですわね。」
そう笑うと頭の上にあったユーリ様の手は私の頬へと降りてくる。そして私と同じ目線に腰をおったユーリ様の顔がぐんと近くなる。
「クリスティアさえ良ければ、俺がずっとそばに――って痛い痛い痛い!!!ねぇ、ユリウス痛いよ!?!?!」
「ユーリ?僕のティアに何をしているのかな?」
「いやぁ、ユリウスのいない間に口説こうかと……って痛い!!痛いって!!!ちょ、ねぇ!攻撃やめて!?」
近かった距離もあっという間に離れて、少し遠くでユリウスお兄様とユーリ様が言い合いしている姿がなんだか微笑ましい。
初めて見るお兄様の一面に私はクスッと笑いを零したのだった。
20210601.
次回更新予定日は6月21日です。