22. お兄様に嫉妬したからお菓子を作ろう。
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ウィルの誕生日パーティーから数日。以前は言葉をよく詰まらせていたウィルも最近では言葉を詰まらせることなく、しかも自分から話しかけてくれるようになった。
さらに、もう私の後ろに隠れて人からの視線から逃げるようなことはせず、私の隣に並ぶようになった。
元々の彼自身の性格もあるだろうが、ここまで急成長されてはなんだか少し寂しいのは言うまでもない。
きっとこれが子の成長を喜びつつ、親離れされることを悲しむ母親のような気持ちと同じだろう。しかし子の旅立ちを喜ぶのも親の務め。なんて、思うもののやっぱり寂しいものは寂しいのである。
さらに私がそう思う原因はもうひとつある。
「兄様!!」
廊下を歩いていると目の前にユリウスお兄様の名を呼び駆け寄るウィルの姿が目に入る。
そんなウィルの姿に私は小さくため息を吐いた。
そう、もうひとつの原因、とはユリウスお兄様である。もちろん、ユリウスお兄様は私も大好きであるが、しかしそれとこれとは話が別である。
最近、ウィルはユリウスお兄様に付いて回るようになった。
ここ数日でウィルはお父様にお願いして以前より家庭教師の勉強の時間を増やしたと言っていた。そのためお兄様が学園に行っている間のほとんどの時間をウィルは勉強の時間に設定していた。
そしてお兄様が帰ってきた後は大体お兄様の傍にウィルがいるのだ。
つまり、私との時間がすこぶる少ないのである。
ついこの間まで私の後ろにくっついて、『姉上』なんて呼んでくれていたのに、今はそれを全部ユリウスお兄様に取られてしまった。
ユリウスお兄様の事は大好きだけど、それでもやっぱり嫉妬してしまう。
しかし、たまに見かけるウィルが以前よりも笑顔が増えた事は素直に良かったと思う。
女の私よりも男同士の方が話せる事も多いだろう。悩みなんかも同性の方が相談しやすい。
それに、私の後ろについてばかりで、私がウィルを守り続けるのもウィルの教育にあまり良くないのも事実。
今ウィルは成長しているのだ。自分の力で前に進もうとしているのだ。それを私の我儘で邪魔してはいけない。
……つまり、複雑な心境なのである。
と、まぁそんなこんなで私には暇な時間が増えてしまったのだ。これまではウィルとお菓子を食べたり、色々な話をしているうちにあっという間に時間が過ぎていた。しかし急に暇になってみると、ウィルが来るまで私はどんな生活をしていたか思い出せないのだ。それくらいウィルと過ごした時間が濃いということだろうけども。
自分の部屋に戻り、うーんと頭を唸らせる。考えても考えても私の案にはウィルが必ず着いてくる。どうしたもんか。
フラグ回避方法を考えようにも、びっくりするくらい平和なのである。……が、そういうことを考えた時に限ってフラグが立ってしまうから考えないようにしよう。
出来ればこのまま死ぬまでずっと平和でいて欲しいのだ。というより平和でありたいのだ。
そうなると本当にやることが無い。
悩みに悩むこと数十分。
小腹が好き始めたのを感じ、お菓子を作ろう!と急に思い立ち私はキッチンへと向かった。
「ヴィーおじ様!」
キッチンの扉を開けると見知った人が居て声を掛ける。
白いコック服に身を包んだ、ちょいワルオヤジみたいなこの人は私の家の料理長で昔からよく内緒でお菓子をくれるヴィーおじ様だ。おじさんじゃなくて、おじ様なのは、なんかそっちの方がしっくりくるからというだけの理由。
私の声に振り返るとヴィーおじ様は私の方を振り返り片手を上げた。
「よぉ、クリスティア嬢じゃねーの。どうしたんだ?」
「お菓子を作りたくて、一緒に作ってくれないかなぁ?って思ったの!」
「んー、菓子作りかー……、まだ危ねぇんじゃねぇの?」
「ヴィーおじ様、私もう8歳、ですわよ?」
「えっ!?お嬢いつの間にそんな育ったんだ!?」
「一体何歳だと思われていたのです?」
「いやぁ、俺の中のお嬢は5歳くらいで止まってたわ。いやーびっくりびっくり。まぁそれならいいか。そのかわり、ちゃんと俺の言うこと聞けるか?」
「もちろんですわ!よろしくお願いします」
ヴィーおじ様の中の私はまさかの5歳児だったことに少し驚きはしたが、お菓子作りを許可されたことにとりあえずホッとする。
ヴィーおじ様は元冒険者で当時はかなり名を馳せていたらしい。しかし怪我を機に引退しその後何故か料理の世界へ。そして色々なところで修行し縁あってこの家の料理人として働くようになったらしいけど、見た目のタイプが違うとはいえ、お父様と同じくらいの年齢のはずなのにこの屋敷に務めて15年超えと言うから不思議である。一体何歳の時に名を馳せたのだろうか……。ある意味セリンジャー家七不思議のひとつかもしれない。
……もちろん、そんな七不思議ないんですけどね?
私もお兄様も物心着く時には、ガハハと笑い大きなゴツゴツした手で頭を撫でられ今と変わらない言葉遣いで話しかけれていたため彼の言葉遣いに対して不敬だとかは今更すぎて何とも思わない。
なんならお父様に対してもこんな感じだし、私が知らないお父様との関係があるみたい(?)だからあまり突っ込まないようにはしている。
ただ、年齢的にも相当若い頃から冒険者として有名になってたんだと思うけど、全然想像つかないんだよね……。
昔話してくれたおじ様の話によると、細マッチョのイケメンでクールで強くて、それはそれはモテたとか。
……………うん。想像つかないよね。絶対話盛ってるよね。って思った事はもちろん内緒である。
とりあえず笑顔で「ヴィーおじ様は今もかっこいいですー!」なんて当時の私は褒めていた。
なんて出来る子だったの、私!!!
と、まぁそんなこんなで良好な関係を築いてきたおかげで、これまでは許可されてなかったお菓子作りに許可が出たのだ。
なんて思っているうちにどこから持ってきたのかドレスが汚れないようにエプロン……というよりは、大きな男性用のシャツのような物を頭からズボッと被せられて「はい、手通せー」なんて言われるがままに手を通した私を見てヴィーおじ様は満足そうに頷いた。
「お嬢のサイズのものは無いからよ、だからと言って服汚す訳にはいかねぇし、ちゃんと洗濯してあって綺麗なやつだからよ、今日はそれで我慢してくれ!」
いや、気遣いは有難いよ?有難いけど……着せ方よ??
さっき8歳だと言ったはずだけど、ヴィーおじ様の中での私は未だに5際のままなのでは?と疑問に思わずにはいられない。
だって、さっきのどっからどう見ても、幼稚園児のお着替えの光景そのものだったもの!!!
はいばんざいして~、頭だすよ~?手は通せるかな~?じょうずだねぇ~!上手に着れました~!パチパチパチパチ……
って感じだったよ???
ねぇ、私見た目は8歳だけど、前世の年齢足したらまぁまぁいってるからね??なんて言える訳もなくとりあえず笑顔で「ありがとうございますっ!」と、お礼を伝える。うん。やっぱり私はできる子だ。
「よし、じゃあやるか!お嬢は何を作りたいんだ?」
「そうですね……、クッキーを作りたいです!」
「クッキーか、いいんじゃねーか。そんなに難しくもねーしな!」
そう言うとヴィーおじ様は慣れた手つきで材料を机の上に取り出していく。
ウィルが好きだと言っていたクッキー。もちろん、ウィルのお母様の手作りクッキーには敵わないだろうけど、以前沢山お菓子を持ってウィルの部屋に遊びに行った時クッキーが一番好きと言っていたから、少しでも喜んでくれると嬉しいな、と思ったのである。
まぁ、前世で何百回とクッキーなら作ったことがあるし、この世界では初めてのお菓子作りだし、簡単だしって理由と、ユリウスお兄様ばかりではなくクッキー効果で私の相手をしてくれないかなー?なんて邪な理由もあるんだけど。
そんなことを考えながら石鹸で手を洗って流し終わるとヴィーおじ様は必要な物を全て準備し終わったようで私を待っていた。
――この男、できるっ!!!
なんて冗談半分に思いながら手を拭いておじ様の元に駆け寄るとテーブルの下の足元に小さな踏み台が用意されていた。
あれぇ……?冗談抜きでヴィーおじ様できる男じゃない???
大雑把な性格に見えて実は色々なことに気づけるんです。なんて、ギャップもいいところよ!
見た目超怖い人が夢の国にいて、可愛いカチューシャなんか付けてたら好感度爆上がりの法則と一緒で、割とマイナスから入った人のいい面を見ると棒グラフが急上昇するあれよ。まさにそれ。
……モテてたって話もあながち嘘では無いかもしれない。……もちろん、イケメンだったって言うのはちょっと横に置いといて、だ。
「ヴィーおじ様材料の準備ありがとうございます!あっという間に揃えてしまうのは、さすが料理長ですねっ!」
「まぁな、これでもここに17年もいればこんなもんよ。お嬢も俺が何も言わなくてもちゃんと手を洗うのは偉ぇなぁ!見習い料理人の初日よりしっかりしてらぁ!」
「人に食べて頂くものですもの。当たり前ですわ!」
なんて言うと安定のガシガシと頭を撫でられるわけで、でも見た目や大きなゴツゴツした手の割に痛くないのもおじ様の気遣いだろう。
ひとつ気づけばどんどん出てくるおじ様のいい所。
……なんでまだ結婚してないんだろう?なんて思ってしまうのは仕方ない気もする。
だって、ちょいワルオヤジだけど、別に見目が悪い訳では無い。口調もガサツだけど、楽しい人だ。さらに意外とこんな気遣いのできる人だ。実は婚約者がいます。とか、実は使用人から人気があります。なんて言われたら今なら信じてしまうだろう。
うーん……セリンジャー家七不思議、2つ目、である。
20210528.
次回更新予定日は6月12日です。




