20.ユリウスの本性。(ユリウス目線)
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「ただいま戻りました。」
クリスティアとウィリアムと出かけた街から帰ってきたことを報告しに1人で食事部屋に行くと張り切った様子で部屋を飾り付けしている両親が明るい声で「おかえり」と言うが、ユリウスの真面目な表情を感じ取り、父のホークスは表情を強ばらせた。
「父上、報告がございます。少々お時間頂いてもよろしいでしょうか。」
ユリウスがそう言うと「わかった。」とホークスは呟き、残りの作業を妻のマリアと使用人たちに任せてユリウスとホークスは共に部屋を出てホークスの執務室へと移動する。
「それで?何があったんだ?」
対面式のソファーに向かい合うように座ると、ホークスは静かにユリウスに尋ねた。
「本日、街のカフェで休憩していたところハーバル伯爵令嬢のモーリス様と遭遇しました。その後、彼女のウィルに対する失礼な発言や態度をティアが指摘した所、ハーバル伯爵令嬢はティアに手を挙げようとしたので止めに入りましたが……」
「――っ!?ティアは!?無事なのか!?」
「はい。ティアにもウィルにも汚い手を触れさせてはおりません。」
「そうか、2人が無事でよかった。ユリウスよく護ってくれた。」
「いえ、それが僕の兄としての務めですので。しかし、それでも彼女は自分の過ちを理解していませんでしたので正式に抗議させていただく旨をお伝えさせて頂きました。」
そこまで言うとホークスは、呆れ半分で、はぁ。とため息をついた。一瞬、自分がいながらも問題を起こしてしまった自分に対してかとユリウスは思ったが、面倒くさそうに呟いたホークスの言葉によりその溜め息が自分に向けてでは無いことを悟りユリウスはホッと胸を撫で下ろした。
「そうか……ハーバル伯爵家か。」
「何かございましたか?」
「いや、あの家はどうも裏で色々やってるようなんだ。まだ調査中だから私も詳しいことは言えないがね。」
「そうだったのですか。」
「まぁ、前々からハーバル伯爵の自分の身分をちゃんと理解していない横柄な態度は貴族の中でも問題視されてきてたんだ。正式に縁を切れる理由が手に入ったのはちょうど良かった。」
「娘のモーリス令嬢とは学園の同級生ですが、彼女の良くない噂もよく耳にします。まぁ、頭の悪い令嬢という噂の方が多いですが。」
「おや、奇遇だねぇ。僕もハーバル伯爵の頭が悪いという噂をよく耳にするよ!」
そう言ったホークスはとても楽しそうに笑顔を浮かべている。反対にユリウスは普段ティアには見せない、冷たい表情をしていた。
ユリウスは元々冷酷な人間であった。セリンジャー侯爵家の第一子で長男として生まれたユリウスは幼い頃から跡取りとして育てられた。そのため、遊ぶということをした事はなく、毎日勉強や剣術などの訓練に時間を費やしていた。ユリウスは特別な子だった。この世界で珍しいとされる魔力を生まれつき持っていたのだ。さらに魔力量は膨大で、ユリウスは魔力をコントロールする訓練も常に受けていた。それはもう大層厳しく教えられたのだ。
父のホークスも母のマリアも優しい人たちである。そんな両親に育てられているのに、ユリウスは笑うことを覚えなかったのだ。それもそのはず。ユリウスは自分より優秀である事を逆恨みされ教育という名の体罰を家庭教師から受けていたのだ。
そのことに両親が気づいたのはユリウスが家庭教師に魔術を使って反撃した時だった。酷く傷ついた体でホークスの執務室へと乗り込んできた家庭教師はユリウスにやられたと騒ぎ倒したのだ。しかし、よくよく確認するとユリウスの体の見えない至る所に傷が付けられていて、普段から家庭教師による体罰があった事が判明した。
ユリウスはその時自分を優しく抱きしめながら涙を流した両親の温もりを生涯忘れる事は無いだろう。
家庭教師はもちろん解雇。さらにユリウスにしてきた事を正式の場で裁かれ今はどこで何をしているか、生きているかさえ分からないが、そんな事はどうでもいい。ユリウスはその後も笑顔を見せることの無い、冷酷な性格の人間に成長してしまったのだ。
しかし、その後生まれたクリスティアによってユリウスは少しずつ変化を見せるようになった。
小さな手で、天使の様な笑顔でユリウスに笑いかけるクリスティアにユリウスは初めての感情を抱いたのだ。
胸の奥がむず痒いような、不思議な感覚にユリウスは戸惑った。
しかし、6歳年下のまだ寝返りさえも出来ていなかったクリスティアが、いつの間にか、にーにー、と自分の事を誰よりも先に呼んでくれるまでに成長し、ハイハイ出来るようになると自分の後ろを常に着いてきて、振り返れば笑顔で自分を求めてくれる。
ユリウスにとって、クリスティアは自分の冷たく凍った心を溶かしてくれる天使、そのものだったのである。
なにか特別な事があったわけじゃない。ただ、笑顔で自分を求めてくれる。ただそれだけのごく普通の当たり前のことがユリウスの冷たく凍った心を溶かしたのだ。
それからのユリウスはよく笑顔を見せるようになった。そして、クリスティアを溺愛するようになったのである。
しかし、やはり根本の性格は変わらないようで、ユリウスは上手く使い分けていただけなのである。
両親や、妹のクリスティア、セリンジャー家の使用人達……とくに、クリスティアには常に優しく穏やかに愛情たっぷりで接した。それはもう最愛の恋人を大切にするかのように接したのだ。それくらいユリウスにとってクリスティアは大切な存在だった。
しかし、それ以外の者にユリウスは興味を持たなかった。そのため、他の貴族との交流のパーティーなどでは笑顔を貼り付け紳士を演じ、自分や自分の護るべき者に害を与える輩は平気で排除する。
クリスティアは知らなかったが、ユリウスとはそんな人間だったのである。
今回、クリスティアやウィリアムがその場にいた事で、ハーバル伯爵令嬢に対してあの程度で済ませたが、本来ならばその場で始末――魔法を使って二度と人前に出れない容姿に――していた事だろう。
それくらい、ユリウスは弟のウィリアムを馬鹿にされた事、妹のクリスティアに手を挙げようとした事に怒りを感じていた。
「すぐにこちらからハーバル伯爵家には手紙を送ろう。それから、陛下にもこのことを報告しなければならないね。」
「はい。彼女には二度と私たちの前に顔を出せないほど……いえ、二度と外を歩けないほど重い罰を与えて頂きたいと思います。私の妹弟に手を出した事を後悔させてやります。」
「そうだね。陛下もティアを気に入ってくれているようだし、ハーバル伯爵家の悪事も明らかになればきっと重い処罰を与えてくれるだろう。後は私が全て引き受けよう。それでいいかな、ユリウス。」
「はい。よろしくお願い致します。」
ホークスに軽く頭を下げたユリウスだったが、内心では自分の手で始末したい衝動に駆られていた。しかし、そうなれば彼女達に罰を与えることも、社会的制裁を受けさせることも出来なくなる。自らの手で二度と外を歩けないような顔にすることも出来るが、それよりも社会的に死に、周りからコソコソ陰口を言われながら生きていく方が貴族としてのプライドが高いハーバル伯爵令嬢にとっては辛いだろうとユリウスは考えた。
しかし、もし制裁を与える前に逃げでもされたらその時は……と、ユリウスはティアには見せられないような冷たい笑顔でわらったのだった。
20210525.
次回更新予定日は6月10日です。