19.家族を馬鹿にするのは許しません。
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「お話のところ失礼致します。わたくしハーバル伯爵令嬢のモーリスと申します。セリンジャー侯爵家ユリウス様、クリスティア様、ご機嫌よう。」
楽しく今日の感想などをウィルから聞きながら色々な話をしていると、突然ピンクのヒラヒラしたドレスに身を包んだお兄様と同い年くらいの女の子がお付きの人2人を連れて私たちのテーブルに近づき挨拶をした。
誰?と思ったが、お兄様は面識があるようで椅子から立ち上がり軽く挨拶をする。
「お久しぶりです、ハーバル様。僕たちに何か御用でしたか?」
「いえ、ユリウス様とクリスティア様をお見かけしましたのでご挨拶をと思いまして。」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。僕達は今楽しく話している途中ですので、挨拶はこれ」
「――ユリウス様方は本日はどうしてこちらに?」
椅子を正して座ろうとしたお兄様の言葉を遮ってハーバル様と呼ばれた令嬢は話を続ける気だ。
にしても……自分より身分の上の人の言葉を遮るなんて失礼過ぎません?それに、店の中だと言うのに周りのお客さんに気を遣えないあたり相当自己中心的な性格をしてらっしゃるのだろう。
などと刺々しい言葉を内心で呟いても、目の前の令嬢の瞳にはお兄様しか映っていないため1ミリも気づかれる様子はない。
「……街を見て回っていたんです。」
「そうなのですね!今度はぜひわたくしとも回ってくださいますか?」
「……僕がですか?僕なんかがハーバル様をエスコートなんて勿体ないです。」
「そんなことございませんわ!ぜひお願いしたいです。」
「……そうですね、恐らく無いとは思いますが、機会がございましたら。」
……何故だろう。お兄様の言葉にもほんの少し棘が見える気がする……が、相手の令嬢は気にしていないのだろう。お兄様の貼り付けた笑顔の後ろから黒いオーラが溢れだしているのに気づいたのは、おそらく私だけではないだろうか。
すると明らかに話を終わらせようとしているお兄様から視線を逸らし、その視線はやっと私とお兄様の隣にいるウィルへと向けられる。
しかし私のことは知っている様だったから直ぐにその視線から外れ、令嬢の目線はウィルだけに移された。
「失礼ですが、そちらの方は……?」
「あぁ、彼は弟のウィリアムです。」
「さよう、ですか……。失礼ですがセリンジャー侯爵家に二男がいらっしゃるとは初耳ですが……」
「はい。先日我が家の養子として迎え入れました。なのでご存知なくて当然です。」
「そう、でしたの……。」
明らかに見下すような冷たい視線をウィルに向けると、さっきまで笑顔を浮かべていたウィルの顔は強ばり再び視線を落としてしまった。
「いくらご兄弟になられたとはいえ、養子の方と同じテーブルを囲むだなんてユリウス様もクリスティア様もお優しいですわね。」
その言葉に後ろのお付きの人がクスクスと笑うのが目に入る。
百歩譲って悪気は無いのか、逆に悪意全開の言葉なのか……いや、この感じだと100%後者だろう。家族をバカにされたことに対し腹ただしい以外の言葉が出ない。
自分の身分の方が上だと言わんばかりの視線と言葉でウィルを見下すこの女の顔を今すぐ引っぱたいてやりたい衝動に駆られるも、グッと抑え私は静かに立ち上がった。
「初めまして、ハーバル伯爵令嬢モーリス様。わたくしユリウスお兄様の妹のクリスティアと申します。そして私の隣に座っている者は、先日私たちのきょうだいとなりました、ウィリアム・セリンジャーです。」
【セリンジャー】と言う部分を強調してウィルを紹介するが、目の前の女性は頭がかなり弱いらしく、はぁ。だから?と言った態度を取る。それにはさすがの私も、呆れて吐いたため息が隠せなかった。
「……はぁ。モーリス様は少々頭が弱いようですわね。養子といえどもウィリアムは正式なセリンジャー侯爵家の一員で私たちの大切な家族ですの。なのに挨拶もしないだなんて……【身分】というものをモーリス様はご存知ないのでしょうか?」
養子といえどもウィルはもう立派な侯爵家の次男である。そのため彼女に養子と、そんな風に馬鹿にされる言われる筋合いは1ミリもない。
貴族の中には優秀な養子をとって後を継がせる事も稀にある。特にこの世界では魔力を持った平民の子供を養子としてとることもよくある事だ。
なのに彼女はウィルを養子だとバカにした。それを頭が悪いと言わずになんと言えようか。
そこまで言うと彼女はカッ!っと目を見開いて顔を赤くさせた。私みたいな子供に馬鹿にされたことが気に触ったのだろう。しかし先に失礼をしでかしたのはそっちの方だ。私も譲る気はない。
「それに、ここは沢山のお客様が過ごされているお店の中ですのよ?なのに他のお客様の事を考えず大きな声ではしゃぐだなんて、周りの迷惑を考えてはいかがですか?」
さっきから何事かとチラチラと周りの視線が痛いほど注がれているのにこの女性はその事に今の今まで気づかなかったのだ。
「T.P.O.……ではなく、時と場合に合わせた振る舞い方を少々勉強なされた方が良いかと思いますわ。」
私が淡々とそう言うと赤かった顔を今にも湯気が出て爆発しそうなほど真っ赤にさせていた。そしてワナワナと震えているかと思うと、その右手が大きな動作で上に引き上げられ、勢いを付けて振り下ろされる――
――が、それが私に当たることは無い。
「僕の大切な妹と弟に暴力は許しません。それが例え言葉の暴力だとしても。このことはハーバル伯爵家にセリンジャー侯爵家から正式に抗議させていただきます。」
「しっ、しかし!先にわたくしをバカにしたのはクリスティア様ですわっ!?」
私を護るように伯爵令嬢との間に入り伯爵令嬢の振り下ろされた手を難なく掴んで、聞いたこともないくらい低く冷静な声でお兄様は言った。しかし、伯爵令嬢は納得していないようで声を上げて言い返す。
「……お気づきでは無いのですか?それでしたらモーリス様の頭はティアが言ったように相当弱いと見受けられる。
先に僕の弟であるウィリアムに失礼をしたのはそちらの方だ。ティアはそれを指摘したまで。……何か違いますか?」
「そんなっ!養子の彼に失礼など……っ!!」
「僕の弟にはウィリアム・セリンジャーという立派な名があります。そのような言い方はやめて頂きたい。」
お兄様がこんな風に怒るだなんて初めて見た……。私にはいつも優しく穏やかな笑顔しか見せないから。しかし、お兄様がウィルの事もちゃんと護ってくれたことに安心し、私はお兄様に護られながらふぅ、と小さく息を吐いた。
「ティア、ウィルそろそろ行こうか。」
私たちの方を振り向いた時にはいつも通りの優しい笑顔を浮かべていて、さっきまで緊張と不安でいっぱいの表情をしていたウィルはほっとしたように胸を撫で下ろした。
それからお兄様が店員さんを呼んで騒いだお詫びに少し多めの金額を払い、私はウィルの手を取り椅子から立ち上がらせる。
「……そうそう、今後我がセリンジャー侯爵家とはご縁が無くなるかと思いますのでそのつもりで。それで済めば良いのですが。
あぁ、エスコートの件ですが、機会があれば喜んでお受け致します。では。」
最後に振り向きざまにお兄様がそう言うとハーバル伯爵令嬢はさっきまで真っ赤にしていた顔を今度は真っ青にさせているのが視界の隅に映ったが、私たちはユリウスお兄様の後に続きお店を出たのだった。
20210525.
次回更新予定日は6月9日です。