17.幸せになってくれたらいいと願う。
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「ウィル、これを飲んだ事あるかい?」
「それはなんですか?」
「飲んでみな。美味しいよ」
お兄様が近くの屋台から何かを購入しウィルに渡すと、ウィルは恐る恐るそれを受け取りスンスンと匂いを嗅いでからそっと口をつけた。
「……っ!!美味しい……!」
「良かった。それはこの街の名物の1つでね、ラズの実のジュースなんだ。甘くて美味しいだろう?」
「はい!とても美味しいです!」
ラズとはラズベリーの事で、木苺の一種である。一言で言えば「甘酸っぱい」だが、比較的酸味が少なく甘みが強いのがラズの特徴でジュースやお菓子によく使われている。この街ではラズを使ったものが特産となっているため、至る所にラズを使ったお店がある。
しかし、今朝までのお兄様への態度は何処に……?と思ってしまうほど、お兄様はラズのジュースだけでウィルの警戒心を解いてしまった。さっきまで私の陰に隠れていたウィルも気がつけばお兄様の隣で嬉しそうにジュースを飲んでいる。
……なんか、寂しい…………
ウィルが心を開く事はいいことだけどやはり少し寂しくなるのは仕方ない事だ。
「はい、これはティアの分だよ。」
「ありがとうございます。」
そんな私にお兄様は気づいて持っていた新品のジュースを私に渡し、私は複雑な気持ちのままお礼を言ってそれを受け取る。
ひとくち口にすれば口全体に甘さと少しの酸味が広がり幸せな気分になってそんな複雑な気持ちは気づけばどこかへ飛んで行ってしまっていた。
「美味しいです!」
「良かった。ティアが喜んでくれることが僕の幸せでもあるからね。」
~~~っ!!!もー!!その笑顔は反則なんだってー!!!と内心で突っ込むも、当たり前だがそれがお兄様に伝わることは無く私は一人顔を赤くさせるのだった。
「もちろん、今はウィルの喜びが僕の幸せでもあるけどね。僕は何があっても2人を守るよ。」
そう言ってユリウスお兄様は私とウィルの頭をポンポンと撫でる。するとウィルの表情もとても柔らかいものへと変わっていることに気づいた。
やっぱりお兄様は凄い……
同じ血が通っているはずなのにこの違いはなんだろう。なんて考えても答えが出るわけがなく、6年後、今のお兄様と同じ年齢になった時に、彼のような人間になれていたらいいなと思うのだった。
「ユリウス兄様!あのお店はなんですか!?」
「あれは雑貨屋だね。色々売ってるよ、見てみるかい?」
「少しだけ……見てみたいです!」
「うん、それじゃあ行こうか。……ティアもおいで。僕から離れていかないで。」
初めて見るからか嬉しそうに興奮しながらお店に向かって走り出すウィル。お兄様は遅れを取った私の手を取り優しく引いてくれた。
しかし、お兄様の言葉が少し胸に引っかかる。
離れないで。ではなく、離れていかないで。というのは、もしかしたらお兄様の不安の表れなのかもしれない。と、ふと何故かそう思った。
お兄様は跡取りとしてお父様やお母様とこの先もずっと一緒に暮らすだろうが、私はずっと先の未来で結婚して家を出る人間だから。……それはもちろん断罪フラグを回避したらの話であって、もしかしたら断罪されて国外追放、もしくは処刑という事もあるかもしれないけれど。
いつも完璧に見えるお兄様だけど私たちに見せないだけで苦労も不安も沢山抱えているのかもしれない。と、引かれる手の温かさを感じながら考えていた。
実の所はどうか分からないけれど。お父様もお母様も、それからお兄様もそういうのを隠すのがとても上手なのだ。
「お兄様……」
「ん?どうした?」
「……大好きですわ。ずっと、ずっと。」
そんな私の意図をくみ取ってか、お兄様は少し悲しげに目を細めた。
「僕も大好きだよ。僕の可愛いティア。」
繋いだ手とは反対の手で頭を2度撫でられる。優しくて温かい手。私はこの手がとても好きだ。
お兄様が私にくれる分、私も返せたらいいのにな……。
目をキラキラさせて店のショーウィンドウから店内を覗くウィルに追いつくとお兄様は空いている手でウィルの背中を軽く押して店内へと誘う。
最初こそ緊張して物珍しさにキョロキョロ首を振っていたウィルも時間が経つにつれて落ち着いていき、自分の気になったものを次々と手に取って見ている。
その間も私の手はお兄様に繋がれたままで、まるで恋人のデートのようだなんて考え、勝手に顔を赤らめていたのは出来れば誰にもバレたくない恥ずかし案件である。
「何か気に入ったものはあった?」
「……い、いえ……」
お兄様の問いかけに一瞬ウィルがピクッとしたが、ウィルは視線を落として首を横に振った。
「ウィル、遠慮はしなくていいよ。もちろん全部を買ってあげることは出来ないかもしれないけど、今日は誕生日なんだから少しくらい我儘言ってもいいんだよ」
お兄様の言葉に遠慮気味に顔が上げられるが、それでもまだ我儘なんて言っていいものなのか悩んでいるようだった。
「ねぇ、ウィル!私これ欲しいなって思うのだけどウィルはどう思う?これとこれどっちがいいかしら?それともこっち?参考にあなたの意見を教えて欲しいわ!」
一瞬ウィルの視線が近くにあった商品に落ちたのを見て私はその視線の先にあったものを手に取りウィルに尋ねると、ウィルは恐る恐るといったように2番目に手にした水色の石のチャームに紐がついただけのキーホルダーを指さした。
「これ、がいいと思います……、姉上の瞳の色と同じで綺麗だから……」
「あぁ、本当だね。ティアの瞳と同じ色でとても綺麗だ」
まさかこれがいいと言った理由が私の瞳の色だからなんて思ってもおらず、ウィルが私の事を考えながら店内を見てくれていたことが恥ずかしく感じるが同時に無性に嬉しくなる。
「なら、これを3つ買いましょう。ひとつはお兄様、ひとつはウィル、ひとつは私。初めてのお揃いね!」
「えっ!?ぼ、僕にも、ですか……?」
「えぇ、私たちきょうだいの証よ。きっと私達を守ってくれるわ。」
「で、でも、僕お金、持っていません……」
「必要ないわ。これは私が欲しいのですもの。欲しい者がお金を払うのは当たり前よ!ねっ?」
そう言って3つ同じ色の物を手に取り店主に渡すと、後ろからお兄様が来て私よりも先にお金を店主に渡してしまった。
「お、お兄様!?」
「男の僕がいるのにレディに払わせる訳にはいかないよ。それに、これは僕の欲しいものでもあるからね。だから今日は男の僕を立てて欲しいな。」
そんなことを言いつつお兄様はサラッと笑顔で支払いを済ます。しかも甘い言葉をつけて。こういう所、だと思うのはきっと私だけではないはず。これを私だけにしているのか、ほかの令嬢にもしているのかで話は変わってくるが、きっと前者であろう。
穏やかで優しく優秀なイケメンという他人から見た評価は私のお兄様に対するソレとは少し違う。
ただ、私にとって良い兄であると言うことは違いないが。
「よし。それじゃあ次行こうか。ティア、ウィルおいで。一緒に行こう。」
お店を出るとお兄様は私たちに手を差し出した。右手は私、左手をウィルに。私が迷いなくその手に自分の手を重ねると、それを見たウィルもおずおずといったように遠慮がちにお兄様の手に自分の手を重ねた。
その後鍛冶屋や服屋、お昼時になり屋台で色々なものを買って食べ歩きをしながら楽しい時間を過ごした。
最初のラズのジュースが良かったのか、ウィルはすっかりユリウスお兄様に心を開いているようだ。
家に来てからのウィルはずっと自信なさげに下を向いてばかりでそういう性格なのかと思っていた。でも実際はそうじゃなくて、こんなにも明るく楽しそうに笑える子なんだと思うと、良かった。と心底ホッとする。
今はまだウィルがどんな風に育ってきたのか分からないけど、でもウィルがこれからウィリアム・セリンジャーとして生きていく上で幸せになってくれたらいいと思った。
20210524.
次回更新予定日は6月7日です。