15.人は努力せずには強くなれない。
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「どう?美味しい?」
「はい、美味しいです……」
「これは?」
「これも、美味しいです……」
「じゃあこっちは?」
「それも、美味しいです……」
「じゃあこれは?」
「それも……」
ティースタンドの上から順番にお菓子を指す。私の、美味しい?の質問に返ってくるのは全部同じ言葉で、私は、んー……と首を傾げた。
「じゃあ紅茶は?口に合うかしら?」
「はい、美味しいです……」
「このクッキーは?」
「そのクッキーも美味しいです……」
美味しいです。としか返ってこない返答に思わずスンッと魂が抜けそうになるが、何とか抑えてどういう聞き方をすればいいか考える。
「じゃあ……どれが好き?」
「全部、好きです……」
……ダメだこりゃ。
気を遣っているのか、それとも何か謎の遠慮をしてるのか、私の欲しい返答は一向に返ってくる気配が無い。
私が欲しい答えはそれじゃないのに!!と心の中で叫んでみても、目の前の椅子に座って少し俯きながらもそっと皿に乗ったお菓子に手を伸ばしているウィルがそんな私の心情に気づく事は無い。
でも手を伸ばしてるってことは少なくともここに並ぶお菓子は嫌いでは無いのかな……?あまり食べた事ないって言ってたけど、ウィルのご両親って…………って、ダメ!まだそんな所まで踏み込むのは早い!ダメ!絶対!!
どこかで聞き覚えのある言い回しをしつつ、自分自身をセーブする。
危ない危ない。せっかく一緒にお菓子食べてるのに下手な事聞いて嫌われたら元も子もないわ。あまり核心的な事には触れず、ゆっくり仲良くなっていければ充分よ!そう考えながら私はまたお菓子に指を指す。
「じゃあ、これとこれならどっちが好き?」
「ど、どっちも……」
「どっちかって言ったら?」
「えっ、と……それなら……こっち、です……」
スコーンとカップケーキを指さして聞くとウィルは少し考えてからカップケーキを指さした。
やっと欲しかった返答が聞けて私は少し嬉しくなると同時に、ふぅ。と小さく方を落とす。それもそのはず。この家に来て初めて、ウィルの意志を聞いたのだ。
「なら、カップケーキとこのパウンドケーキは?」
「えっと……、パウンドケーキがいいです」
「パウンドケーキとチョコレートなら?」
「え、っと……チョコレート、がいいです」
「チョコレートとクッキーなら?」
「それは、クッキーが、いいです」
思わず、おおっ!と声に出しそうになったのを慌てて口を抑えて飲み込む。それもそのはず、さっきまで考えながら選んでいたのにクッキーだけは即答だったのだ。
「このクッキー美味しいわよね!私も好きなの!」
そう言うとウィルは視線を上げて私の目を捉え「はいっ!」と初めて大きな声で返事をした。
その瞳はさっきまでの怯えるようなものではなく、キラキラと輝いていて、綺麗……とつい見惚れてしまうほど輝いている。
「ウィルはクッキーが好きなのね。もっと沢山食べていいわよ。」
私のその言葉にウィルはハッとしてまた視線を下に落としてしまった。
んー、別に何も悪いことも何もしてないから下を向く必要なんて無いのになぁ……。なんて心の中で思うけど、意識してやっていると言うよりは無意識にそういう態度になっているようにも見える。
ここに来る前にこうなってしまった原因がきっとあるのよね……、今は聞けないけれど。
そんなふうに考えているとウィルが遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……」
「ん?」
「えっと……クリスティア様は、なぜ……」
「ティアよ。」
「えっ?」
「様、なんて必要ないわ。ティアでも、姉さんでも呼びやすいように呼んで?他には……姉上、なんかも良いわね!」
ねっ?と笑顔を向けると、ウィルは少し困った表情を見せつつも小さな声で「……姉上」と呟いた。その瞬間再び矢が、ズキュンッ!!!!と心臓に刺さったかのような衝撃を受け、ギューッと胸が苦しくなる。……それはもちろん『年下萌えぇ!!!』の方の意味で。
「あ、姉上は、なぜ……、こんな僕に、構ってくださるのですか……?」
また少し下に顔を落とし落ちた前髪の隙間から私を見る瞳と目が合うが、その瞳は不安そうに揺れているのが分かる。
「ぼ、僕なんかと仲良くしても、そ、その……なにもありません……」
揺れた瞳は私から逸らされ彼の手元まで落ちる。その視線の先の手はギュッと固く握られていて少しだけ手や肩が震えているのが見えた。
……不安なんだ。そうだよね。当たり前だ。
――本来、貴族とは自分にどれだけのメリットがあるかを常に考え行動するもの。もちろん全ての貴族がそうでは無いが、この世界の貴族は私利私欲を満たすため、様々な悪事に手を染めている者が多い。表ではいい顔をしていても裏ではどんな悪事に手を染めているか分かったものでは無い。
もちろんセリンジャー家はそんな事は一切しておらず真っ当な貴族であるが、それはとても珍しい事なのである。
そのため、ウィリアムは不安と恐怖心がどうしても拭えなかったのだ。何も持たず、更には養子となり家に転がり込んできた他人である自分に何故こんなにも良くしてくれるのか。誰が見ても高いと分かるお菓子を嫌な顔一つせず一緒に食べようと言った裏にはなにか別の目的があるのではないか。何か利用目的があるからこんな風に良くしてくれようとしているけど、実は後から酷い仕打ちを受けるのではないか。と、ウィリアムは身体を震わせた。
「……なのに、なぜこんなにも良くしてくださるのですか……?」
その言葉や震えるウィルの体に、私は自分が如何に能天気で何も考えていなかったかを理解した。信じられる人が居ない家で高いお菓子を一緒に食べようと言ったり、なんの見返りもなく優しくしようとしたり、そんなの怖いに決まってる。
もちろん私にも打算が無いわけではなかった。いつか、断罪されるかもしれない未来で彼がヒロインを庇う姿を見たくないと言う思いがあった。だからそれを避けるために私のことを姉として認めてもらおうと考えた。
でもそれはあくまで私の勝手な思いであって、ウィルにとっては知りえない事だ。だから彼が不思議に思うのも恐怖に体を震わせるのも当然の事である。
もし自分が逆の立場でも、何をされるのかわからず恐怖に震えるだろう。
私はゆっくりと椅子から立ち上がりウィルの前に立つ。その私の行動にビクッと肩を震わせたのが分かったが、私はその場にしゃがみこみ、ウィルの震える手を両手で取ると優しく包み込むように握った。
その行動は想像してなかったのか、ウィルは大きな瞳をさらに大きく開いて私の顔に視線を移した。
「ごめんね、ウィル。私はあなたを怖がらせちゃったわよね。……でもね、私はただ、ウィルと仲良くしたかっただけなの……」
「……ぼく、と?」
「えぇ、そうよ。私ね、ウィルが弟になってくれて凄く嬉しいの。昨日初めてウィルを見た時、綺麗な金色の髪だなって思ったの。私はほら、よくある茶髪だから……。それにあなたの青灰色の瞳もすごく綺麗で、私は一瞬であなたのトリコになってしまったのよ?」
「ぼ、僕は……この金髪が、嫌い、です……」
「そうなの?せっかく綺麗なのに。もし私だったら自慢するわよ?」
「っ、……それに、この目の色も……」
「なんで嫌いなの?」
「それは……っ、…………へん、だから……僕の髪も目の色も変で、男なのに白くて弱いから……」
そこまで聞いて分かった。彼が自分に自信がないのは誰かが彼にそう言ったからだと。そしてその言葉は呪いのように幼いウィルの心を傷つけ自信を根こそぎ奪っていったんだと。
なら、私がする事は決まってる。
……きっと沢山否定されてきたんだろう。何故そんな事になったかは今は置いといて、彼は自分に自信が無い。それどころか自分の容姿を酷く嫌ってる。
なら、私は全力で肯定しよう。私はあなたが好きだと伝えよう。それがきっと今の私に出来る事であり、最善だと思うから。
「変なんかじゃないわ。ウィルのその金髪も、青灰色の瞳も私は綺麗だと言ったのよ?それに、白い肌も羨ましいわ。だってそれは手に入れたくて手に入れれるものでは無いもの。それに強さなんてこれから手に入れればいいだけよ。何もせずにいては強くはなれないわ。もし強くなりたいなら強くなる努力をすればいいの。」
人は努力せずには強くなれない。
もちろんひと握りの天才はいるけれど、かつて英雄だと言われた剣士は毎日剣を振り岩のように硬い手を手に入れたと言われている。
膨大な魔力を持ち活躍した魔術師も暴走して大切な人を傷つけないよう魔力を制御出来るよう修行をし、努力をしたと言う。
それに、地位も名誉も財産も持ってる第一王子だって今もきっと、心と身体の両方が強くなれるよう努力をしている事だろう。
人は努力無しでは強くなれないのだ。
「だから、あなたの大事な未来を捨てないで。今が弱いからと諦めないで。あなたはこれから強くなれるの。そしたらもう誰にもあなたが弱いだなんて言われないわ。」
「僕も、強く、なれますか……?」
「なれるわ!ウィルならなれる。
それに、あなたが自分自身を嫌うなら、私がウィルに好きだと言ってあげる。何十回でも、何百回でも、何千回でも!」
「……ぼくの見た目、へんじゃない……?」
「変じゃない!金色の髪も、青灰色の瞳も、その白い肌も、ぜーんぶ!!ウィルの全部が大好きだと私が言ってあげるわ!」
そう言うとウィルは静かに目から涙を流した。そして次から次へと溢れる涙と共に、これまで1人で抱えてきたのであろう苦しさや悲しみを吐き出すように声を上げて泣いたのである。
私はたくさんの辛いことにその小さな体で耐えてきたウィルを優しくギュッと包み込む。
よく頑張ったね。そう心の中で呟きながら頭を撫でると、ウィルは涙を止めることなくそっと私の背中に手を回しギュッと抱き締め返してくれたのだった。
20210524.
次回更新予定日は6月5日です。