第2話 え、クビ? その・二
「なんで、周りのやつらはいつも、いつも……」
独り言がやけに大きく、パーティー事務所の廊下に響く。
結局、リーダーはクビの決定を変えなかった。
あの人なら、僕の実力を分かってくれるかもしれないって思ってたのに……。
「あのさ、ちょっといい?」
「すみません、他をあたって……、っうわぁ!?」
「わぁっ!?」
いつの間にか、目の前に一人の男性が立っていた。
「ご、ごめん、脅かしちゃったみたいだね」
どこか気弱そうな表情をした薄茶色の髪の美男子……、サブリーダーのルクスさんか。
目立たない服を着てたから、まったく気がつかなかった。
……まいったな。
今、この人だけには、会いたくなかったのに。
「……別に、気にしないでください。それで、なにかご用ですか?」
「うん、ちょっと、聞きたいことが……、あれ? 君はたしか、この間一緒に依頼にでかけた……」
何かを思い出すように、薄い茶色の目が泳ぐ。
僕のなんて覚える気すらない、か。
「……はい。魔術師のフォルテです」
「そうそう、フォルテだったね」
「……そうです。それで、聞きたいことってなんなんですか?」
「ああ、ごめんごめん。ベルムにちょっと話があるんだけど、部屋にいた?」
……あの厳しいリーダーのこと、気安く呼び捨てにするなんて。
自分は最古参だから特別です、っていうアピールなんだろうか?
「えーと? ひょっとして、留守だった?」
「……いえ、いらっしゃいまいしたよ」
「そうか、それならよかった。ちょっとだけ、話したいことがあったから」
このパーティーは人数が多いから、リーダーも多忙だ。だから、直接話す機会なんて滅多にない。
それなのに、雑談に時間を取らせようとするなんて……。
やっぱり、特別扱いされてるから調子に乗ってるんだ。
本当は、僕の方が有能なのに。
前回の依頼だって、とどめを刺したのは僕なのに。
この人は、雑魚を追い払ってただけなのに。
本当に、評価されるべきなのは、僕の方なのに……。
「ん? どうしたんだ? フォルテ」
「……別に、どうもしませんよ」
「でも、急に辛そうな顔になったぞ?」
「放っておいてください。貴方には、関係ないことでしょう?」
「いや、一応、俺もサブリーダーだし、メンバーの不調を放っておくわけには……」
「なら、なおさら放っておいてください! 僕はもう、このパーティーのメンバーじゃないんですから!」
「……え? ……あ、ああ。そう、なのか……」
なにが、そうなのか、だ。
「えーと……、それは、残念だったね……」
他人事みたいに言ってくれて。
「まったくですね! 貴方みたいなズルい人のせいで、クビになったんですから!」
「……え?」
薄茶色の目が見開かれた。
「俺のせい……で、クビに……?」
「ええ! 貴方が不当に評価されてるから、本当に頑張った僕が評価されずに、辞めることになったんです!」
「……そうか」
「そうですよ! じゃあ、僕は二度とここには戻って来ませんから。これからも、リーダーにひいきされて、調子に乗っていてください!」
「……」
無言でうつむくサブリーダーを横目に、パーティーの事務所をあとにした。
僕の言葉にそれなりにショックを受けたようだったから、少しは気が晴れた。
でも、きっと明日には元通り、ずうずうしくリーダーに取り入って、不当に評価されるんだろうな。
……なんだか、またイライラしてきた。
リーダーから給料の三ヶ月分を受け取ったし、パーッと使って気晴らしをすることにしよう。
まとめて支払われた給料を手に酒場に入ると、今日も多くの人でごった返していた。
えーと、空いてる席は……、あ、一席だけ残ってる。
「がははははは! それでよう、宝箱だと思って開けたら、擬態したモンスターだったわけだ!」
「わははははは! お前それ、何回目だよ! よ! ミミックにモテモテ男!」
「がははははは! なんだその称号、全然嬉しくねー!」
「わははははは! まったくだな!」
……ちょっと近くの席がうるさいな。
でも、こっちも酔えば、そんなに気にならなくなるか。
よし、あの席にしよう。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
席に着くなり、胸元が大きく開いた服を着た女性店員がやってきた。
「この店で一番高い料理と、一番上等なワインを」
「かしこまりました」
女性は伝票に注文を書き込むと、キッチンの方へ向かっていった。
伝票の控えに書かれたは、手持ちの金額とほぼ同額だ。
これなら、この縁起の悪い金を使い切れそうだ。
「がはははは! あ、そうだ、お前あの話聞いたか?」
「わはははは! おうよ、ペトロスが嫁さんに、雷を落とされた話だろ!」
「ちげーよ! ベルムのところのパーティーが、また難易度の高い依頼に成功した話だ!」
「ああ、その話か! あの、魔の森の主を討伐したんだっけ!?」
「そうそう! あの、ヒグマとワニが合わさったみたいな、でっかいやつ!」
不意に、近くの席の会話が耳に入ってしまった。
「よくあの主を倒せたよなー!」
「本当だよなー! あの主、物理攻撃に強いから、魔術使わないといけないけど……」
「魔術を使った途端に周りの中型がわらわら、だもんな!」
「俺のパーティーも、それが原因で撤退だったんだよ!」
「ああ、俺のところもだ!」
「でも、ベルムのところには、例の天才弓術師のルクスがいるもんな!」
「そうだな! きっと、ルクスなら、あの主も一撃で倒したんだろうよ!」
「そうそう! あの、弱点を見抜く固有スキル『観察眼』と弓の腕で、一撃でスパーンと!」
違う。
あのモンスターを倒したのは、僕の魔術なんだ。
それなのに、なんでみんなあいつばかり。
……イライラするのはこのくらいしよう。
せっかく、気晴らしにきてるんだから。
「お待たせいたしました。こちら、当店自慢の逸品です」
タイミングよく、店員が肉料理の載った皿を手にやってきた。
「ただ今ワインもお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「どうも」
それから程なくして、ワインも運ばれてきた。
さて、気を取り直して食事を楽しもう。
「でも、ルクスだけじゃなくて、ベルムも相当すげーよな!」
「ああ。なんたって、まだダンジョン探索者養成学校の学生だったころから優秀で、いろんなパーティーから一目置かれてたもんな!」
「そうそう。それで、八年前当時の最難関ダンジョンを最年少の……、あれ? 何歳のときだっけ?」
「二十歳、二十歳! たしか、パーティー立ち上げて一年ちょっとぐらいだ!」
「そうだ、そうだ! まだ経験も浅かったってのに、すげーよな!」
「ああ、俺なんて二十歳のころは、仕事さっさと終わらして飲みにいくことしか考えてなかったのにな!」
「がはははは、そりゃ、今もだろ!」
「うはははは、ちげーねー!」
……再び、近くの席の会話が耳に入ってしまった。
「まあ、俺の酒好きはともかく、だ。あのダンジョンって、タンクが少しでも判断をミスれば、全員おしまいだったらしいじゃねぇか!」
「そうそう! それで、有力パーティーが全滅って話も、よく聞いたよな!」
「でも、そんなプレッシャーの中で、誰も死なさずに、よく攻略できたよなぁ!」
「本当、すげーよなぁ!」
そうだ。リーダーは、すごいんだ。
そんなリーダーから直接声をかけられて、一緒に依頼に向かうことになったときは本当に嬉しかった。
僕を認めてくれたんだと思ったから。
それなのに、いざ作戦会議に出たら、任されたのはサポートなんて地味な役割。
今思えば、サブリーダーが手柄を立てたいから、自分がメインの攻撃をできるように、リーダーをそそのかしたんだろう。
本当に、あいつは……。
でも、そんな提案を受け入れる方も、受け入れる方だ。
子供のころから、憧れてたのに……。
気がつくと、いつの間にか肉料理の皿も、ワインのビンも空になっていた。
一番上等なものを頼んだはずなのに、味はいっさい感じなかった。