第88話 許可がいちいち必要なんですか?
セヴェリはキクレー邸で絵画の他にギターも習い始めたらしい。
今や日曜はキクレー邸に入り浸り状態だ。
サビーナはといえば、マティアスと仲良くなっていた。
クリスタの言いつけらしいが、マティアスが毎日差し入れの夕食を持ってきてくれるのだ。
彼も一緒に食べていくので、自然と仲良くなって行った。
リタが辞めてから、サビーナはずっと仕事辞めたい病を発症している。
「毎日怒られてて思い出したくもない。お嬢様は無理難題ばかり言ってくるし」
「ああ、ごめんごめん。でもクリスタ様ってそんな我儘言うような方に見えないから」
マティアスは次の日の日曜も、夕食の差し入れを持ってきてくれた。マティアスは仕事が休みの日だというのに、わざわざ自分で作って持ってきてくれたらしい。
しかしこの日、いつもは食べた後はすぐに帰るというのに、中々腰を上げようとはしなかった。
マティアスは自身の懐中時計を仕舞うと、窓を開けて空を仰ぎ見ている。
サビーナの頭が何かに優しく触れられる。
さらさらと髪を流されて、仰ぐ相手を月からマティアスに変更する。同じ窓から身を乗り出していたので、いつの間にか思った以上に接近してしまっていた。
距離を取ろうとして窓枠からはみ出そうになるサビーナを、マティアスにグンと引き寄せられる。そのまま密着し、彼の胸元に頬をつけてしまった。再び離れようとするサビーナの頭を押さえつけるように、マティアスの大きな手が深緑の髪を撫で続けている。
そう抱き寄せられても、全く嫌ではなかった。むしろ、付き合うならこういう人が良いとさえ思う。
同じレベルの人間同士、軽口を叩けて愚痴も言い合える仲の、気楽な関係な人と。
しばらくセヴェリと会っていないサビーナは、人恋しくなってマティアスの背中に手を回した──と、その時。
大きな声と同時に、部屋の扉がバンッと開けられる。そこにはセヴェリが立っていた。
今日はずっとキクレー邸でいるはずのセヴェリが、何故かそこにいる。
「マティアス、妹はまだ未成年だ。誘惑するのはやめていただきたいですね」
「サビーナがそんな事をするはずがないでしょう。この事はキクレー卿に報告させて貰いますよ。大事な妹を傷物にされては敵いませんからね」
「用もないのに独身女性の部屋に居座る時点で、マティアスに非があるんですよ」
「そんな……! ただ彼は、友人として私を心配して話を聞いてくれていただけで……」
「何を言っているんですか? その男はサビーナの事など、これっぽっちも考えてはいませんよ」
「どうしてそんな事を言うんですか! マティアスは、私のここでの大切な友人なんです。そんな風に言わないでください!」
「サビーナ、あなたはもっと危機感を持ちなさい。気を許した相手を信用し過ぎですよ」
「で、でも……私だって、友達が欲しいです。リタとは疎遠になっちゃったし……お兄ちゃんにはジェレイさんや村の人やキクレー卿や……仲の良い人は沢山いますけど、私には誰もいませんから」
「なら他の友人を作りなさい。とにかく、その男は駄目です。絶対に許しません」
そしてセヴェリはキッとマティアスを睨んだ。
「出て行け、マティアス。今後は差し入れなど不要だと、クリスタに伝えなさい」
簡単に了承し、出て行こうとするマティアスは最後に振り返り。
「セヴェリ様、あまり妹に干渉するのはやめた方が良いんじゃないですか。これじゃあおちおち恋愛も出来やしない。ねえ、サビーナ?」
セヴェリを激怒状態にして去って行ったのだった。




