第71話 『悪』以外の何物でもありません!!
彼はアンゼルード帝国に入った時の事を話し始めた。
「街の人にさ、オーケルフェルトに仕える知り合いに会いに来たから、場所を教えてくれっつったらさ、オーケルフェルトはもうないって言われた」
セヴェリは覚悟していたのか、表情は変わらなかった。
「あったのは……シェスカル・ディノークスの屋敷。シェスカルがオーケルフェルトの土地と家を全て買い取って、そこに仕えてた召使いや騎士達もそのまま引き継ぐ形になってた」
「シェスカル・ディノークスって……ディノークスは彼の曽祖父の名前で、今では社名として使われているだけよ。そんな、貴族のように……」
シェスカルが、貴族に。サビーナの理解が追いつかぬうちに、シェルトは続ける。
「シェスカルって野郎は、オーケルフェルトの謀反を未然に防いだとして、その恩賞で授爵したらしい。ディノークスって性は、本人の希望だってさ」
「オーケルフェルトに仕える者が、誰も路頭に迷わずに済んだ事です。流石シェスカルと言いますか。貴族になっている事といい、全て彼の思惑通りに進んだと言った所でしょうね」
それでもセヴェリを裏切ったことに変わりはなく、憤慨するサビーナにセヴェリは言った。
「サビーナにとっては悪でも、シェスカルにとっては正義だったんですよ。それに彼はとても責任感の強い人です。のんびりと貴族生活を満喫出来るような男ではないのです。きっと寝る間も惜しんで奔走している事でしょう。前にも言ったでしょう? シェスカルは本当の本当は真面目な人なんです。きっと貴族となったシェスカルならば、アンゼルード帝国を良い方に導いてくれるとね」
サビーナの気持ちが落ち着いたところで、シェルトが続きを話し始める。
それによると、セヴェリの父親のマウリッツは牢獄に幽閉。シェスカルの嘆願で処刑は免れたが、一生牢から出られる事はない。
「それと、あんたにも追手が掛かってる。謀反を企てた危険因子として放っておけないって。多分、逃げちまった分、温情は受けられねぇと思うよ。捕まったら……処刑だ」
これで良かったのだろうかと、手が震え始めた。
逃げなければ、彼は牢獄と言えど生きられたのだと思うと。
「……デニスって奴は、あんたらを逃がすためにシェスカルと対立。セヴェリを逃した罪とシェスカルに刃を向けた罪で、二年の懲役刑が課せられた」
「ああ、シェスカルに数カ所斬られたって話だが、大事に至る事なく取り押さえられたらしいぜ」
デニスが、生きている。
それだけで安堵した。
ふと気付くと、セヴェリがハンカチを差し出してくれている。いつの間にかサビーナの瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。
二年もの間、刑に服さなければならないのは胸が痛むが、彼がこの世にいてくれるだけでこの上ない幸せだった。
もう二度と会える事がなくても、それでも。
デニスの事を考えるだけで、胸は苦しくなれども幸せな気持ちになれる。
サビーナは無意識に胸に手をやった。胸のポケットにしまってある二つの懐中時計のうちのひとつが、カチコチと優しく秒針を刻んでいた。




