第62話 教師はいないのに、医者はいるんですね
サビーナとセヴェリは、それからおよそ三週間掛けて、ラウリル公国のクスタビ村という所にやってきた。
ラウリル公国は首都の他には街がひとつしかなく、他は小さな集落がぽつぽつとあるだけの小さな国家だ。クスタビ村もそんな集落のひとつだった。
クスタビ村は、想像以上の田舎だった。森の中にある開けた場所に、家がポツンポツンと立っているだけで、あとは野菜や果物の畑で占められている。
サビーナは畑仕事をしている村人を見つけて話しかけた。
「サーフィトさん? あんた、サーフィトさんとどういう関係?」
そう答えると、「ああ」と村人は神妙な顔をした。
遺品という言葉にくらりと来る。
話せなくなってしまったサビーナに代わって、二ヶ月前にサーフィトが亡くなったことをセヴェリが聞き出してくれた。
その人に、家へと案内してもらう。
「ん? あんたら、サーフィトさんの遺品を整理しにきたんじゃないんか?」
「ええ、実はサーフィトさんが亡くなったのも知りませんでした。ちょうど連絡が行き違いになってしまったんでしょう。私たちは田舎暮らしに憧れて、移住しようとこのクスタビ村にやってきたんです」
「おお、そうかそうか! 歓迎するよ!! 村長に知らせてくるから、ちょっと待っとれ!」
そういうと、男は喜び勇んで家を出て行った。その後でサビーナとセヴェリは目を見合わせる。
「申し訳ありません。このような場所でご不便を掛ける事になり……」
「何故あなたが謝るのですか。あなたは私を救い出してくれた。サビーナがいなければ、今頃私は獄中で震えていた事でしょう。それを思えば、ここでの生活を考えると楽しみでわくわくしていますよ」
しばらくして、一人の老人が家にやってきた。
「わしはこのクスタビ村の村長のシャワンじゃ。いやー、若い夫婦がこの村に住んでくれるとは、こんなに嬉しい事はないわい」
村長の勘違いを正そうとした時、セヴェリに腕を掴まれた。そして彼はそっと首を左右に振っている。
確かにこんな田舎では、夫婦でもない男女が寝食を共にしていては、変に思われてしまうだろう。仕方なくサビーナは口を噤む事となった。
夜には、村中の人が集まって歓迎パーティーをしてくれた。
人数にすると百人強と言ったところだろうか。
セヴェリも驚いたように村長に話し掛けている。
「昔はこの五倍はおったんじゃがなぁ。若い者は皆出て行ってしもうて……」
「この村には学校がなくての。まぁ字を書くくらいなら親が教えておるが、まともに学校に通わせたいと思う者が多くなって、出て行ってしまったんじゃよ」
「何度も申請しておるが、こんな村になどだぁれも来てはくれんわい」
考え込むセヴェリに、ジェレイという男が酒を勧めている。
どうやらこの国の飲酒は、十八歳かららしい。
サビーナが振る舞われた料理をいただいていると、今度は女の人に話しかけられる。
よく食べるサビーナを見て、妊娠仲間だと思ったらしい。
「私はラーシェよ。既婚の若い女性って少ないから、嬉しいわ。よろしくね」
「ええ、もちろんよ。この村には腕の良い女医さんがいるから安心だし!」
「だから、あなたも安心して出産できるわよ! 子供が出来たら教えてね!」
この手の話題は、避けておく方が良さそうだ。
「ええ、一年前に来てくださったの。立派な先生よ。無医村に赴いては、医療に従事出来る人材を発掘して育成しているんですって。今日は隣村に往診に行っていていないから、今度紹介するわね」
世の中には、大変立派な事をする人がいるものである。