第61話 リックに殺されちゃうのかも……
国境を越えた二人は、野宿をしながらラウリル公国を目指す。
宿を取るのは、もっと遠く離れてからではないと危険だし、お金も無駄遣いはできない。
元冒険者だった母から色々と教わっていたおかげで、野宿に関してはなんとかなった。
そんな家族のことをセヴェリに聞いてもらっていると、どうにも話の噛み合わないところが出てきた。
どうやら、セヴェリはリックバルドとサビーナを、実の兄妹だと思い込んでいたらしい。
そうではないことを告げると、何故だか複雑な顔をしていた。
一週間も野宿を続けながら進み続けていると、さすがに疲れが蓄積し、町の宿に泊まることにする。
無駄遣いは避けたいので、セヴェリとは同室だ。
ベッドに転がってゆっくり休めるようになると、途端にアンゼルードにいる皆のことが気になってきた。
自分が正しいと思う道を迷う事なく行きなさいと言ってくれた、カティの顔を思い出す。
次にサビーナは、リックバルドの顔を思い浮かべる。兄は逃がしてくれたあの時、サビーナがレイスリーフェを刺した事を知ってはいなかっただろう。
サビーナは身震いした。あれから一週間だ。レイスリーフェを斬った事は、もうリックバルドに伝わっているだろう。
彼女はどうなっただろうか。一命を取り留めているのか、それとも死んでしまったのか。
サビーナの背中にゾクリと冷たいものが走る。
怖い。レイスリーフェを……兄の愛する人を、殺してしまったかもしれない。リックバルドは、レイスリーフェが死んでしまっていたら、どう出るだろうか。
もしかしたらサビーナの元に、復讐しにくるかもしれないと考えてゾッとした。
あの兄は、意外に熱い男なのだ。そして実は愛情が深いことも分かっている。愛する者を殺されて、黙っているような男ではない。
私……リックに殺されちゃうのかも……
リックバルドがどう出るか分からず、体がぶるぶると震えた。
そっと肩口を触れられ、サビーナはビクッと痙攣するように体が跳ねる。驚いたようにこちらを見るセヴェリの顔を見られず、サビーナは思いっきりそっぽを向いた。
布団を被り込んでセヴェリを拒絶する。
レイスリーフェを愛しているのは、リックバルドだけではない。
セヴェリもまた、彼女を愛しているのだ。
もしも、サビーナがレイスリーフェを刺したということをセヴェリに知られたなら。
きっと、セヴェリに幻滅されてしまう事だろう。それを言って嫌われるのが……怖い。
「……もう何かを考えるのはやめなさい。明日は明日の風が吹きますよ」
それだけ言うと、セヴェリは隣のベッドに腰を降ろしていたようだった。
しかしそんな風に言われても、やはり考えてしまう。レイスリーフェは生きているのか、死んでいるのか。もしも死んでいたら、どうすれば良いのか。
ガクガク震えていると、もう一人の安否が気にかかってくる。
彼は一体どうなっただろうか。
あのシェスカルと剣を交えて無事だとは考えにくい。
もしかすると彼はもう、この世の人ではなくなっているかもしれない。
そう思うと、サビーナの目からは勝手に涙が溢れてきた。
漏れ出る嗚咽を堪える事が出来ず。
サビーナは布団の中に包まって、声が外に漏れるのを防ごうとした。
隣にいるはずのセヴェリからは、もう何も言われる事はなかった。




