第6話 わ、私には無理だってばっ
ある日、仕事が終わって、下着姿でごろごろと本を読んでいた。
サビーナは小説が好きだ。特に少女小説を好んで読んでいる。
「ファーストキスってレモンの味って本当かな……なんでレモンなんだろ。酸っぱいの? 胃液出てんの?」
周りには恋人がいる人もいる。誰々が好きだとキャアキャア騒いでいる人もいる。
でもサビーナは、まだそんな気持ちを知らない。キスとは気持ち良いものなのだろうか?
「ね、寝てないよ! ちょっと目を瞑ってただけ! 勝手に入って来ないでよ、もう〜っ」
ノックもせずに入ってくるのは、実家にいるころから変わらない兄だ。
リックバルドはその辺の小説を全部まとめて箱に入れ、洋服ダンスの上に追いやってしまった。
その後で真面目な顔になり、この国の政治についてどう思うか聞かれたが、サビーナは答えられなかった。特に悪いと思った事はなかったからだ。
「今、この帝国は揺れている。現在のリオニール皇帝の政治に不満を持つ者が、少なからずいるからだ。そして、その筆頭は……マウリッツ様」
マウリッツ・オーケルフェルトは、セヴェリの父親でこの屋敷の当主である。
「マウリッツ様は、絶対君主制という体制自体を無くすべく、謀反を起こそうとしている」
「マウリッツ様と同じ考えのようだ。現在、レイス様を説得している状況だ。クラメルとオーケルフェルトが手を組めば、ついて来る貴族は多いからな」
「ええと、つまり……今はまだ、レイスリーフェ様はセヴェリ様のお考えには同調していないって事?」
「そういう事だ。謀反をやめるよう、レイス様がセヴェリ様を説得していると言い換えて良いだろう」
謀反が皇帝にバレたり失敗したりすると、マウリッツもセヴェリの命も、危ういだろう。
騎士の班長以上に、マウリッツはこの事を話したらしい。実際に動くとなると、騎士の掌握は必須だからだろう。
どうすればいいか分からないサビーナに、リックバルドが口を開く。
「俺の気持ちを話そう。俺は、リオニール陛下の治めるこの国が、悪政だとは思っていない。少なくとも今はまだ、な」
他の班長もまだ決めかねているか、決めていても隠しているようだった。
謀反を成功させるとなると、帝都正騎士団を相手取らなければいかず、その犠牲は計り知れない。
「帝都正騎士団は、強い。俺と同等近い騎士が何人もいるし、オーケルフェルト騎士隊だけでは歯が立たないだろう」
「……だからセヴェリ様は、クラメル家に謀反の話を持ちかけてるのね……」
「ああ。アンゼルード帝国の中でも、大きな権力を持つクラメル家がマウリッツ様の考えに同調すれば、他の貴族たちも引き入れる事が出来る……そう考えたんだろうな」
しかし、まだ国民の不満が爆発し切る前では、謀反は成功しないだろうというのがリックバルドの考えだった。
成功しなければ騎士たちの犠牲はもちろん、ここで働いている人たちもみんな路頭に迷う事になる。
そんな事できないと言っても、やれと押し付ける横暴兄。
「こっち側に引き入れなければ、失脚するだけなんだぞ。幸い、セヴェリ様はお前を気に入ってくださっている」
「別に、気に入られてなんかないから! レイスリーフェ様がいらっしゃるんだから、あの方に任せておけばいいんじゃないの?」
さらりと飛び出す爆弾発言。
とにかく、と頭をグイッと押さえつけられるサビーナ。
「路頭に迷いたくないなら、セヴェリ様を説得しろ! 最悪、セヴェリ様だけでもこちらについてくれればどうにかなる!」
無理難題をサビーナに押し付け、「じゃあ頼んだぞ」と出て行くリックバルドであった。