第110話 ヤバイと思ってて、何で入るんですかーっ
セヴェリとクリスタの結婚式から、二ヶ月が過ぎた。
シェルトの受験は既に終わり、無事に大学に合格したようである。この春から、彼はブロッカの街で医学生となる予定だ。
サビーナのお腹はポッコリとしてきたものの、ゆったりとした服を着ていると気付かれないだろう。
「はい、最近は魔物狩りの方をメインにしているみたいで……近くには大した魔物はいないからって、遠出する事が多いんです」
「でも、これからはプリシラ先生も寂しくなっちゃいますね。春からはシェルトが街に行っちゃいますし」
「土日には帰って来るし。先生に寂しい思いなんかさせねぇから」
医学生に、土日に帰ってくる暇などあるのだろうか。
シェルトなら意地でも帰ってきそうではあるが。
シェルトは診察室から出て行った。
それから産前産後の指導を受けていると、シェルトが診察室に飛び込んでくる。
どうやら急患がくるらしい。
「ケーウィンたちが移送中だ。腹部と頭部に魔物に襲われたと思われる損傷、血まみれになって村の入り口に倒れてたのを、ガロクが見つけたらしい」
「すぐに施術の準備! 到着次第、患者の救命に全神経を注ぐわよ!」
「落ち着いて、サビーナさん。まだこの目で見てないから、何とも言えないわ。今は万全の態勢で迎えたいの。座って待っていてもらえる?」
シェルトが扉を開けると、ガロクとケーウィンに抱えられたデニスが連れられて来た。
「落ち着け、サビーナ。先生に任せとけば大丈夫だから。そこで静かに座って待ってろ」
デニスが中に運ばれると、ガロクとケーウィンが外に出てくる。
「どうして……デニスさんを助けてくれたんですか? 私達は、この村で嫌われているのに……」
「嫌いだからって、死にそうな人間を見殺しには出来ないよ。サビーナさんにとっては大事な人なんだろ? あの人、無事だといいな」
そう言って二人は帰って行った。
もしもデニスが死んでしまったらと思うと、頭がぐちゃぐちゃになる。
無事を祈っていると、シェルトが顔を出した。入室を許可されて足を踏み入れる。
「派手に出血はしてたけど、思った程傷は深くなかったわ。しばらく安静にしてもらわなければいけないけど、命に別条はないから安心して」
デニスは脅威の回復力を見せ、次の日には立ち上がれるまでになっていた。
二人で家に帰ってきて、ようやくゆっくりと話ができる。
「それで……どうしてこんな怪我を負ったんですか? 今まで一度だってこんな事なかったのに……」
「つい魔物の巣窟に入っちまった。ヤベェかなとは思ったんだけどな」
「俺はさ、オーケルフェルトの騎士の中では斬り込み役だったからよ。まぁ一言で言えば、何も考えずに突っ込んで剣を振るってりゃ良かったんだ」
「魔物の巣窟に入って行ったすぐに後悔した。今はサポートしてくれるリカルドやキアリカがいねぇ。俺は今まで自分の力で魔物を倒した気になってたけど、あいつらがいてくれたからこそだったんだよな……」
確かデニスは、リカルドやキアリカとは同期だったはずだ。特にリカルドとは親友のようだし、強い信頼関係が成り立っていたからこそ、デニスも無茶が出来たのだろう。
「サビーナがこの村を出たくない気持ちも分かる。けど、正直俺は……ここで暮らして行くのがキツイんだ。単独での魔物狩りも限界があるってよく分かったし、俺はそれよりも騎士職の方が合ってる。どこか別の国へ行って、新しい場所で騎士として再出発してぇ」
デニスに気持ちは、痛いほどよく分かった。デニスの事を思うなら、そうすべきだとは分かっている。
「ごめん、デニスさん……私は、ここに居たい。セヴェリ様と一緒に植えたアデラオレンジを、ここで育てて行きたいから……だから……」
わがままをいうサビーナの頭を、デニスは笑って撫でてくれた。
「悪ぃ、俺の言った事は気にすんな! 惑わせちまったな。心配すんな、ここで上手い事やってみせっから。な?」
ごめんなさいという言葉が出て来ず、サビーナは深く頭を下げた。