第四話
一行は他愛のない話をしながら、ジュワの森からディスクの街へ向かっていた。日が昇り切っていないころに森を出発していたが、街につく頃には日は昇り切り、傾き始めていた。予定より時間がかかったのは、ワイルドボアを運んでいたことと、まどかを休ませていたからだ。アイリースはゲームによくある中世世界の街並みや風景となっている。当然道は現代のように舗装されていない。召喚されるときは部屋にいたが、靴は何故かローファーを履いていた。当然旅をするための靴でない。まどかに無理をさせないよう一行はゆっくりと進んだのだった。
(ゲームなら移動にこんな時間かからないのに、実際歩くと普通にしんどいなぁ……)
そうまどかは心の中でボヤいていると、やがて街の門に辿り着いた。
門は馬車が余裕を持って横に二台くらいは並んで通れそうな大きさで、その両端に一人ずつ門衛が立っていた。その内一人はウィズ達と顔見知りであるらしく、ウィズは門衛へと話しかけた。
「カインさん、クエストから帰還です。通行許可お願いします」
「おうウィズ坊か。お前たち……、行きは六人じゃなかったか?」
「想像の通りっすね。三人は魔物襲われて死んじまいました。森の浅いとこでダガーウルフの群れに襲われちまって。で、森で迷子になって、同じく襲われそうになってたこの娘となんとか撃退して帰還です。つーかカインさん、もう二年も冒険者やってるんだから坊や扱いは勘弁してくれよ」
「ははは。おっさんにとっては二年なんて大した時間じゃないんだよ。槍を教えてた頃が懐かしいな。っと、通行許可だったな。そっちの嬢ちゃんは見かけない顔だな。服も見たこと無い物だし。森には別の街から来たのか?」
「え?えぇ、まぁそんな所です。通行の許可証は持ち合わせていないんですが」
「そんなもんここじゃ必要ない。だが、別の街から来たとなると一応荷物と身体検査はさせて貰うからな」
「はい。わかりました」
三人はクエスト出発も確認されていて、検査とは言えない程の簡単な確認で町に入れたが、まどかは門の中にいた女性兵士から身体検査を受けた。もちろん問題になるようなことはなく、四人とも無事に街へと入る。
「初めてなのにこんなに簡単に入れてちゃうのね。冒険者の証明書的なのが必要になるかと思ってた」
「それなりの大きさの町なら冒険者は必ずいるし、街を移動することもある。いちいち身分証明書だ通行許可証だなんて用意してたら、怠け者の役人が過労死しちまうだろ?」
「ふふ。この世界でも役人さんってそんなイメージなのね」
「どこもそんなもんだろ?ま、ここの領主様はその辺結構厳しいみたいだけどな。冒険者にもそれなりの金額でクエストを発行してくれてるし、領民達も安全に暮らせている。いい領主様だ」
「え?領主といえば、選民意識がやたら高くて、領民を虐げたり、搾り取ることしか考えていない悪人ばかりでは……?」
「いやお前どんな偏見だよ!?一部、そういう領主様にいるらしいけど、かなり少数だぞ。ただでさえ魔族や魔物に領地を荒らされるかもしれないのに、領主様が自ら民を虐げたらまともに税が収められなくなる。だから、多くの領主様は民を守るために色々なことをなさってる。魔物の調査や討伐なんかも領主様が大部分を負担しているらしいしな」
「なるほど~。全然テンプレと違うなぁ。やっぱり色々と知っていかないと生きていけなさそうだよ。冒険者のこと、町のこと、一から教えて下さい、ウィズ先生!」
「承りました、お嬢様。あなた様のお世話をするのが私の喜びでございます。」
膝をつき、大仰にかぶりを振ってウィズは答えた。
「ふふ」「ははは」
ウィズは小芝居じみたやり取りをごく自然に感じていた。昨夜も感じたが、何故か初めて会った気がしないのだ。何年も一緒にいたような気すらしていた。だから、本当は依頼なんて形式をとらなくても色々と教えるつもりなのだが、エーレとおっさんの手前、形式的ではあるが依頼として受けることにしていた。実際は依頼料をそのまままどかの生活の補助に充てることを考えている。
「さてさて、まずは冒険者ギルドへ今回のことを報告しに行きますか」
「「おー!」」
◆◇◆◇◆◇
ディスクの町の門から領主館へは馬車が二台程度平行して走れる程の大きな通りで、通りの左右には出店を含めた大小様々なお店が所狭しと開かれ、活気に満ちている。冒険者ギルドはその道の中程に存在しており、大店を除けばディスクの町では神殿と一,二を争う大きさの建物である。まどかは通りの様々な店を物珍しそうに見て歩き、そう時間はかからずに冒険者ギルドへと着いたのだった。ウィズを先頭に一行は冒険者ギルドへと足を踏み入る。
冒険者ギルドを入るとまず目に入るのが、酒場である。正面から左手側が酒場となっており、昼間の時間で最初に目に入る光景は冒険者たちが酒を飲んでいる光景だ。初めて冒険者ギルドに訪れる新人たちはこの光景と安酒の匂いに面食らうのが相場なのだが……。
「おぉ!これはわりとテンプレ通りかも!?これは私、悪漢に絡まれてしまうのでは!?」
新人冒険者になるだろうまどかは喜んでいた。しかし、彼女の言葉が現実なることはない。
「こんにちは、ウィズさん、エーレさん。クエストの報告でよろしいでしょうか。……エドガーさん達がいないようですが……。」
右手側の冒険者ギルド窓口から職員であるシンディがすぐにやってきた。
「実は昨日、森のそれほど深くない場所でダガーウルフの群れに襲われて、三人は死んでしまって……。これが冒険者証です。一人は死体も見つからずだったんだけど……」
ウィズは死んでしまった冒険者二人の冒険者証をシンディに手渡す。
「ダガーウルフの群れが!?そんな所に出るなんて話は聞いたことありませんでしたが……。冒険者証がないのはガルゲドさんですね……。あまり期待はできませんが、無事だといいのですが……。ともかく、三人は残念なことになってしまいましたが、みなさんがご無事で何よりです。ところで、そちらのお嬢さんは?」
まどかは人が三人も死んでいるのに門衛のカインも含めて、ドライな対応に驚いていた。
「こいつは森で迷っていたみたいなんですよ。冒険者になりたいっていうからクエストの報告ついでに一緒に連れてきたんです。シンディさんなら安心だから、こいつの登録をお願いできますか?」
「私は構いませんが、こちらのお嬢さんが冒険者に、ですか?少しお話しをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん俺は構わないです。まどか、こちらは冒険者ギルドで職員をされているシンディさんだ。少し話があるみたいだけど、いいか?」
「ん?私は構わないけど。えっと、何のお話しでしょうか?」
「悪いことは言わないわ。冒険者は危険が付き物なの。今回だってウィズさんと一緒にいた冒険者の方は亡くなってしまったようだし……。まだ大人にもならない内に危険な冒険者にならなくてもいいんじゃないかしら?もう少し大人になってから、それでも冒険者になりたいのなら止めないんだけど……」
「十八才じゃまだ登録ってできないんですか……?」
「「ええ!?同い年!?」」
ウィズとエーレは驚愕のあまりハモっていた。まどかは身長こそ高いものの、日本人特有の幼い顔立ちがこの世界でも童顔に見られていたようだ。二人は十六才で冒険者登録をしていたし、まどかの実力を知っているため、年齢に関係なく登録してもらうつもりでいたのだが、まさかこの幼い顔をした少女が自分達と同じ年だとは考えていなかった。
「ええ!?二人とも同い年だったの!?エーレはお姉さんだと思ってた!」
そして本人も驚愕の声を上げていた。
「ごめんなさい。てっきり十四、五才くらいかと思って……。ただ、子供ではないとはいえ、冒険者はとても危険な仕事です。あなたは可愛いんだし、考え直すなら今のうちよ?」
「いえ、私にはやらなくちゃいけない事があるんです。それにこの世界を旅したいって気持ちもあります。そのためにも私を冒険者として登録してください」
「そう。あなたにははっきりとした目的があるのね。分かりました。手続きをしますので、こちらへどうぞ。文字が書けないようでしたら私が代筆しますから心配しないで下さいね」
シンディはまどかの目を見て、説得を諦めた。それは今までに何度も見てきた、明るい未来を信じて疑わない者の目だ。複雑な思いはあるものの、彼らを止めることはできない。できなかった。嘆息をこっそりと漏らし、冒険者登録の手続きをするため受付へと案内する。
冒険者登録の申請には通常それほど時間はかからない。羊皮紙に必要事項を書くだけだ。しかし、識字率はそれほど高くないため、字が書けない場合はギルド職員が代筆することになる。しかし、まどかは恙無く冒険者登録申請を終えていた。
(文字は日本語なのね。言葉は何も意識してなかったけど、日本語だし……。日本でしかリリースされてないゲームだからとか関係あるのかな?言葉に関してはコレってテンプレもないしなぁ。考えても仕方がないか)
そんなことを考えながら、まどかはすらすらと羊皮紙に記入した。
「記入に不足項目はありませんので、これにて登録申請は終了となります。後日冒険者証が発行されますので、明後日に取りに来てください。それにしても、本当に冒険者になるの?文字の読み書きが堪能みたいだから、それこそ職業はかなり選択幅が広いわよ?それこそ読み書きができるならギルド職員にだって……」
「いえ、先程も言いましたが、私には目的がありますし、この世界を旅したいとずっと思っていましたから。気に掛けて下さってるのはありがたいんですけど……」
「そう。しつこくしてごめんなさいね。まどかさんの冒険の無事を大樹にお祈りします」
「ありがとうございます!私、がんばります!ところで、冒険者証ってもしかしてすごい秘伝の技術の塊で、偽造不可だったり、登録された本人が触ると光ったりなんかしますか!?」
「急に食い気味ですね……。いえ、最初は普通の銅製ですけど?」
「あぁぁ!やっぱり現実は甘くないっ!!」