第二話
「あなた達、いつまでそうしてるつもりなの?」
エーレが冷えた声をウィズと少女へ投げる。
「あ、ごめんごめん!やっとウィズに会えたと思って嬉しくってつい。大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だけど、俺は君に会った記憶がないんだが……。もしかして師匠、えっと冒険者マカロンの血縁だったりするのか?」
突然飛び掛かられた時は何故か彼の師匠マカロンと錯覚してしまったが、よく見れば容姿は全然違う。マカロンの外見は身長は子供のように低く、髪はピンク色でツインテール。とても冒険者をしているようには見えない容姿だった。
飛びついてきた少女は顔立ちこそ幼いが、身長は平均的な女性より高く一七〇センチに近い。髪も明るい茶髪でポニーテールだった。こちらも冒険者をしているようにはとても見えなかったが、上位種の魔物を一撃で倒す実力の持ち主だ。だが、アンバランスに身のこなし自体は素人そのもの。ボスを倒した一撃はマカロンのそれと変わらない威力で、マカロンが良く使っていた技だった。
「マカロン……。そっか、マカロンかぁ。やっぱりウィズはウィズだったんだね!」
「名前二回ずつ言っただけじゃん!?と、すまない。礼がまだだったな。俺のことを知っているようだが、自己紹介させてくれ。俺はウィズ。この二人は拳闘士のエーレと魔術師のおっさんだ」
「助けてくれてお礼を言うわ。ありがとう。だけど、まずは仲間の手当が優先ね。悪いんだけど、少し離れていてくれるかしら?」
棘のある言い方でウィズとまどかを離し、おっさんの手当を行おうとするエーレ。
「そうだね。怪我の手当が先だよね。私はアイザワマドカ。回復も使えるから、私に任せて貰えるかな?」
「回復魔術が使えるの!?助かったわ。魔術師の彼が少し深めに腕を切られているから……ってあなた!?」
「ミドルヒール!」
「あぁ、助か……、俺かよ!?って、詠唱なし!?」
まどかがショートカットキーで回復を使ったのは、頬にかすり傷しかなかったウィズだ。怪我が治ったのを確認すると満足そうにうなずき、魔術師の方へ歩みより、先程と同様ショートカットキーでミドルヒールで回復しようとしたすると……。
「ミドルヒール!……あれ?クールタイム!?ご、ごめんなさい……もう少ししたら回復できると思うから……」
「あなたっ!!回復魔術を一回しか使えないのにこの人じゃなくてウィズを回復したの!?明らかにこの人の方が重症じゃない!!」
「違うの!一回しか使えないわけじゃなくて、十五秒くらいまでば使えるから……。魔術師さんごめんなさい。少しだけまって下さい」
「……。な、生あ……。も、問題ない……。ぶふぅっ!!」
「興奮して鼻血出す奴ってホントにいるんだっ!?」
魔術師は回復されなかった事実よりも、まどかの足に意識を集中させており、ついには鼻血を出して前かがみに倒れ込み、その事実に驚愕するウィズであった。
「きゃっ!?そんなに重症だったのに、ごめんなさい……。すぐに回復しますから!ミドルヒール!!」
しかし、ミドルヒールは発動しなかった。
「あれ!?クールタイムは終わってるはずなのに……。ごめんなさい!もう少しまって……」
その後、何度か試した結果、おおよそ九十秒後に回復魔術は発動した。ゲームのアイリースは現実時間の四時間で一日が経過する。つまり、ゲームの時間に換算するとこの世界でのクールタイムがゲームの時より六倍長くなっていると考えられた。
「感謝する……。って、ち、ちか、ちかい……。ぶふぅっ!」
「あ、あわあわあわ……。どうしよう、血が、血が止まらないよ!?ウィズ!どうしたらいいの!?」
「いやもうホントほっとけよ……。単なる鼻血だから」
「でも!?でも!?」
「大丈夫で、ござるよ。拙者、これ以上は、色々と危険でござるから、少し、離れてほしいでござる……」
「おっさん、急にキャラどうした!?口調メッチャ変わってるぞ!?」
「はぁ……。もうなんなのコレ……」
一連のやり取りを見ていたエーレが溜息をつくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
魔術師の血も止まり、一同が落ち着きを取り戻した所で、口火を切ったのはエーレだった。
「で、あなたはウィズのことを知っているみたいだけど、ウィズはあなたのことを知らないみたいだし、一旦何者なのかしら?」
「んん、信じて貰えるかわからないけど、私は異世界から召喚されて来たの。ほんの数十分くらい前に。それで、ゲームで私はウィズと冒険をしていて……」
「イセカイ?召喚の魔術はとうの昔に失われたって聞いてるけど……。それにゲームで冒険ってまったく意味がわからないのだけど……?」
「ごめん、私も状況はよくわかってないの……。でもさ!テンプレだと異世界召喚ってわりとよくある話だと思うんだけど、て、転生者とか!小説じゃ定番じゃない!聞いたことないの!?」
「急に食い気味か!まずイセカイってのが何を言ってるのか全然わかんねーんだよ。それにエーレが言う通り召喚の魔法なんて数百年前に失われているらしいし。もちろんアイザワが言う転生者なんて聞いたことないぞ」
「異世界、転生者が通じない……。いきなりテンプレから外れるなんて……。あ、私のことはマドカって呼んでね、ウィズ!」
「ちょっと話がまとまりそうにないわね。敵意はなさそうだし、まずはダガーウルフの解体を優先して、その後に休みながらゆっくり話さない?」
「そうでござるな。拙者も大分落ち着いてきた所でござる。その方が意識も紛れるしよいですな」
「いや、ホントキャラ変わりすぎだろおっさん……。ま、確かにその方がよさそうだ。ボスの魔石と素材はマドカに持ってってもらうで二人は異論ないか?」
「えぇ。あたし達は何もしていないからね」
「拙者も異論ないでござるよ」
「?魔石って?」
「ん?いらないのか?ダガーウルフだけど、上位種になってたからそれなりに成長にもお金にもなると思うんだけど」
「えっと、さっきも言ったけどついさっき召喚されて来たばっかりで、この世界の常識がわからなくて……。成長とかお金とかどういうことなの?」
「え?こいつやっぱりやべー奴?」
後ろを振り向き、エーレに小声で話しかけるが、その言葉はまどかの耳にも届く。
「はぁ!?ちょっとウィズ!!レディになんて失礼なこというの!あなたをそんな風に育てた覚えはないわっ!!」
「っ!ごめんなさい!ってゆーか初対面で急に怖いわっ!!」
「うるさいっ!正座っ!!」
「「は、はいっ!」」
怒った女性に逆らってはいけない。師匠であるマカロンから身に沁み込ませられた習性がウィズを正座させた。そして、何故か同様に返事をして正座するおっさん。
「いやお前まじ関係なくね!?」
「おっさんは関係ありません。どこかに行ってください」
「は、はひぃ」
どこか恍惚な表情で立ち去るおっさん。そして、一連の状況を見てエーレがドン引きしていた。
「うわぁ……。ないわぁ……」
「え!?そっち!?俺の状況は!?」
「いい?ウィズ。人間もAIも正解と間違いを一つずつ学習して、成長していくの。今回のことは多めに見て上げるけど、レディに失礼なことを行ったら次は容赦しないからね。いいわね!?」
「はい!すいませんでした!(なんで初対面の女の子にお説教されているんだ俺は……)」
何故か少女に頭が上がらない。ウィズは一人っ子ではあるが、姉がいたらこんな感じなのだろうかと感じていた。
「あ、私やっちゃっいました!?……えっと、魔石の入手だよね。エーレさんどうすれば?」
「あたしもエーレでいいわ、まどか。本当に何も知らないのよね?まず魔石は大樹の系譜を成長させるのに必要不可欠な物よ。冒険者をするなら魔石の入手は絶対に怠れないわ。やり方は単純。魔物の心臓である魔石を解体して取り出せばいいのよ。」
「へっ!?いやいや、ムリムリムリ!?」
「家畜の解体くらいなら経験あるでしょう?魔物とはいえ生き物としての構造はそう変わらないわ」
「ないよ!?ないない!!」
「あら?見たこと無い上質そうな服だし、お嬢様なのね。でもさっきみたいな強力なスキルを使うくらいだから、魔石は買ってるんでしょ?あのダガーウルフならそれなりの値段になるし、取っておかないともったいないわ、分担して魔石を取り出すから見ていてね」
「う、うん……。見させてもらうね……。ちなみに大樹の系譜って?」
「?さっきスキルを使っていたのよね?」
「そ、そうなんだけど、ちゃんと理解してないから、ね?」
「いいわ、簡単に大樹の系譜も説明する」
この世界の魔石は人族の大樹の系譜を成長させるために使われてる。魔石の大きさに合わせて成長する度合いが変わり、また回収したその場で使うのがもっとも効率がよい。時間がたっても使用に問題はないのだが、時間が立てばたつほどその魔素が空気中に発散されるため、効果は低くなる。逆に、自ら危険を冒さなくとも成長効果があるため、魔石は売買にも適している。貴族や学者など資金力が豊富な者が財力によりスキルツリーを強化できるのだ。もちろんそこに実践の経験が伴わない以上、本当の実力がついているかは疑問であるが。
「というわけだから、冒険者にとって魔石は切っても切れないものなの。強さとして、資金としても」
「なるほど。経験値を魔石から入手するのか。大樹の系譜はレベルアップ後のステ振りかスキルのビルドみたいなものかな……?」
ゲームの知識とすり合わせをして、まどかは呟いた。
「レベルアップ?」
「いえ、なんでもないの。おほほほ」
あからさまな誤魔化しに気づかないわけではないが、それを突っ込む程彼らは野暮ではなかった。話の区切りが良いことを感じ、魔石の摘出へと取り掛かることにする一行。
「それじゃ、魔石を取り出すとするか。ボスの方は俺とまどか。エーレとおっさんは森側の2匹を頼む」
「「「了解」」」
一行は魔物の魔石の摘出を開始し、しばらくすると……。
「オェェェ……ッ!!」
まどかが吐いていた。