第二十一話
ダガーウルフの群れよりさらに後ろの森側からククが姿を現す。昨日と姿は何一つ変わらないはずなのに、その顔からは怒りをにじみ出していた。
「クク、お前っ!?どういうことだ?」
「クク、無事だったのね!良かった……」
エヴィンとまどかがそれぞれ声を上げる。が、口にしたそれは大分意味合いが異なっていた。
「やっぱり、まどかさんは姉さんにすごく似ています……。それなのにっ!あんた達はこの人をどうしてまた連れてきたんだっ!!戦いに怯えて、傷ついて怖がって、普通の女の人だっていうのにっ、あんた達はっ!!」
「違うよ、クク。私がククを助けたいと思ったから来たの。それだけだよ。他のみんなは関係ない。でも、どういうことなの、ウィズ?」
「さっきも言った通り、今回の件は自然発生的なものじゃない。だったら、裏で誰かが糸を引いてるいるのは必然だ。最初はガルゲドが何かしたのかと思ったけど、奴は死んでいた。それじゃ、誰が?何か怪しい行動、言動していた奴は他にいなかったか?それで、今回の件を振り返って違和感を覚える言動・行動を思い出したんだ。昨日、ダガーウルフに襲われた時だ。その時、少しだけククが不自然だったんだよ。だから、さっきは鎌をかけたのさ」
ウィズが違和感を覚えたことは二つだった。一つ目は、昨日ダガーウルフが現れる直前のことだ。最初にククはエヴィンに『ボクたち』しか聞こえない音と言った。その時はエルフには知覚できて、人族には知覚できない音域かと思ったが、今になってみれば、笛の音のが鳴ったというのも本当かどうかすら疑わしい。
そして、テントに走ってきて『敵襲です』とそう言ったことだ。笛の音がよしんば聞こえたとして、それを敵襲と判断する根拠はなんだったのだろうか?笛の音の意味を知っていた?それなら笛を鳴らした奴と共通の知識を有しているということだ。誰かと共謀していた可能性が出てくる。共謀相手はガルゲドで、何かの拍子で仲間割れをし、殺してしまったとすれば辻褄は合う。
実際、笛なんて鳴っていなかったとしたら?ククは一人になる時間が十分にあった。その時に群れを呼んだとすればこちらも辻褄が合う。その時間は索敵に出て、独断専行でククが木の上を飛び回っていた時だ。エヴィンは完全にククの姿を見失っていたから、ククが何をしていてもわからない。自分で群れを呼びよせて、さも索敵で発見したとばかりに報告すればいい。
二つ目は、戦闘中の行動だ。エーレの腕が切られてまどかが放心していた時、上位種は確実にまどかを狙っていた。それにもかかわらず、ククが『ボクを狙え』といった後は狙いを変えていたのだ。確かにダガーを投げて注意を引くような行動はしていたが、それだけでエーレの腕を切り落とした後もまどかを狙おうとしていた上位種がターゲットを変えるだろうか?通常なら考えづらいはずだ。だから、何かしらターゲットを変えさせる方法があったのだ。
その後の行動も不自然だった。まどかがエーレの腕を治して気を失った後、いつの間にか一人孤立していたクク。そして、最大の武器であるはずの爪を使わず体当たりでククを行動不能にし、咥えて逃走した上位種。あのまま上位種がククを連れていかずに戦闘が続行していた場合、気を失った二人を守りながら戦うことは不可能に近かった。だから、まどかを巻き込むことを厭うて上位種と共にあの場から撤退する判断を下したのだろう。
「あぁ、大体あなたの言う通りです。ガルゲドさんとはこの森で以前に出会いました。お互いに協力関係にあったんですが、昨日皆さんを襲ったことを知って、言い争いになってしまい、魔物同士が戦い始めてしまって、殺さざるを得なかったんです。それにしても、あなたは本当に優秀な冒険者ですね。パーティーはとてもやりやすくて居心地がよかった。エヴィンさんさえいなければ、あなたとまどかさんとパーティーをずっと組んでいたかった……。でも、あなたがまどかさんを再びこの場に連れてきたことは許せない。けど、この人を黙って置いていってくれるなら、あなた達に手出しはしません」
「クク!どういうことだ?なんで俺を殺そうとするんだ!」
エヴィンはエヴィンなりにククを一人前の冒険者にしようとしていたつもりだ。なのに、何故自分に殺意を向けられているのかさっぱりわからなかった。そんなエヴィンにククは冷たい視線を向ける。
「三年前、ハビナ領に護衛のクエストを受けていたのを覚えていますか?」
「あぁ。ハビナの街までの護衛だったな。忘れるわけがねぇ」
「運ばれていたのが何だったか、知っていますか?」
「エルフの女性だった」
「あの時運ばれていたのは、ボクの姉さんだったんです。そして、あなたは護衛に失敗した。四人いたはずのパーティーも二人になって、ね。ボクはその後数ヶ月後にハビナに行きましたが、そこで姉さんの死を知りました。そして、姉さんの亡骸を弔いたくてあなたともう一人を探した。姉さんの見送りの時に顔は見てましたからね」
そして、ククはハビナでその時のパーティーメンバーを見つけた。そして、その時の話を自分が弟であることを隠して、エルフの里の仲間だと偽って聞きだした。
ハビナの街に入るためには、ディスクの森を通過しなければならず、森で滅多に現れない凶悪な魔物に襲われたのだという。その魔物は、バジリスク。鶏のような蛇、蛇のような鶏と言った風貌で、大きさは五十センチ程度だが動きは素早く、その目を見れば石化し、息を浴びれば毒になるというやっかいな魔物である。それも二匹同時に。
最終的にはエヴィンとその人物がバジリスクを倒したのだという。しかし、三人の犠牲が出た。本来であれば護衛対象が最優先で生き残らせなければならないにも関わらず、護衛対象を死亡させた。それは、ククの姉が回復術士だったからだ。バジリスク二匹を相手に無傷で戦うことはできなかった。一匹を相手にすればもう一匹が襲ってきたため、石化や毒になってしまう。それをみたククの姉は護衛対象であるにも関わらず、治療をすると馬車を飛び出してきたのだ。そして、激戦の末バジリスクを倒すもククの姉も石化して死んでしまった。石化した体はバジリスクが死ぬと崩れ去ってしまったため、亡骸は持ち帰れなかったという。
「やっぱりお前はあの時の……」
「カッパーランクの冒険者が迂闊な行動を取ったために、危険な状況に陥ったと聞きました。そして、あなたはその尻拭いを姉さんにやらせた」
「あぁ……。その通りだ……」
護衛対象だけでも逃がすことはできたかもしれない。ただ、パーティーメンバーの治療を優先させた判断がククの姉を死に追いやった。それを理解しているからこそ、エヴィンは新人を育成することに力を入れることで罪滅ぼしをしているつもりだった。
「もう、目的はお分かりですね。昨日の襲撃があるので許してもらえるとは思っていませんが、先程も言った通り、この男を差し出してくれれば皆さんに手出しはさせません。一度戦闘になったら完全には制御できる保証はありませんから、今決めて下さい。もし戦うとしても、ボクはまどかさんだけは傷つけたくない。できるなら、ここから逃がして上げてほしい」
「ねぇ、クク?私と賭けをしない?」
「何を、言ってるんです?ボクはあなたを傷つけたくないだけなんです。賭けなんてしません。早く逃げて下さい」
「逃げないよ。私は、嫌なことがあったらすぐ逃げ出しちゃう弱い人間なんだ。でもね、逃げちゃいいけない時があることくらいわかってる。私と、ククにとって、今がそうだと思う。だから、賭けをしよう?」
「……ボクの言うことなんて聞き分けてくれないんですね……。そんな所もそっくりだ……。それじゃあ、ボクが勝ったらあなたは今回の事は忘れてちゃんと逃げるって約束してください」
「わかった。約束するよ。今回の事は誰にも言わない。その代わり、私が勝ったら私達のパーティーに入って」
「!?」「は?」「え?」「何?」「で、ござるか」
全員が驚愕を口にする。一人変なのがいたが。みんなが戸惑うのはわかるし、反対もされるだろう。だけど、この言葉は曲げない。そう心に決めて、賭けの内容を告げる。
「私と上位種を一対一で戦わせて」




